「はぁ?お前なぁに言ってんだ?」

レンの声が完全にこちらを小馬鹿にしていた。

「そんなに可笑しいことは聞いていまい」
「いーや、お前は俺が今まで出会った中で間違いなく可笑しい類いに入るね」

夜。
寝ずの番をして居る最中、焚き火を挟んだ向こうでレンは呆れ顔を向けてくる。

「戦終わったら後の事なんざ考えられるたぁ、暇人がするこった」
「だがいずれは終わろう。栄枯盛衰、常しえにあるものなどないのだからな」
「はっ!運悪くこの戦に生き残ったら考えるさ」
「・・・そうだな」

不貞寝したレンから炎に視線を落とす。
確かにその通りだ。
敗色が濃厚だというのに、未だに退却の指示はない。
いや、恐らくは滅ぶまで戦うしかないのだろう。
この戦は自分達の最期の合戦。

「・・・いつまでも侍してんだろうな」

ポツリと呟かれた言葉に、カンベエは視線を上げた。

「お前がか?」
「バーカ、お前の方だよ」
「どうしてそう考える」
「器用じゃねぇからさ」

きっぱりと断言したレンは片肘を付いたまま、こちらに向いた。

「お前は刀を捨てねぇ、芸に身をやつすこともしねぇ」
「言い切るな」
「想像できねぇしな」
「なら、お主はどうなのだ?」

パキン、と火が爆ぜる。
カンベエの問いのせいか、炎の揺らめきのせいか。
レンの顔に翳りが走った気がした。

「・・・俺は今も昔も亡霊さ」

囁きのそれは再び爆ぜた音で掻き消された。

「レン?」
「俺は芸事でもしてっかもな〜」
「・・・お前がか?」
「んだその顔。
俺はお前よか何倍も器用なんだよ」

にやり、と勝ち誇った顔に先ほどの感覚はどうやら気の所為のようだ。
二人は互いに黙し、ゆらゆらと目の前で踊る炎を暫く見つめる。

「ワシにはお主の方が可笑しく見えるがな」

カンベエの言葉にそんなにシワが寄るのかと感心するほどレンの眉間に深い溝が出来上がった。

「ああ?失礼だな、どこがだよ」
「たまに見せる立ち居振る舞いは目を瞠るというのに、口の利き方や態度は真逆だ」

カンベエの指摘にレンはピクリと眉を上げた。

「これが俺の地なんだよ」





























翌日。
侍探しを続けている最中、小休止を取っていた時だ。

「さぁ寄ってらっしゃい見てらっしゃい!
浮世を忘れる華麗な剣舞!まさに高天ヶ原の戦天女が降り立った姿!
本日が初公演!しかとその目に焼き付けにゃ損というもんだ!
さぁ寄ってらっしゃい見てらっしゃい!」

普段ならそんな売り子の誘い口上には乗らない。
だが、思わず足が向いてしまった。

ーーシャランーー

理由は古傷が疼いたからだ。

ーーシャランーー

あの戦いで失ったしまった面影。

ーーシャランーー

戯言ばかりだがその腕と斬光の軌跡は忘れようがない。

ーーザンッーー
「!!!」

まさか、それと同じ軌跡を再び目の当たりにしようとは・・・































興行を終え、裏口から出たが見たのは先日会った男だった。

「・・・あなたは」
「少し良いか?」

誘われるまま、男の後に続いたが案内されたのは、 虹雅渓を見渡せる橋の上。

「先ほどの剣舞、見事だった」
「・・・ありがとう、ございます」
「何処で覚えた?」
「・・・何故そのような事を?」
「いや何、古い知合いの型に似ていたものでな」

顎を撫でながら言う男に、はしばらくしてから答えた。

「・・・兄からです」
「兄上は相当な使い手のようだな」
「ええ、侍でしたので」
「ご健在か?」
「・・・いえ、先の戦で・・・」
「そうか・・・すまない事を聞いた」
「・・・いえ」

気不味い空気が互いを支配する。

「時間を取らせた、礼を言う」
「・・・こちらこそ、お声をかけていただきありがとうございます」

頭を下げたはそのまま立ち去ろうとした。
が、



低い声に思わず肩が跳ねた。
ゆっくりと振り返れば、男の真っ直ぐな瞳に射抜かれる。

「・・・まだ何か?」
「お主、ワシと何処かで会っているか?」

その問いには動かない。
だがしばらくして、男は目を瞠った。

「・・・いいえ、あなた様とは初めてお会いいたしました」

言葉を失った。
目の前にある微笑みがまるで売り子が言っていた天女のようで。
だが同時に、あの者と同じ雰囲気を纏っていたから。

「探し人でなく、申し訳ありませんでしたお侍様」
「・・・カンベエ」
「?」
「島田カンベエと申す」

今度はが目を瞠った。
まさか名乗ってもらえるとは思えず、その表情は嬉しそうにふんわりと笑んだ。

「それでは失礼いたします、カンベエ様」

歩き去る後ろ姿をカンベエは見送る。
答えが返ることのないその背中に問いたい言葉を込めながら、その心中は過去の記憶に囚われていた。

(「まさか、な・・・」)





























カンベエと別れ、しばらくした時だ。

『良かったのかよ?』

響いた声に、は不機嫌そうに小声で返した。

「・・・何が?」
『何がって・・・お前、好いてたじゃねぇか』
「・・・昔の話でしょ」
『今だって未練タラタラだろうに』
「関係ないでしょ」
『けっ、可愛気ねぇ奴だ』
「・・・」

からかいには応じず、見世物小屋へと歩みを戻した。









































「何ぃっ!?カンベエが女んとこに通い詰めてるだとぉ!?」

狭い部屋にキクチヨの素っ頓狂な大声が響き渡る。
誰もが信じられずぽかんと呆気に取られていたが、一番早く回復したのはこの場のメンバーでは最年長のゴロベエだった。

「ご冗談を」
「ほ、本当です!最近夕刻にはふらりと何処かに消えてしまって、何処にいるかと・・・」
「あとをつけたらみたんです!」
「・・・」

コマチも断言してしまった様子に、キララだけは表情が固いまま。
だがそんな様子に気付くことなく、ゴロベエはカツシロウに問うた。

「ほぅ、姿を見たか。してどんな女性じゃった?」
「そ、その・・・とても綺麗な方でした。
色白で暗紫の髪を結われ、儚げで・・・」
「カツの字、惚れたのか?」
「ばっ!そ、そんな訳がないだろう!!
あ、あくまでわたしにはそう見えたという感想を述べているだけで!け、けっ、懸想しているなど」
「あー、分かった分かった。キクチヨも混ぜっ返すな」

やんやと始まったいつもの茶化し合いを宥め、ゴロベエは思案に耽る。
あれほどの男の心を捕らえた女。
果たしてどんな者なのだろうかと・・・












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2016.5.3