ーー視線の先ーー






































































偉大なる航路をモビー・ディック号は白波を割って今日も進む。
最近は海軍や海賊の襲撃もなく、天下泰平とはまさにこのことかもしれない。

(「平和ボケでもしそうだよぃ」)

特にすることもなく、船室から屋外へ出る。
頬を撫ぜる潮風。
海賊の墓場と言われているはずの航路だが、何の気紛れかここ数日は穏やかだ。
気分転換に食堂で何か飲み物でももらうか、と歩いていた時だった。

「あれは・・・」

甲板に誰かいた。
いつも纏っている、トレードマークに近いマントはない姿だったが。
騒がしい登場と同時に、一緒に航海することになった、変わり者の女。
海軍はまだ掴んでないが、1億の賞金首にもなっている情報屋『凪風』その人。
仲間ではない奴ではあったが、あいつのお陰で仲間が命拾いした事もあった。

(「何をしてんだよぃ・・・」)

欄干から寄りかかったまま動かないその姿。
当人は、穏やかな海を頬杖をついて見つめていた。
こんな何もない海を見つめて飽きないのか?
素朴な疑問を持ちながらも、視線を反らせずにいた。
光を受け、潮風に揺れる薄茶の髪。
遠くを見ているだろう、海よりも深いロイヤルブルーの瞳。

(「そういえば・・・」)

ふと思い返す。
こんな何もない時はいつも海を見ているような気がした。
遠くを見ているその視線の先に、一体何を見ているのか。
海王類などではないはず。
この海にあいつの興味を引く何かがあるのだろうか。
それがどうしてか気になり、その足を食堂から甲板へと変える。
躊躇いなくその背中に声をかけようとした。
その時、

「あ、マルコさんだ」

声をかける前に振り返られた。
いつも通りの穏やかな声、ロイヤルブルーの瞳。
察しのいい奴であるはずのこいつが、自分が近づくことに気付かないはずがない。
とぼけるその態度に思わず眉根が上がる。

「どうかされましたか?」
「何をしてんたんだよぃ」

気になった事を問うてみれば、キョトンとした顔。

「何を、と言われましても・・・」
「海を見てそんなに楽しいのかよぃ」
「あぁ、その事ですか」

そう言ったあいつの視線は自分から再び海に向けられる。
それに何故か腹の底に濁った感情が渦巻いた。

「別に楽しいって訳じゃないんですが・・・」
「楽しくもねぇのに見てるとは、とんだ酔狂だよぃ」
「あはは、手厳しい」

口調とは裏腹に、あいつの表情は穏やかで。
自分がそう言ったことに、僅かな後悔が生まれる。

「昔・・・」
「?」

ポツリと呟かれた声。
気の所為かと思ったが、その当人から続きの言葉が紡がれていく。

「レイリーに拾われて、いろんな話を聞いてよく海の先に思いを馳せていたんです。
だから、海を見るのがクセになっているんですよ」

こちらを見る事なく語る
それは以前、自身の過去を語る事を嫌がっていたものとは違っていて。
知られざる彼女の身の上に、思わず聴き入ってしまう。

「その頃は世界の暗い部分がやたらと目について、ろくに感情表現もできなかったんですよ」
「そう、だったのかよぃ・・・」

今の様子からは想像できない話に言葉に詰まった。
暗く重い話だが、それを傷に感じている風ではない。
事もなげに話すの横顔は懐かしんでいるように見えた。

「それに覇気の扱い方も満足にできない時期でしてーー」
「覇気?」

咄嗟に会話に割って入れば、ええ、と頷き深海の瞳がこちらを向く。

「私、見聞色の覇気にやたら長けてまして・・・
物心つく前から、無意識に使っていたみたいなんです」
「!それは・・・」

その言葉に心底驚いた。だが、同時に納得した。
どうして能力者でもなく、そこまで戦う力があるわけではない彼女に1億もの懸賞金がかけられているか。
その姿は煙の如く、誰にも気付かれることなく情報を盗み出す。
手際はまるではじめから吹かなかった凪風の仕業の様。
わざわざ盗んだ宣言が無ければ盗まれたことさえ知り得れない、まさに彼女の異名たるその所以。

「なら、俺の蹴りを受け止められたのも・・・」

出会った頃の話を思い出せば、それは呆気ないほど簡単に肯定が返された。

「ええ、この力のお陰です」

なるほど、そういうことだったか。
あの時の衝撃は未だに覚えていた。
相手が女だからと手加減していた訳でもないのに、易々と受け止められた自分の蹴り。
二人の隊長格を前にしても動じることないその態度。
得体が知れず、暫くは全く気を許すことなどできずにいた。
今はそんな時期が嘘のようだ。
彼女は今、自分と同じ船に乗っていて、仲間の危機を救い、白ひげ海賊団の掟を忠実に守っている。
再び海を見つめたは、また物思いに耽るように口を開いた。

「いろいろ、見て回ってきました。
目を背けたくなるようなこと、汚いこと、歪められたこと・・・
見たものは決して綺麗なものばかりじゃなかったけど・・・」

ポツポツと紡がれていく独白。
その姿を見下ろしながら、その先を黙って聞く。

「でも、こんな穏やかな海を見てると、ささくれだった気持ちも落ち着いてーー」
































































「世界も捨てたもんじゃないって思えるんですよ」
































































海賊じゃないのに笑っちゃいますよね、と苦笑する
そんなことはない。
そう言えれば良いが、心の中に留め置いた。
海賊王の右腕に育てられた彼女なら、そう思ったとしても道理だ。
だが、『海賊』という括りに自分を組み入れたくない彼女を思えば言うのは憚られた。

「凄いですよね」

再びの呟きに、今度は何がだと疑問が湧く。

「何がだよぃ?」
「実を言えば、夢みたいなんですよ。
レイリーから聞いていたあの白ひげさんの船に乗れてることとか、その人の口から語られる話を聞けることとか・・・」

あとは自由気ままに冒険できていることとか、と指を折って語る
楽し気に話すその横顔を見下ろし、俺は素直に思ったことを口に出した。

「珍しいよぃ」
「はい?」

目を瞬かせるを見下ろしながら、本当に分かってないのか、と俺は口を開いた。

「お前は身の上を話すのを嫌がる奴だと思っていたからよぃ」
「!」

そう言ってやれば、驚いたように目を見開く。
そしては口元を隠すように手を当てた。

「そう、ですね。
どうして話しちゃったんでしょう・・・」

ブツブツと一人呟くその姿は、海賊相手に堂々と立ち回るような姿ではなく。
何事にも動じず、剣で銃弾を弾き飛ばすような勇ましいものでもなく。
それは年相応よりも幼く見える姿で・・・

(「ま、気を許し始めたってことかねぃ」)

自問自答で頭を悩ませる彼女を見下ろし、一人結論付ける。
そして、自分も同じ景色を見ようと遠い海へ視線を投げてみた。
だが見えたのはいつもと変わらない、青い広がり。
しかし、見ていて飽きないと感じたのは気の所為でない気がした。













































2013.7.15

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