ーードーーーンッ!ーー
「なんだ!?」
海上にも関わらず、盛大な騒音にモビー・ディック号の船上は音源へと人が集まる。
そして、目の前の光景に、若い船員はあんぐりと口を開けた。
ーー衝撃的な出会い?ーー
ーードッドッドッドッドッ・・・ーー
ーーバタンッ!ーー
「隊っ長ーッ!!」
壊れんばかりに乱暴に開けられた扉に、その部屋の主は重い溜め息をついた。
「うるせぇな、何事だよぃ」
特徴的な頭を掻いた部屋の主、マルコは振り返らずに問う。
「ふ、船が・・・」
「敵船かぃ?」
「違うんだ!海軍の船が・・・」
「海軍?戦争でも仕掛けようってのかよぃ」
「ち、違う!そうじゃなくて!」
じゃあなんだよぃ、と筆を置いたマルコが振り返る。
まだ片付けなければならない書類がいくつか残っている。
自分が出なければならないほどの敵なのか?
「海軍船が・・・」
「それがなんだよぃ」
「真っ二つに割れて、マントのヤツが乗り込んで来やがった!」
「・・・はぁ?」
ウミネコが鳴く。
欄干に立っている一つのマント。
風になびいたそれは、ふわふわとはためいていた。
「おいおい、みっともねぃ・・・」
甲板にあったのは、若い船員が倒れている光景だ。
息をしているということは、どうやら生きているらしい。
「よぉ、マルコ遅かったな」
リーゼント頭の男が片手を上げてこちらに笑みを向ける。
自分の部下もやられているだろうに、4番隊隊長のその男は頬杖をつきながら惨状を見下ろしていた。
「どういうことだよぃ、サッチ」
「いやな、海軍船が見えたからよ応戦しようとしたら、船が勝手にぶっ壊れて、そこのマントが乗り込んできやがった」
「・・・じゃあ、追い返せよぃ」
当然の返しだったが、サッチからは面白そうだから見てた、とのたまった。
そのままにしておく訳にもいかず、その場に立っているただ一人に、マルコは問いかけた。
「てめぇ、何者だよぃ」
低音の声に、海を眺めていたマントは振り返った。
「あ、お邪魔してます。
乗ってた船が壊れたので乗せてください」
明るく言われたセリフにマルコの眉がぴくりと動く。
「これだけ若い衆を伸しといて言うセリフかよぃ」
「あぁ、これは・・・話を聞いてもらえなくて」
申し訳ないと思ってます、という言葉とは裏腹にマントの口元は笑っている。
ふざけてんのか、とマルコの視線は厳しくなるが相手の態度は変わらない。
「では、改めて。
白ひげさんに会わせてもらえませんか?」
「・・・さっきと言ってること違うじゃねぇかよぃ」
「・・・あ」
しばしの沈黙が過ぎた。
「間違えました、やっぱり会いに来た方で」
「ぶっ!」
「・・・・・・」
あっさりと訂正したマントに、サッチは吹き出し、マルコはずるっと崩れそうになった。
(「やりずれぇ奴だよぃ」)
こんな奴に、仮にも白ひげ海賊団がやられたとあっては名折れだ。
それにいい加減、笑いを必死に堪えるサッチがいては、体面が悪い。
そして、こんな得体の知れない信用もできない奴、親父と会わせる訳にもいかない。
そう言ってやれば、向こうはポンと手を叩いた。
「あ!それもそうですね」
「・・・ふざけてんのかよぃ」
殺気を向けて対峙するが、とんでもない、と言ったマントは欄干からストンと甲板に降りた。
「では、伝言をお願いできますか?」
「伝言?」
復唱された言葉に同意が返る。
そして、そのマントは目深に被っていたフードを外した。
日の下に現れたのは、薄茶の髪に深海を溶かしたようなロイヤルブルーの瞳。
見た目限りでは俺より一回りは下だろうか。
「おぉ!いい女!」
「レイリーの紹介で来ました。
と言います」
どうぞよろしくお願いします、と笑ったその姿は花が咲いたようだ。
その姿を見たマルコは、たっぷりと間を置いた後、ようやく口を開いた。
「女だったのかよぃ」
「はい、生物学上は」
「・・・若い衆を伸したのはてめぇだよなぃ?」
「はい、一応」
「・・・・・・レイリーってのは冥王レイリーのことかよぃ?」
「?レイリーってそれ以外に居るんですか?」
