敵は一人だった。
しかし、オルクスが駆使する魔術は途切れる事なくユーリ達を襲う。
さらに先に仕込んでいたらしい地雷式の魔術がユーリ達をじわじわと追い込んでいく。
何もない平原に爆音と剣戟音、荒い息づかいが響き渡っていた。
ーーNo.187 交わる刃、届かぬ願い 後ーー
「もう無駄な足掻きはやめて。貴方にこの世界は壊させないわ」
膝を突いたソールが見下ろした
が、片膝を突きつけたまま言い放つ。
どうにか辛勝したユーリ達だったが、今の状況でも完全に優勢というわけではなかった。
何しろ相手は
が4回も致命傷を負わせても死ぬ事がなかった相手だ。
オルクスは
を下から見上げると、荒い息のまま薄ら笑いを浮かべていた。
「こんな、世界など・・・どぅでもいい。俺は・・・
お前さえ、この手で・・・」
兄の言葉に、
は眉根を寄せた。
ほんの一握りの希望を抱いていた。
もしかしたら、昔の兄に戻ってくれる可能性が僅かでも残っているのではないか、と。
しかし、返された兄の言葉に、態度からそれは簡単に砕け散ってしまった。
「・・・分かったわ。なら、決着をつけましょう」
「
!」
「みんな、悪いけど手出ししないで」
咎める仲間の声を切り捨て、
はユーリ達から距離を取るように歩きだした。
夕陽の中に対峙する二つの影。
片方は双剣を、もう一方は蛇腹剣を構えている。
互いに踏み込むタイミングを伺っているようだ。
と、二人の間に風が吹き、一枚の葉が待った。
瞬間、二つの影は同時に飛び出しその距離を一気に縮めた。
至近距離で討ち合いが続く。
激しい応酬が続く中、双剣の片方が宙を舞った。
それを合図に、一つになっていた影か二つに分かれた。
響く喘鳴音。
辺りを緊迫した空気が覆った。
そして、再び二つの影が距離を詰める。
一気に踏み込んだ片剣が、鞭のようにしなる鋒が互いの急所を狙う。
瞬きの間、二つの体が交差した・・・
ーーガキイィーーーンッ!ーー
高い金属音が響き、辺りに余韻が木霊する。
双方動かなかったが、最初に崩れたのは
の方だった。
手にしていた片剣は地面へと滑り落ち、肩にぱっくりと口を開いたような傷から、腕を伝って鮮血が滴り落ちる。
「っ・・・ソー、ル・・・どうして・・・」
のかすかな呟きは近くにいた者にしか聞き取れなかっただろう。
それほど小さな呟きだった。
「・・・結局、剣の腕ではお前には勝てなかったか」
小さく息を吐いたソールは、そう言うとぐらりと背中から倒れ込んだ。
の片剣は兄の体の中心、心臓魔導器を捕らえていた。
最後の一閃、兄はわざと軌道を外したことに
は困惑していた。
あれほどの殺気を放っておきながらなぜ、と。
だが徐々に弱まっていく心臓魔導器の様子に、
は兄の傍に膝を突くと急いで蘇生術を施そうとする。
しかし、いくら集中してもいつものように力の収束ができない。
(「落ち着け・・・動揺したってしょうがないじゃない、いつも通りやればいいのよ」)
自分に言い聞かせた
は、呼吸を整え、再度発動を試みる。
が、やはり発動できない。
焦燥に駆られた
は、自身の両手を見つめた。
「な、んで?今までこんなことなかったのに・・・!
