「どうして・・・なんで、こうなるのよ・・・?」
声が震える。
だが、私が嘆いてはいけない。
嘆くべき人が堪えているんだから
ーー果たされなかった約束ーー
祝すべき海列車が開通して一週間後。
世界政府の裁判船が着港した。そこで、トムの判決が出るはずだった。
海賊王の船を作った事で課せられた有罪、そして執行猶予10年の罪。
しかし、それは海列車を作った事で無罪放免が決まっていた。
そう、決まっていたはずだった・・・
『なんであんなことを?』
『やはり、魚人なんて・・・』
『海賊王に手を貸す輩はやっぱり犯罪者ってことか』
響くのは無感情な声。
武装船が裁判船を襲撃したことによって流れる、事実無根な噂。
(「そんなことあり得る訳ない!」)
声を大にして叫びたかった。
一体、この街の住人は何を見てきたんだ?
この10年、この偉大なる航路に海上を走る列車を作る偉業を成し遂げた男の、一体何を・・・
悔しさに奔走した。
一緒にお祝いしよう、と。
約束したから。
いつか船を、と。
約束したから。
でも、自分の無力さを思い知った。
唯一、分かったのは世界政府が抱える隠密機関、サイファーポールが絡んでいるということ。
自身が作った海列車で連行されていくトム。
その後ろ姿を見送る事しか出来なかった。
悔しさを滲ませるココロを支えることしかできなかった。
初めてトムに殴られたフラムにかけるべき言葉が見つからず、飛び出して行くのを引き止めることができなかった。
そして何も喋らず、ただ項垂れるアイスバーグに触れることができなかった。
トムを見送った後。
手酷い連行を受けたアイスバーグの手当を終えると、当人はふらっと出て行った。
はそのまま何もしないでいることができず、いなくなったフラムの行方を追った。
しかし襲われたのは再びのやるせなさ。
フラムが、海列車を止めようとして轢かれた、ということ。
黙っている訳にもいかず、その知らせをココロに届けた。
それに彼女はさらに悲しみを深くした。
「あいつにも、知らせてやらないとね・・・」
「はい・・・」
「アイスバーグは、兄弟子・・・だからさ」
「ココロさん、私が行ってきますから・・・
少し、休んでください」
憔悴しきったココロに代わり、はアイスバーグを探しに動き出した。
空はこちらの心情を察することなく、晴れ渡る。
こちらの憂さを叩きつけられたらどんなに良いだろう・・・
ウンザリするような中、は探し人の姿を見つけた。
廃船島の高台。
そこはトム、アイスバーグ、フラム、ヨコヅナの3人と一匹が一緒に海列車の走る姿を見た所だったという。
尤も、これはフラムから教えてもらったことだけど。
そこに、傷だらけの背中を見つけた。
小さく見えるのは、きっと気の所為ではないはずだ。
しっかりとした声になるよう、は息を吸い込む。
「アイスバーグさん」
「・・・なんだ?」
「っ!」
いつもと変わらない声に、こちらが息を呑んだ。
言わなくては。
彼には知らせなくてはいけないことがある。
「お伝えすることが、あります」
「・・・あぁ」
下腹に力を入れ、意を決する。
そして、
「フラムさんがーー」
二人の間を潮風が駆け抜ける。
が紡いだ言の葉にアイスバーグの纏う空気が鋭くなった。
そのままにしておくこともできず、はその背中に歩み寄る。
ーートンッーー
「難儀ですよね、男の人というのは・・・」
アイスバーグと背中合わせになったはそう呟く。
互いの顔は見えない。
だが、今はこれがいい。
「私の面倒を見てくれた人もそうでした」
朧げだが、その時の顔だけははっきりと覚えていた。
「出会ったのが、とっても大切な、その人の半身でもあった無二の親友を失った日でーー」
こちらに向けているのは笑みのはずなのに、見てるこっちが泣きたくなるほどの悲しみを抱いていた。
「どれだけ悲しんでも、全然足りなかったと思うんですーー」
それを見ていられなくて、手を伸ばした幼い自分。
「どこにもぶつける事のできない、行き場のない怒りで身を引き裂かれそうだったはずなんですーー」
少しでも、ほんの欠片でも悲しみが紛れるようにと思ったが、果たしてできていただろうか?
「それなのに、あの人は・・・絶対、誰かの前で泣かなかった・・・」
「・・・・・・」
返事がないが構わない。
「アイスバーグさん・・・貴方もきっと同じなんでしょうね」
この人も同じ矜恃を持っている、そう思ったから・・・
「でもーー」
そう、だからこそ思う。
「今日、雨・・・だから」
その悲しみを今は押し込めるべきじゃない。
「ほんと・・・すごい、雨でーー」
貴方だからこそ、その資格があるから・・・
「っ・・・だから、きっと・・・」
自分には何もできないからこそ、せめて・・・
「ぜんぶ、全部・・・隠してくれますから」
「・・・・・・そうだな」
背中越しに伝わる震えは、果たしてどちらのものだったのだろうか。
2013.7.15
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