いつからかは忘れた。
だが、気付けばいつもあの姿を捜している自分がいた。
人殺しのはずの刀なのに、あの人が振るうそれはとても優しい道具に見えたのだ。

『大丈夫か?』

記憶のあの人がそんな優しい手を差し伸べてくれる。
思わず頬が緩む。
重ねた手は互いに汚れていたが構わなかった。
共に闘い、共に背中を預けられる相手。
ほんの瞬きに近いこの時が続けば、なんてくだらないことを思った。
互いにいつ命を落としてしまうかも分からない、戦場に立っているというのに・・・



































約束の時間を待ってが刀を取りに戻れば、刀は無事に研ぎ上がっていた。
腕前は見事と言えるもので、頼んで良かったと軽い足取りで家路に戻る。

「おい、そこの者待たれよ!」

・・・はずだった。

「・・・何でしょう?」
「特務警邏改である、同行しろ」
「そんな、私は・・・」
「刀を持っているお前に反論は許されん!来い!!」

そのまま気付けば獄の中。
なんだか厄日な出来事に朝のため息が戻ってきた。
目深なフードのお陰で女とは思われていないようだが、少しは気付けとも思う。
と、騒がしい声に顔を上げてみれば、今朝方のあの機械の侍がちょうど獄中に投げ込まれた所だった。

「あやや、お前は・・・」
「妙な所で会うものですね」

困ったように笑うにキクチヨと名乗った男は胡座をかいて問うた。

「で?なんでんな所に居るんだ?」
「いえ、兄の刀を引き取りに行ったらどうやら勘違いされ、このような有様になってしまいまして・・・」
「そりゃ災難でござるな」

そう言って膝を叩いたキクチヨは勢いよく立ち上がった。

「よしっ!じゃあおん出るか!!」
「・・・いえ、出ると申されてもーー」
「おりゃあああっ!」

掛け声とともに、駆動音が鳴り響き牢屋の格子は吹き飛ばされた。
流石は機械の怪力とも言うべきか。
だがしかし、これでは目立ち過ぎだ。

「おっしゃ!行くぞぉ!!!」
「えーと、これって脱獄じゃあ」

言ってる間に捕らえられた侍達はみんなキクチヨに付いて行ってしまった。

「はぁ・・・」
『逃げるが勝ちとも言うぞ』
「・・・そうね」

それしか道がないかと、もその後に続く事にした。
邂逅の出会いとなる、その道を・・・




































後を追っていくうちに、見知った道だということに気付いた。

(「この道、確かーー」)
「見ろカンベエ!侍だ!」
「!」

確信したのは、その声を聞いた瞬間だった。
勢いよく地面を滑れば土煙が舞い上がる。
フード越しに視線を上げれば、キクチオの近くに手練れと分かる侍がいた。

「よくもまぁハズレくじばかりを・・・」
「貴様!我らを愚弄するか!!」

そして、耳にした名の自身が知る人物も・・・

「聞き捨てならぬ!」
「抜け!ハズレくじかどうかその身で確かめさせてやる!」

脱獄侍集に、見知った男が一つ嘆息しこちらに歩み出す。
そして、刀身が煌めいた。

「ぐわ!」
「ぎゃっ!」
「のぁ!」
「がっ!」

十数人の侍達はあっという間に昏倒させられていく。
そして、染み付いた気配には僅かに刀を抜いた。

ーーギィーーーンッ!!!!ーー
「!」
(「しまっ!」)

条件反射でやってしまったこととはいえ、当然と元には戻らない。
思わず後退り足がもつれ尻餅をついた。

「・・・お主、まさか・・・」

驚くカンベエの声。
すぐにその場を立ち去れば良かった。
あの太刀筋に見惚れることなく、心に蓋をしてさっさと逃げれば良かったのだ。
今からでも遅くない、顔を見られてないなら早くこの場を・・・

「おお!なんだ、お前刀使えんじゃねぇか」
(「この唐変木・・・」)

このタイミングで名前を出されるなんて最悪の一言に尽きた。

「全く・・・奇異な所で会うものだな」

困った様に笑うカンベエが差し出した手を、は複雑な胸中で重ねた。




































本日二度目となる、マサムネの家兼作業場をよもやこんな形で訪れようとは思ってもみなかった。
今の状況には泣きたくなるほど逃げ出したかった。

「して、どうしてお主まで捕まっていたのだ」
「・・・ちょっとした手違いです。刀を引き取りに行った帰りに勘違いされまして」
「ふむ。弁明至らず、という訳か」
「恥ずかしながら仰る通りです」

正座して向かい合う二人を遠巻きにしながら、こんな状況を引き起こしたとは思ってもいないキクチヨは大きく息を吐いた。

「なんでぇ、カンベエは知り合いか」
「当然だ。あの女性が師匠が会っていた方なのだからね」
「何いぃぃぃっ!!」
「ほぅ・・・あの女性が」
「いやはや、なかなかに美しい方ですね」
「・・・」

ゴロベエにヘイハチが緩まる表情になる中、固い表情は言わずもがな。
暫くして、事情を聴き終えたカンベエは皆にを紹介すると現状の話に戻った。

「お主これからどうする?」
「無論、戻ります。まだ興行が残ってますから」
「そうか」
「ご厄介になりました。それではーー」
「残念だが、そうもいかなくなった」
「追っ手か?」

カンベエの問いに見張りから戻ったゴロベエは頷いた。

「な!?私は関係ーー」
「あちらさんはそうは判じていないということだ」
「・・・そんな」
「刀を隠せば良いのでは?」
「コレだけは何があろうと手放せません」
「ならばら道も一つという訳ですよ」
「嫌に早い。すぐに逃げる算段をせねば」
「だが要所は押さえられてる。逃げるとすれば更に下か・・・」

だが、その手段がない。
思案に沈む一行にマサムネが助け舟を出した。

「昇降列車が使えるかもしれねぇな」
「昇降列車?」

皆が疑問符を浮かべる中、は小さく嘆息すると得ている情報を口にした。

「・・・荷運びに使われていた、と座長から聞いた事があります」
「おや、意外と協力的ですね」
「このままでは本当に興行に戻れなくなります。
ここは逃げるが上策と思っただけです」
「ほほぅ、なかなかに肝が据っておる」
「今の世で女が生きるには、肝も据ります」
「こいつは失礼を」

二人を論破し、はもう腹を括ることにした。













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2016.5.3