「はぁ?どうやったら、海軍に入れるかって?」
「ええ。知ってますか、マスター?」
ーーサインください?ーー
海軍本部、マリンフォードを有する下町のとあるカフェ兼酒場にはいた。
客としてではない。
白いシャツにネクタイを締め、黒いベストとカフェエプロンを着けた立派な給仕姿で、だ。
今は開店してすぐとの事もあって、店に客はいない。
それをいい事に仕事の手を休め、冒頭の問いを投げたのだ。
上司であり雇い主でもある、カウンターにいる男に。
ま、今の所、なんだが。
「あと、できれば早く本部に行ければ、なお良いんですが」
「おいおい・・・ちゃん、海軍に入るつもりかい?」
「まぁ、一応・・・」
言葉を濁し、緩く笑う。
別にこのカフェで働きたくているわけではない。
目的があったからだ。
今までは支部に簡単に潜入できたが、これが本部となれば話は別。
世界最強戦力を有しているそこへ、無策で飛び込む程冒険心豊かではない。
それに、写真は今の所ないとはいえ、自分の首には一応賞金がついてしまっている。
下手な事はできない。
何か上手い方法はないものか・・・と、考えついたのが、部外者ではなく、関係者になってしまおうとおう、というアイディアだった。
だが、入隊してすぐに本部内を闊歩できるほどの肩書きは得られないと思っていた。
だから、よく海兵が出入りするこの店に入り、情報収集していたのだ。
もしかしたら、この人は画期的な方法を知っているかも知れない。
「そんなの、志願書出して、筆記に実技、面接して・・・あー、それから雑用兵から経験を積んでいくんじゃねぇか?」
「・・・・・・」
そんな事、とうの昔に知っている。
「まどろっこしいですね。
もっと、サクッと入れる方法とかあったりしません?」
カウンターに肘をついて本音を言ってやる。
この店に長居する気はないのだ。
すでに2日目だが、目と鼻の先に世間の目に晒されていない事件や情報が山積みになっている。
早く見たい!知りたい!
すると、グラスを磨いていたマスターはその手を止め、盛大に笑った。
「はっはっはっは!
そうだな、お偉いさんの目に止まりゃあ、引き抜かれるんじゃねぇか?
ここは大佐以上の大物もくる店だからな」
可愛くお願いしてみたらどうだ?と、からかってきたが、それ面倒なので流しておいた。
だが冗談から出たとはいえ、それは妙案かもしれない。
「なるほど・・・
じゃあ、左官ないし将官クラスの方をぶっ飛ばすなりなんなりして、実力を認めさせれば良いってわけですか?」
「わっはっは!こりゃ威勢が良いな!
だが、大佐以上なら化物みてぇな強さだって話だ。怪我じゃあ済まん、やめとくこった」
「ふぅ〜ん・・・」
だからと言って、今更退く気もさらさらないのだが。
さて、どうしたものか・・・
ーーからんからんーー
「おっ、噂をすればってやつだな?
今日は上客スタートだ」
入口を見れば、正義を背に持ったコートを肩に引っ掛けた二人の海兵。
上の立場の者ほど、そうした格好をしている。
なるほど、だが上客というほどのものなのか?
そう思い首を傾げれば、マスターは得意気に話し出した。
「あの人は海軍の英雄、モンキー・D・ガープ中将だ。
俺より30も歳食ってるのに、未だ現役。伝説の海兵だ!」
「へぇ、あの方、中将なんですね・・・」
その一点には口端を上げた。
名前は知っていたが、あの人がそうなのか。
「おうよ、あの海賊王ゴールド・ロジャーを何度も追い詰めーー」
「オーダー取ってきま〜す」
人はいいのだが、話が長いのが玉に瑕なのが、この人だ。
は客である中将に向かって歩き出す。
相当な老齢であることは分かったが、全く衰えなど見えない風格だ。
だんだん近づいていくと、中将は入り口に立つ、副官なのか、帽子を目深に被っている男を席に着かせようとしていた。
「おらボガード、席に着け!ここの煎餅は美味いんじゃぞ!」
「いえ、結構です」
「相変わらず、硬い奴じゃのぉ〜」
「いらっしゃいませ、えっとお二人・・・でしょうか?」
「いや、私は結構。中将一人を頼みたい」
「えー!ワシ一人なのか!」
「はは・・・」
その歳で『えー!』はないだろ。
内心で突っ込みながら、畏まりました、と頭を下げ中将からオーダーを取っていく。
それをマスターに届けると、お茶をトレンチに乗せテーブルに出す。
「お噂はかねがね伺ってます。相当お強いそうですね」
「何、ワシも老いた。昔ほど体も動きゃぁせん」
「へえ、そうは見えませんよ〜」
表面上はにこやかな世間話。
しかし、の心は決まった。
(「なら、丁度いいかもしれない」)
暫くして休憩を終えたのか、老海兵が立ち上がった。
「美味かった!今度から届けてもらおうかのぉ」
「元帥が許可しませんよ」
「なら、嫌がらせには丁度ええじゃろ。
ぶわっはっはっは!」
「ありがとうございました」
「おぅ!また来るわい」
歩き去っていくその背中に、は歩み寄りながら口を開いた。
「お客様、忘れ物が・・・」
「んぁ?ワシぁ、何もーー」
瞬間、足払いをかけ、僅かに宙に浮いた身体。
そのタイミングを逃さず肩に全体重をかけ、勢い諸共、床に叩きつけた。
ーードダンッ!ーー
「中将!」
「
ちゃん!?」
目の前には、鳩が豆鉄砲をくらったような顔。
だが、すでに入り口の一人が動いたことに気付いていたので、隠していた木刀で、老海兵の額を押さえつける。
「あ、入口の方、剣を抜かないでください。
こちらも命をかけるつもりはないので」
すかさず牽制をかける。
その言葉に向こうは動きを止めた。
そして、は押し倒される形で下にいる老海兵に視線を落とした。
「お初にお目にかかります。
海軍の英雄、モンキー・D・ガープ中将。手荒な扱い、どうかご容赦のほどを」
押し倒した上に、木刀で押さえつけられて容赦も何もないだろう。
が、ここは社交辞令だ。
「お怪我はないと思いますが、お話の間だけ抵抗しないでください」
尤も、起き上がることはできないと思いますが。
にっこりと、そう言えば老海兵は眼光を鋭くした。
「何もんじゃ?」
「単なるウェイターです」
白々しいながらも事実を述べる。
嘘は言っていない。
「実は海軍に入りたいと思いまして。
手っ取り早く入るには、こうした方が早いーー」
「ほぉ、随分な度胸じゃの」
鋭い眼光が獰猛に光る。
それに怯むでもなくも見つめ返す。
が、
「と、マスターに聞いたので」
「お、俺ぇ!?」
「怒りの矛先はどうぞマスターに」
「なんじゃ、そうか」
「納得しちゃうの!!」
今や真っ青を通り越して土気色の顔をしたマスターは慌てふためくのみ。
不憫なその光景と、いつまでも自分の上司が倒れているのが我慢ならなかったのか、入り口に立っていた男が口を開いた。
「お嬢さん」
「はい、何でしょう?」
「そういう話をするなら、まずやる事があるはずだと思うが?」
やる事?と、首を捻る。
暫し考えたは、下にいる中将に向かって口を開いた
「サインください?」
>余談
「ぶわっはっはっは!
面白い奴だ!気に入った、ワシんとこに入れ!」
「・・・わぉ、本当に入れた」
(「ガープ中将だから、だと思うが・・・」)
2013.7.15
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