道を歩いていた時だ。
ふと、懐かしい姿を見た気がして思わず手が伸びた。
「レン?」
肩を掴まれたその者はゆっくりと振り返った。
過去の記憶と似通う暗紫の髪と瞳を持つ、あの男のような・・・
「・・・あの、何か?」
しかし、飛び込んできたのはどう見ても女の顔だった。
己の早計な行いに言葉に詰まる。
「あ・・・いや、すまん。古い知り合いに似ていてな」
「・・・そう、ですか」
その女は小さく会釈すると再び歩き出した。
と、
「お主、名は?」
思わず掛けてしまった問いに女は歩みを止める。
そして形の良い唇が言の葉を紡いだ。
「・・・」
「あ?俺の名前を教えろだぁ?」
いかにも不機嫌だとばかりな暗紫の髪を持つ男は、下からジロリと睨み上げてくる。
戦場から程近いこの駐留地では、砲弾の音は鳴り止まず火薬の臭いも近い。
そんな場所で、土嚢に背を預けた男とカンベエは対峙していた。
「なんでお前に教えてやんねーとならねぇんだよ」
「先ほど雷電からの一撃をお主に助けられてな。
腕前も相当と見た、礼ついでに名を知りたいと思ってな」
「あー・・・、そういや何機か斬ったっけな」
腕を組み、記憶を手繰るような男にカンベエは軽く頭を下げた。
「助かっーー」
「おい待て待て待て、早合点すんな」
そう言った男はよっと、言って立ち上がる。
「まだ俺は名乗ってねぇし、目上からの礼を胡座を掻いて受ける気もねぇ」
その言葉にカンベエは目を瞠る。
まさかそのような礼儀作法を気にしてる風には全く思えなかったから余計にだ。
「俺はレンだ、あんたは?」
「島田カンベエと申す」
「ならカンベエ、一つだけ言わせてもらうぞ」
「なんだ?」
握手を交わしたレンは不敵に笑った。
「俺は邪魔だったから斬っただけなんだよ」
明け透けで真正直な返しに、再び面食らった。
この時。
ゾクリとするほど凶暴な暗紫の双眸に魅入ったのかも知れない。
「どうなされた?」
掛けられた声に我に返る。
振り返ればそこには見知った顔がこちらを見つめていた。
「・・・ゴロベエか」
「随分長く物思いに耽っていたようですが、気掛かりなことでも?」
「お加減でも、悪いのですか?」
キララの心配そうな声にカンベエは首を振る。
「いや、何でもない」
「・・・そうですか」
そうは言われても、キララは不安な胸中を隠せなかった。
カンベエの瞳が何か遠くを見ているような、今のこちらを見ていない、そんな不安が占めていたから。
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2016.5.3