「・・・カンベエ様」
「此度も見事だったな」
「ありがとうございます」
いつも一息つく場所である、見世物小屋の裏手。
もはや何度目かとも分からない目の前の男の登場にの方はすでに慣れたもので微笑で出迎えた。
「ずっと芸事をしているのか?」
「・・・はい、生活の糧ですから」
「だがあの剣舞には妙に惹きつけられるものがある」
「・・・何を、仰りたいのですか?」
「お主、人を斬ったことがあるだろう」
一息で言われた言葉には表情を変えることなく言い返した。
「・・・今の世に、人を斬った人間なんぞごまんとおります」
「そうだな。だがそれは男の話だ」
「女とて、刀は持てますよ」
「だが覚悟まで持てる者はそうはおらん」
そう言ったカンベエは、すいと双眸を細めた。
「、お主何者だ?」
ざあっと風が吹く。
まるで二人の対峙に周囲が震えているようだ。
そして、カンベエにとっては昔懐かしい感覚が蘇っていた。
「・・・」
「答えるつもりはないか、では質問を変える。
お主の兄の名は何と言う?」
「・・・それを聞いていかがされるおつもりですか?」
「どうもせん、興味が湧いただけだ」
カンベエの言葉にはほんの僅かに悲しげな声音で問い返した。
「・・・私と言葉を交わしているのも、興味の一端ですか?」
「さて、な」
静かなるせめぎ合いが続くかと思われたその時、響いたノックの音に急遽終止符が打たれた。
「・・・はい」
『、出番だよ』
「すぐに」
扉越しに返事を返したは何事もなかったようにカンベエに頭を下げた。
「申し訳ありません。次の舞台がありますので、これで」
「ああ、ではな」
強制的に話を切り上げられたカンベエもそれ以上引き止める事なくその場を後にした。
とある月夜。
例の如く、アヤマロの手下を退けたカンベエ達だったが、突如何かが倒れる音にその動きを止めた。
皆が視線を巡らせれば、アヤマロの手下らしい者共を足蹴にしている男が一行の前に立ちはだかっていた。
「ったく、だらしねぇの。
こんな三下に足止めされるたぁ、錆びたか?」
「何者だ?」
刀の柄に手を掛けたカツシロウの問いに、男はさも不機嫌そうに片手を振った。
「あー俺、雑魚と話す気ねぇの。どっか行ってろ餓鬼」
「な、無礼・・・ゴロベエ殿」
「あの者、相当な手練れだ」
そうは言いながら、ゴロベエの顔は強張った顔で嗤った。
「生きて、いたのか・・・レン」
壁に背を預けた男にカンベエが言えば、レンと呼ばれた男は肩を竦めた。
「さてねぇ、俺は今も昔も亡霊だ」
「・・・どういうことだ?」
「そのまんまだよ」
フードから見える口元が弧を描く。
そして、腕を組んだレンは話を続けた。
「お前、面白ぇことやらかそうとしてるみてぇじゃんか」
「知っていたか」
「こんな狭い街じゃあ噂はあっという間だ。
相変わらずお人好しだな」
「レン、お主ーー」
「おっと、悪ぃがこんな無粋な場所で長話する気はねぇの。
話があんなら、俺を見つけてみな」
「どういうーー」
カンベエの言葉は途切れた。
何故ならレンの身はそのまま宙に踊り消えたからだ。
皆が慌てたように縁に集まるが当然とその姿はない。
「あの野郎!飛び降りやがったのか!?」
「しかし、この高さでは・・・」
見下ろした足元は、終着のない暗い暗い闇の底を彷彿とさせた。
「何者ですかな、あの武士。相当な手練れでしょう」
「ああ、かつては共に戦場を駆けた同志だ」
「ほぅ・・・カンベエ様にそう言わせる御仁か」
「何せワシよりも強いからな」
「そんな!師匠よりも強いなど!」
「おうよ!今度会ったらオレ様が叩き斬ってやるぜ!!」
息巻くカツシロウとキクチヨを宥めるゴロベエ。
そんな中、キララはきゅっと拳を握った。
「あの方を仲間にできれば心強いのですが」
「うむ・・・なかなかに捉え所のない奴でな・・・」
眉間に皺を寄せ顎を撫でるカンベエに、カツシロウは問うた。
「見つけてみろ、とは遊んでいるつもりですか?」
「いい歳の野郎がそんな・・・」
「いや、言葉通りだろう」
「「ええっ!?」」
驚愕する一行にカンベエは一つ息を吐いた。
「昔から一筋縄ではいかぬ男でな・・・」
困ったようにカンベエは言いながらも、その顔は楽しげに笑っていた。
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2016.5.3