海軍本部、マリンフォード。
世界政府直属の本拠地たるそこに、好き好んで乗り込む輩はいない。
海賊で、関係者以外がそこに立ち入る事はあり得ない。
そのため、聞こえてくるのは潮騒、海鳥の歌、そして訓練に勤しむ海兵の声くらいだ。
「今日も平和ですね〜」
晴天の下、間延びした声が響く。
木張りの縁側に腰を落ち着かせた二人のうち一方が呟いた。
「全くじゃ。こんな非は仕事する気が起きんわい」
「あははは。センゴクさんの胃痛に拍車をかけるセリフですね」
呑気に湯呑みを傾け、老齢な男の声に若い女の声が返る。
男の格好は正義を背負った白いコートを肩にかけた姿。
特徴的な犬のかぶり物の姿に、その人物をここで知らない者はモグリというもの。
老齢にも関わらず筋骨隆々とした身体、『海軍の英雄』と呼ばれる生きた伝説の海兵、モンキー・D・ガープその人である。
そしてその隣、ガープに劣らずほのぼのと湯呑みを手にしている女性が一人。
陽光を受ける薄茶の髪、深海を溶かし込んだようなロイヤルブルーの瞳。
海兵の格好をしているが、キリッとしているでもなく、殺伐している訳でもなく、ガープのように眼光鋭くもない。
穏やかで柔らかいそれは、全く場違いな雰囲気をまとっている。
「あんまりお仕事サボっちゃうと、ボガードさんが泣いちゃいますよ」
「ぶわっはっはっは!あいつぁ、優秀じゃからいいんじゃ」
大笑いしてそう返すガープ。
まぁ、普通に笑い事ではないのだが。
「あ、そういえば新茶が手に入ったんです。ワノ国産の本場物ですよ」
「そりゃあ珍品じゃ!」
この二人ならいつもの普通の光景。
しかし・・・そんな『普通』はあり得ない。
ーー茶飲み友達ですーー
「・・・何だ、ありゃぁ」
米神が疼くのはきっと気のせいではないはず。
一人の男の呟きは、同期である隣に向けられているがそちらからは無反応。
チラリと見れば、タバコを片手に「聞いてくれるな」とばかりな無言の返事。
答えをもらえなかった事で、男は再び視線を戻す。
加えた2本の葉巻から上る煙越しには、やはり変わる事ない先ほどの光景が続いていた。
珍しく本部からの呼び出しで来てみれば、呼び出されるほどの事でもなく。
苛立ちのままに闊歩していたら、隣の同期とバッタリと会い、言葉少ない会話をしていた。
そして、その同期の口から出たのが、珍しい新人が入ったという話。
海兵なら誰でも知っている海軍の英雄の部隊に入ったという。
それも正規の手続きを全てすっ飛ばして、だ。
いくら海軍で名が知れ渡っているとはいえ、無駄に騒がしい歩くトラブルメーカー。
自分の中でそこに位置づけられているその男には、関わりたくないリストのトップに名を連ねる。
だが、その話を聞いた直後に実物を見てしまえば必然と興味が湧く。
あれが、中将に引き抜かれたという海兵。
(「まさか、女だったとはな・・・」)
もくもくと煙を揺らしながら、仕事でも命令されたのか、一人立ち去って行く女の背を追う。
「ヒナ、あいつは強ぇのか?」
問いを向ければ、再び無言。
苛立ちを増長させるそれに、スモーカーは振り返る。
「おい・・・」
「それが人にモノを聞く態度?ヒナ心外」
壁に寄り掛かりながら、柳眉を寄せるその同期に、スモーカーはガシガシと頭を掻いた。
「同期の仲だろうが。
で、どうなんだ?」
早く答えろ、とは言わず同義な視線で答えを促す。
すると、同期はタバコを片手に持ったまま口を開いた。
「まだ未知数よ。噂では中将に背中を付かせたとか」
「!・・・何だと」
「噂って言ってるでしょ」
何を聞いていたの、と言外の視線。
スモーカーは先ほどまで新人海兵がいた縁側に視線を投じる。
その時、
「ガープ中将にご用でしょうか?」
「「!!」」
突如、背後から響いた声にその場にいた二人は驚きの視線を向ける。
それは直前まで話をしていた当人。
二人分の湯呑みを乗せた盆を手に、不思議そうにこちらを見る。
その様子だけ見れば、人畜無害、海兵にすら見る事は難しい。
「ヒナ少佐?」
どうかしました?と問われれば、我に返った同期は一拍遅れて返事を返す。
「・・・いえ、珍しい同期が来たから世間話をしていただけよ」
「そうでしたか、お邪魔してしまいましたね」
そんなことないわ、という隣の同期。
と、ロイヤルブルーの瞳がこちらを向いた。
「あの・・・」
「てめぇが中将に引き抜かれたってのは本当か?」
向こうを遮ってそう問えば、キョトンとした顔。
これが本当に中将の背中を付かせた奴か?
見た目で判断するなとよく言うが、全くそんな風には見えない。
「結果的にはそうなります、スモーカー少佐」
「俺を知ってるのか?」
初対面だったはずだが、と訝しむと向こうは笑顔。
「左官以上の方の顔と名前は全て把握していますので」
「・・・そうか」
強面と自負している自分に対しても、気後れする事なく堂々とした態度。
まだ若いだろうに、この記憶力。
それに、
「どうして俺らの背後を取れた?」
そう、これが今一番気にかかる事。
気心知れた同期と居たから油断していた訳ではない。
自身が能力者だからと、過信していた訳ではない。
常にそれなりの警戒はしているのだ。
だのに、こんな新人海兵という女にやすやすと背後に立たれ、声をかけられるまで気付かなんだとは。
「どうして、と言われましても・・・
私はお茶を淹れてきただけですし・・・」
「なら、質問を変える。てめぇと中将はどんな関係だ?」
「関係・・・?」
しばらく考え込んでいた新人海兵は、口を開いた。
「そうですね、強いて言うならーー」
腹の底を読ませないその笑顔が、何故か無性に苛立った。
ーー茶飲み友達ですーー
>余談
「・・・ふざけてんのか?」
「いえ、本当のことですし。
ですよね、ヒナ少佐?」
「確かにいつもお茶を飲んでる姿しか見ないわよね」
「・・・・・・」
2013.7.15
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