小首を傾げたに、今度はマルコの方が驚く番だった。
問答の末に、こんな大物の名前が出てくるとは思わなかった。
「俺はサッチだ、よろしくなちゃんv」
「はい、よろしくお願いします。サッチさん」
「サッチ・・・」
呑気に挨拶なんて交わしやがって、相手は敵だろうが。
サッチと握手を交わしていた、と名乗った女はこちらに視線を向けた。
「こちらの方は?」
「ああ、こいつは1番隊隊長のーー」
「サッチ、お前は黙ってろぃ」
苛立つ声にサッチとのキョトンとした表情が返る。
「てめえはーー」
「ですよ。
お兄さんのお名前を教えてもらえませんか?」
「どうして、おまーー」
「だから、ですって。
勝手に名付けて呼んじゃいますよ、パインさん」
「パ!?」
「ぶはっ!!」
放たれた言葉に、マルコの米神に青筋が浮いた。
対してサッチは腹を抱えて、甲板を転げ回った。
ゲラゲラと笑い転げるサッチを背後に、マルコの手がの胸ぐらを掴もうと伸びる。
が、
ーーヒョイーー
「ちょっと、乱暴はやめてくださいよ」
「ぶふふ・・・そ、そうだぞマルコ、セクハラだ・・・ぶほっ!」
「じゃあかしぃ!だまってろぃ!」
「狭量だとモテませんよ?パーー」
「マルコだよぃ・・・」
「あ、折れた」
ーーゴスッ!ーー
サッチの言葉にマルコの拳が見舞われる。
それは狙い違わず、奴の髪へとめり込む。
自慢のリーゼントがぁっ!と泣き叫ぶが、捨て置いた。
そのやり取りを微笑ましげに見ていたは、にっこりとこちらを向いた。
「じゃあ、マルコさん。
白ひげさん・・・エドワード・ニューゲートさんにお目通り願えますか?」
名乗った時と変わらず、まるで世間話をしているような軽いやり取り。
まるで煙に巻かれているようだ。
これでは埒があかない。
それに本当にレイリーの紹介だと言う確証もない。
マルコは腕を組み、ふぅと息を吐いた。
「レイリーの紹介ってんなら、証拠を見せてみろぃ」
「えっと・・・手荒なことはちょっと避けたいなぁ、なんて思ってるんですが」
困ったように笑うだが、マルコはすっと腰を下ろす。
「おいおい、相手を考えろよマルコ」
「手ぇ出すな。こいつは海賊船に乗り込んだんだよぃ」
サッチの言葉ににべもなく返すマルコ。
話の筋は通っているが、このまま戦いになるのは憚られる。
しかし、サッチ制止の声を上げる前にマルコとの距離は一気に狭まる。
「お、おい!」
ーーバシッ!ーー
サッチとマルコは思わず目を見張った。
繰り出されたマルコの蹴りは、マントから現れた腕によって阻まれる。
到底、防ぎきれるとは思えない細腕。
だがそれが原因ではない。
マルコは能力者だが、それを抜きにしても戦闘力は抜きん出ている。
ただの蹴りだとて、普通の女に防げるはずがない。
たっぷりと波の音を聞いた後だった。
「あの〜、これくらいで信用していただけませんか?」
「・・・・・・」
受け止めた当の本人は相変わらず、困ったように笑っている。
「確かに、只者じゃなさそうだな」
口笛を吹いたサッチはニヤリと笑う。
マルコは脚を下ろすと、面倒そうに溜め息をついた。
「ちょっと待ってろぃ、親父に話してくるよぃ」
その言葉にぱっとの表情が明るくなった。
「ホントですか!ありがとうございます!」
「おう、俺に任せとけよ!」
「サッチ・・・」
なぜお前が豪語する。
厄介事が増えそうな不安に、マルコは再び溜め息が漏れた。
「初めまして、白ひげさん。私、と言います」
「ほぉ〜、おめぇがレイリーの野郎の娘か」
マルコとサッチの話を聞いた白ひげは、二つ返事で会う事を承諾した。
そして顔を合わせて早々、放たれた言葉に二人はぎょっとしたようにを見た。
「「冥王の娘!?」」
「あ、養父です」
さらっと身の上を話す。
だが、白ひげは変わらねえだろと一蹴する。
それもそうですね〜、との方も軽く返す。
海賊の先頭に立つ白ひげに、こうも物怖じしないやり取りを見ると、先ほどの言葉の信憑性が増してくる。
「仕事で来た訳じゃねぇんだろ?」
「はい、もちろんです」