まさか、さっきの術式は!?」
「正解だ、あれは満月の子の力を封印する術式。
ザウデを調べた時に俺が構築した、うまくいっただろう?」
倒れたまま口端を引き上げたオルクスに、
は声を張り上げた。
「何考えてるの!?早く解いてよ!今、回復しないと・・・」
「解除キーは・・・教えられないな・・・」
「っ!?どうして!!」
愕然とした
に、オルクスは橙と藍が織り成す空を見上げながら口を開いた。
「・・・俺は、お前のことが小さい時から嫌いだからだよ・・・
お前は病弱な俺と違って、どこにでも行けて、したいことができたよなぁ」
「今はそんな話ーー」
命の瀬戸際にあるというのに、笑って話す兄の姿に
は言葉に詰まる。
そこから幾分距離が離れたところでは、
と同じようにエステルにもかけられた術式を解除しようとしていた。
「リタ!かけられた術解けないのか?」
「さっきからやってるわよ!でも、この術式複雑過ぎて、短時間じゃ・・・」
「そんな・・・」
ユーリに怒鳴り返しながらもリタは展開した術式を必死に操作し続ける。
その顔には焦りが見え、他の仲間はそれを見守る事しかできない。
後ろから聞こえてくる声に、自身の無力さに苛まれている
は他に手はないかと必死に考えを巡らせていた。
その間にも、傍で倒れている兄は昔語りをするように話を続けていた。
「・・・俺の目の前で全てを奪ったお前に、帝国に、何も知ろうとしなかった奴らに、同じ思いをさせてやろうと俺は復讐を誓ったんだ」
「・・・」
「あの大戦で・・・お前が死んだって、聞かさーーゴホッゴホッーー
ざまぁみろって、思っ・・・」
「分かったから!もう黙って!」
言葉の一つを聞く度に、命が短くなっていくような感覚に囚われた
は怒鳴るように兄に言い放つ。
しかし、紡がれる言葉は途切れない。
「・・・はあ、はぁ・・・
あれだけ嫌いで憎んで殺そうと、していたお前を、ヘリオードで見た時・・・」
「お願い、やめてよ・・・」
「よかった・・・て、思って・・・」
「っ!に、さん・・・?」
言葉が続かなくなった兄に俯いていた
ははっとしたように顔を上げた。
そこには、初めて見る穏やかなホッとした表情を浮かべている兄がいた。
「・・・これで・・・やっと、終われーー」
「終わりじゃない!!ソール兄、こっち見て。
まだ私は生きてる、復讐は終わってないわ!」
声を張り上げる
に、ソールは自分を見下ろす妹へと重い手を伸ばした。
その手を力の入らない両手で
はしっかりと握り返す。
「あぁ・・・そう、だな・・・」
弱々しい微笑で応じた兄に
もつられて笑む。
そして、諭すように話しかけた。
「ね?術式解けるでしょ?回復するから、はやーー」
「お前は・・・幸せ、に・・・」
を遮ったソールディンの掠れた言葉に、怯えるように
の肩がビクッと跳ねた。
喉が張り付いたようで言葉が出ない。
「・・・だめ・・・嫌よ、こんなのヤダ!
どうしてそんな言い方するの!?また、私の前に出てくるんでしょ!!!」
の呼びかけに二度と答えは返らず、握った両手からまだ温もりが残っている手が地面へ落ちた。
「答えてよ・・・」
叶う事のない願いが虚しく響く。
その時、
ーーシャランーー
響いた音源に
はのろのろと視線を上げた。
力なく伸ばされた腕のそばに、わずかな夕陽に輝く何かが落ちていた。
それは
が幼少期に兄に贈ったネックレスだった。
不格好なそれを拾い上げた
は、硬く握った両手に閉じ込め俯いたまま動く事ができない。
と、背後に近付く気配を感じ、振り返ることなく口を開いた。
「ごめん、しばらく一人にして」
「・・・分かった。気が済んだら戻って来い」
かけられた言葉に
は頷くだけしかできず、歩き去っていく音をその背中で聞いていた。
しかし、あのような場所に一人残した
を心配しない訳はなく・・・
皆に気付かれぬよう戻り始めたのは・・・
>>皮肉屋のあいつ
>>神出鬼没のおっさん
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2008.10.2