ーーコンコンーー
「アイスバーグさん、私そろそろ・・・あれ?」
この部屋に居ると聞いていたのに姿が見えない。
レイリーのところに戻るから、挨拶をしたかったのだが・・・
(「どこ行ったんだろ?」)
キョロキョロと部屋を見回す。
だが、やはりその姿はない。
すると、アイスバーグが使っているだろう執務机の上に白い紙があった。
「?なんだろ・・・?」
思わずその紙面を覗き込む。
すると、
『渡す物がある、あの丘で待ってる アイスバーグ』
「ちょっと・・・」
ひくっ、と顔が引き攣った。
これでは誰宛の書置きか、分からないだろう。
にはそのメモの内容に心当たりがあるから別に構わないのだが。
「ま、ひとまず行くか」
書置きを懐にしまうと、は部屋を後にした。
ーー最高のプレゼントーー
そこはかつて偉業を成し遂げた会社があった場所。
今はこの街ウォーターセブンの代名詞、海列車の勇姿を見下ろすことができる。
この丘には二つの感情が渦巻いてた。
喜びと悲しみ、対局にある感情が・・・
「アイスバーグさん」
「遅かったな」
昔のように海を見る後ろ背に声をかければ、呆れた返答が返ってきた。
「こんなメモを残す方の台詞とは思えませんね・・・」
は人差し指と中指の間に挟んだ紙をヒラヒラとさせる。
早く来た方が良かったなら、伝言なり前日に言っておくなりすればいいのだ。
それを分からない人ではないだろうに。
「ここに来るのは3年振りか?」
「・・・そうですね」
こちらの呆れを他所に、アイスバーグはそう言って再び海を見た。
そして、はここに来る途中で買った花を手向ける。
もちろん、ここでその人が亡くなった訳ではない。
謀によって、もう二度と会う事ができなくなった。
そしてその後を追うように、もう一人とも。
あの日の悲しみ、悔しさはまだしっかりとこの胸に刻まれている。
「で、渡す物って何ですか?」
「あぁ、そうだな」
そう言ったアイスバーグは歩き出してしまう。
この場で受け取るものだと思っていたはキョトンとしながらも、慌てて距離が開かないように足を早める。
「ア、アイスバーグさん?」
「いいから付いて来い」
「付いて来いって・・・」
それっきりふっつりと黙ってしまった背中。
仕方ないなぁ、とはそのまま足を進める。
もう船としての役割を終えた残骸の中を縫うように進む。
だんだんと波の音が近付いてくることで、海に向かっているんだと分かった。
「この先は海ですよ?」
「いいんだ」
「?」
どうしていいんだ?
疑問が重なっていくが、前を歩く男は足を進ませるばかり。
と、船の残骸に遮られていた視界が開けた。
ーーザザーーーンッ!ーー
波が白く砕け、湿った潮風が身体を撫ぜていく。
もう何度、この海に繰り出して、自分の目で世界を見てきたか。
「今日は波が高いですかね」
「ンマー、アクア・ラグナからそんなに日が経ってないからな」
なるほど、とは納得した。
だからアクア・ラグナを終えて、会社結成の発表をしたのか。
しばらく海を眺めていた。
その時、
「」
「はい?」
「お前に渡す物は、あれだ」
アイスバーグの示す方向に視線を向ける。
すると、そこには布がかけられた大きな物。
「なんですか、あれ?」
そう問う。
アイスバーグはまた歩き出すと、その布の端を掴んだ。
「驚くなよ?」
「はぁ・・・」
見てもないのに、驚くなとは・・・一体なんだろう?
そう思っていると、
ーーバサアァ!ーー
布が大きく翻った。
「こ、これ・・・!」
「3年越しになっちまったが・・・」
目の前の光景が信じられない。
布の下から現れたのは、一隻の船。
「フォアマストとメインマスト、2本の帆柱をもつブリガンティンのスクーナー型帆船。
ご注文通り、単身操舵可能。
竜骨から船体は風樹イブ仕様・・・」
「ちょっ、風樹って!」
説明するアイスバーグに、は詰め寄った。
「宝樹アダムに次ぐ貴重な材木じゃないですか!?
その木で作られた船は風の加護を受け、どんな海も滑るように走ると言われてる・・・」
まさか、その・・・、とは再び船を見る。
「さすがは、博識だな」
「誤魔化さないでくださいよ!風樹の値段は宝樹の時価の半分。
私が支払った分では、全然足りないはずですし」
そう言えば、アイスバーグは
「ンマー、これはトムさんからお前にだからな」
「・・・え・・・」
は目を見張る。
そうだ、アイスバーグは言った。『3年越し』だと。
初めて出会ったあの時、確かに約束したのだ。
いつか船を作って欲しい、と。
でもそれは、単なる口約束。支払ったのは前金程度だったはずなのだ。
「でも、受け取る訳には・・・」
「トムさんはこの図面を引いていた時に言っててな」
「はい?」
「神出鬼没に世界を飛び回るジャジャ馬には、それに見合った足が必要だろう、ってな」
「!」
その台詞に言葉を失う。
「あぁ、呼び名をジャジャ馬にしちまえばいい、とも言ってたぞ?」
「は、はは・・・」
流石にそれは嫌だ。
だが、そうか・・・
あの人は私のような小娘の約束を守ってくれたんだ。
船に近付いたは、しげしげと眺める。
そして、くるりと振り返った。
「じゃあ、アイスバーグさんも私の正体、ご存知なんですね?」
「ンマー、最初は信じられなかったが・・・」
「が?」
その先が気になって、続きを待つ。
「トムさんが連行された時、真犯人を調べたのはお前だろ?」
「あら、目敏い」
「さすがは海軍相手に立ち回ってるだけある」
腕を組んで笑うアイスバーグに、は笑う。
それは今までのような純粋なものではなく。
どんな相手にも物怖じしない、不敵な笑み。
「褒め言葉、ありがとうございます。
良ければ、このことはアイスバーグさんの心の中に留め置いてくださいね」
そう言って、は再び船を見上げた。
今は帆を畳んでいるが、すぐにでも海へ飛び出したいと言っているようだ。
これから先は足の心配はいらない。好きなように、自分の手で世界に繰り出せるんだ。
溢れ出すのは、喜びと期待と興奮。
「素晴らしい、船です。
流石はトムズワーカーズの仕事、超一級・・・」
酔いしれるように船体を撫でる。
滑らかなその手触りは、まさに職人技だった。
「お言葉に甘えて、この船、凪風が頂戴します」
>余談
「本当に貰っていいんですよね?」
「ンマー、約束だろ?」
「ありがとうございます、大切にしますね!」
「クセがある船だ。操作法を教えるから、この辺の海で慣らすんだな」
「はい!」
2013.7.15
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