二人の会話について行けず、マルコとサッチが会話に入った。
「親父、仕事ってなんだよぃ」
「そうそう、俺も気になるぜ」
「なんだてめぇら、手配書で知ってるじゃねぇか」
「「手配書?」」
声を揃えたマルコとサッチだが、目の前の容姿の手配書に見覚えなどなかった。
「やっぱ知らねぇぞ、オヤジ。
ちゃんみたいな子なら、俺が忘れるはずがねえ!」
「サッチじゃねぇが、俺も見た事ねぇよぃ」
「まぁ、私もちょっと迷惑してるんですよね〜
海軍の方にお話ししても、なかなか取り下げてもらえないし」
ふぅ、と物憂気にため息をつく。
「偽名でも使ってるのかい?」
「というか、仕事上の名前ですね」
「仕事って何やってんだよぃ」
マルコの問いに、はふわりと笑った。
「情報屋ですよ。報酬と私の興味範囲で情報提供させていただいてます」
情報屋、と呟いたマルコは記憶を手繰る。
そのような手配書、確かに一枚あった気がする。
だが、まさかとばかりにその名を口にした。
「Alive only、懸賞金1億ベリー、情報屋『凪風』かよぃ」
「あ、正解です♪」
あっけらかんと、答えたに今度はサッチが続いた。
「何ぃ!凪風って言やあ、顔写真のない手配書で、億越えなのに生け捕りのみって賞金首だろ!?
それが
ちゃんだってのか!!」
「あはは〜、海軍の機密事項に手を出しちゃったら、こんなことになっちゃいました」
からからと笑うには微塵も困った様子はない。
大物なのか、それとも単に悠長なだけか・・・
唖然としたサッチだったが、話を打ち切るように白ひげが割入った。
「で、小娘一人、俺に何の用だぁ?」
頭上から降ってきた声には巨大な体躯を見上げた。
そしてなんと言おうかなぁと思う。
本当に大きい人だ。
体も、存在も、醸し出す雰囲気も、そして器も。
初対面の見ず知らずの小娘相手に、まさか会ってくれるとは・・・
正直言って思ってもみなかった。
レイリーから話を聞いていたとはいえ、門前払いも覚悟はしていたのに。
「私は・・・」
しかし、ここまできて手ぶらで戻るつもりもない。
意を決したように、すっと背筋を伸ばした。
「世界を・・・見てみたいんです。
だから貴方に会いに来ました」
物怖じせず笑ってそう言う。
それを受けた白ひげはふん、と顎に手を当てた。
「今は海賊王と肩を並べていた方々から色んなお話しを聞いてみたくて・・・
だったら白ひげさんの所に行ってみろってレイリーさんが紹介してくださいまして」
あ、足の船を割ってみせたのは派手な登場しないと、白ひげさんは船に乗せてくれないって言われたからなんです。
と、にっこり笑って人差し指を振り振り、これまでの経緯を一通り説明する。
その放たれた言葉に沈黙が落ちる。
瞬間、
「グラララララ!こいつぁ傑作だっ!」
ばしばしと膝を叩く白ひげにキョトンとしたのは笑われたの方だった。
「え?あの・・・何か・・・」
「げひゃひゃひゃひゃっ!わ、笑いじぬぅ〜!!」
困惑するようには、助けを求めるように白ひげの隣に立つマルコとサッチを見た。
だが、サッチの方は爆笑しているため話にならない。
必然的に答えるのはマルコということになる。
からの視線を迷惑そうに受けたマルコだが、笑いが収まらないサッチに代わり面倒そうに口を開いた。
「・・・んなわけ、あるかよぃ」
「えぇ!?じゃぁ・・・」
さぁと血の気が下がる。
それなのに、顔が燃えるように熱くなる。
『なんだって?』
『だから、白ひげさんに会うにはどうすればいいのかなぁって』
『ん?簡単な事だ。
ド派手な登場してやれば、乗せてくれるさ』
『派手って・・・何すればいいの?』
『そうだなぁ、船をかち割ればいいんじゃないか』
『割るって・・・簡単に言うけど・・・』
『見たいんだろ?』
『うっ・・・』
『その目で見て来るといい、派手な登場ぐらいなら訳ないだろ?』
にやりと笑ったあの顔が憎い。
(「帰ったら絶対、殴ってやる!」)
2013.7.15
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