真新しい墓標を前に、
はただ立ち尽くしていた。
日が沈みそろそろ本格的な夜になる。
これからは魔物の活動時間になるはずだ。
そうと分かっていても
はその場を動く事ができないでいた。
肩に受けた刀傷は、激しく動かせないがすでに塞がっている。
封じられていたはずの満月の子の力はどうしてか使う事ができた。
今思えば、解除キーは兄自身の命だったのかも知れない、と
は思っていた。
「ねえ、ソール兄・・・私は好きだったよ。
なんでも知ってて、いつも優しい笑顔を私に見せてくれた兄さんの事・・・
約束も覚えてる。
『いつか、おじいちゃんの夢を孫である私達が叶えよう』
って、よく言ってたよね・・・」
沈黙を守る墓標に向かって、
は話し続けていた。
思い出話をするように、その当時を懐かしむように語られるが、それに相槌を打つ者も返事を返す者もその場にはいない。
「・・・出兵する時も、すごく心配してくれて引き止めてくれたこと、とっても嬉しかったの。
あの時ね『みんなを守りたい』って言ったけど・・・本当の本当は自分のの大切な人を守りたかったの」
ゆっくりと息を吐いた
は苦笑を浮かべた。
「分かってたんだよ?いくら剣の腕が上がったって全ての人が守れる訳じゃないってことぐらい・・・」
そう語りかけた
は、闇の帳に覆われた天上を見上げた。
ーーNo.188 慟哭ーー
柔らかな陽光が注ぐ庭園。
木陰で本を開いていた少年に女の子がいかにも手作りとおぼしき包みを渡そうとしていた。
「はい、おにいちゃん。これプレゼント」
「どうしたんだい、
?これは?」
「いいから、あけてみて!」
詰め寄った妹に目をぱちぱちと瞬かせたソールは、その包みを紐解いた。
出てきたのはお世辞にも綺麗とは言い難い、不格好なネックレスだった。
しげしげとそれを見つめる兄に
は急いで言葉を繋いだ。
「あ、あのね!いつもおにいちゃんにたくさんお話し聞かせてもらったり、教えてくれるでしょ!
だから・・・だからね、ありがとうを形にするとよろこんでくれるって教えてもらったからがんばって作ったの。
・・・でも、おにいちゃんみたいに上手にできなくて・・・」
徐々に声が萎みついに俯いてしまった
。
と、少女の頭に温かい手が乗せられ、
は怖々と顔を上げた。
そこには大好きな兄の優しい笑顔が自分を見つめていた。
「素敵な贈り物をありがとう。
せっかくだから着けてくれるかい?」
「うん!」
ぱああっと表情が明るくなった
はぶんぶんと首を縦に振る。
そして、屈んだ兄の背後に回るとその首に作ったネックレスを留めた。
「それにしても・・・この石はタンジェリオンクォーツだろ?
そうそう出回らないものをどうしたんだい?」
胸元で揺れるなめらかなオレンジ色の石を眺めながら、ソールディンは肩越しに
に訊ねる。
すると少女は、もじもじとてを弄ぶと視線を兄へと向けた。
「・・・あのね、このまえのおたんじょうびにこの魔導器をもらったでしょ?」
「?それがどうかしたのかい?」
「この魔核にとくべつなおまじないをかけるからって、お兄ちゃん、大きなご本をみてたでしょ?
そのときみつけたの。
びょーきを治して元気にしてくれる力をもってるから、おにいちゃんにプレゼントしようっておもったんだ」
妹の言葉にソールディンは面食らった顔をした。
「でね、うちにくるたびびとさんにそーだんしたらその石をもらえたの。
あとは、いつももっていられるようにそういう形にしたんだよ」
「そうか・・・
は優しいね。
ずっと着けさせてもらうよ」
愛おしそうに妹の頭を撫でる兄に
も嬉しそうに満面の笑みを浮かべて頷いた。
「うん!わたしもずーっと大切にする!
おにいちゃん、大好き!」
「ああ。僕もだよ、
」
懐かしい記憶に漂っていた
だったが、背後に近付く足音に一気に現実へと引き戻された。
そして、振り返ることなく口を開く。
「一人にしてって、言ったじゃない・・・」
「そんな状態で、魔物に襲われたら終わりだろ」
ユーリの台詞に
は眉根を寄せて言い返す。
「私はそこまで弱くない」
「確かに、お前とマジでやったら勝てねえだろうな」
本気でそう思っているユーリは頷いた。
手を伸ばせばすぐに手が届く距離まで
に近付いている。
しかし、ユーリはそれを伸ばす事なく、十字架にかかるネックレスを見ている後ろ姿を見つめていた。
背後に立ったまま動く事をしないユーリに、
は苛立ちを隠す事なく言い放った。
「・・・もうしばらく、一人にして。
話せる気分じゃないの」
「話す必要なんかねぇさ」
そう言ったユーリは
の腕をぐいっと引っ張ると抱き寄せた。
ユーリの腕に捕らえられた
は逃れようと体を捩る。
「は、なして!何をーー」
「そうやって感情を押し殺すな。
後で辛くなるのはお前になるんだぞ」
ユーリの言葉に
は顔を合わせる事なく、声を荒げた。
「そんなことーー」
「ないってか?今にも泣きそうな声してるぜ」
その指摘にピタッと
の抵抗が収まる。
「・・・みんなは先に帰らせた」
「そう・・・」
「このままならお前の顔はオレには見えない」
「だから何よ」
「今のうちに泣いとけ」
互いに言葉を交わす事ないまま、辺りを静寂が満たした。
自分の言葉に反応を示さない
を、安心させるように、あやすようにその頭を撫で始めた。
幼い頃、兄にされていたまさにそのように・・・
は膝が砕けたように座り込む。
だが、ユーリがしっかりと抱き留めるとそのまま腰を下ろした。
「・・・生意気、よ。ユーリの、くせに・・・」
切れ切れに聞こえてくる声は震えている。
徐々に言葉は続かなくなり、それは嗚咽に代わる。
最初は離れようとしていた腕も時間が経つにつれ、ユーリに縋るように声を上げた。
辺りに響き渡る慟哭は胸を刺すほどの悲しい声だった。
戦っている時に大きく見えた背中は、腕の中に収まるほど小さかったのだと今更ながら驚いた。
初めて自分に晒した自身の弱い姿、そして涙を流す姿。
ユーリは決して放すまいと、さらに力強く抱きしめた。
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2008.10.10