ーーはじめの一歩ーー
偉大なる航路、とある春島。
比較的大きなその島にレッド・フォース号は碇を下ろしていた。
無人島らしく人が住んでいるような気配はない。
食料調達に赤髪海賊団の船員は、次々と島へと上陸していった。
真っ先に飛び出したお頭の後を追うように、俺は愛銃片手に島の土を踏みしめる。
あの人は放っておけばトラブル、面倒事、厄介事etc…
多彩な問題を引っ張り込んで来るエキスパートだ。
どんな星の下に生まれればこんな能力を得る事ができるのか。
しばらく歩いた後、一服しようと懐に手を伸ばす。
火をつけ肺いっぱいに煙を吸い込み、吐き出す。
結構歩いたはずだが、まだお頭は見つからない。
一体どこに行ったのか・・・
ゆらゆらと立ち上る煙をぼんやりと見上げる。
と、視界の端に何かを捕らえた。
ついと視線を移せば、そこには見知った姿を見つける。
それは最近この船に加わった女。
いや、女と言うには少しだけ早く、少女と言った方が合っているかもしれない。
(「何をしている・・・」)
キョロキョロと辺りを見回し、どうやら何かを探しているようだ。
ここから距離はあるが、銃を扱っているおかげかその表情は容易く分かる。
いつも薄く笑っているそれではなく、わずかに焦りを見せた顔。
だが、それは隆起して崖のような高い壁を見た事によって霧散した。
嬉しそうに駆け寄る少女。
その時、
ーーグガァーーー!ーー
大きな咆哮とともに、突如現れた熊のような獣。
人の3倍はある体躯、人など簡単に物言わぬ姿にできるだろう鉤爪。
だが、相手が悪い。
あの少女は冥王に育てられた。
携えた長剣を抜く姿は見た事はないが、あれくらいは難なく倒せるのが目に見えてーー
「!」
しかし、予想に反してそれはなかった。
太い鉤爪が容赦なく迫るが、それを危なげに避けるだけ。
その最中も、何かに気を取られているようで獣の姿は見ることなく避けるものだから、見ている側としては心臓に悪い。
そして、逃げているばかりだった少女はついに壁際に追い込まれた。
だがさらに不可解な事に、そこから動こうとしない。
盛大に舌打ちをついた俺は、地面を蹴った。
目の前に現れた黒髪に、私は目を疑った。
突然襲われたが、これまで鍛えてきたおかげか攻撃は避ける事ができた。
どうやってこの獣をこの場から遠ざけようかと考えていた時に、この人が来たのだ。
レッド・フォース号に乗る事になってもうすぐ1ヶ月。
まだ素っ気ない反応しか見せないこの人は、きっとまだ自分を警戒しているということは容易に想像ができた。
それは、船長があんな感じだから、仕方ないが・・・
まぁ、それは置いておくとして。
獣に襲われた時、誰かが近くにいる事は分かっていたのだ。
ただ、攻撃を避けるのと、あの子達を守るのと、どうやってこいつを引き離そうかと考えるのに一杯で、その正体まで探るのには至らなかった。
だから、助けに入ったこの人を見て驚き、どんな反応をすればいいのか困った。
どう贔屓目に見たとしても、この人には警戒されている上に、恐らく嫌われているようだから。
私はあの船の客人でもなく、船員でもない(仲間だと船長が勝手に言ってるだけで私は納得してない)
船長の意志を汲む優秀で義理堅いこの人だから助けてくれたということか・・・
「すみません、ご迷惑をーー」
「何故、避けなかった?」
語気鋭く言われれば、私は困ったように笑うしかない。
タバコを咥えるそれは目を奪われるほど様になっていて。
このようなピリピリとした雰囲気でなければ、ずっと見ていたものだが・・・
今は居心地の悪さしか感じない。
針の筵とはこのことか?
「その・・・」
何と言おう。
どう言っても言い訳にしか聞こえない気がする。
向こうは早く言え、と言外の圧力をかけてきている。
と、
「ピャッ!」
「ブリャ!」
「ビャッ!」
「・・・・・・・・・」
「・・・あー・・・」
背後からぞろぞろと這い出してきた小動物が3匹。
薄い青の毛皮に包まれ、背中に小さな翼を持ったそれらが足元に並ぶ。
さも目の前の男から守るように、精一杯小さな声を上げる。
足元に擦り寄ってきたそれらを私は抱き上げた。
そして、ぶつかってきたのが呆れて言葉も出ない、という男の顔。
「お人好しも程々にしとかねぇと、偉大なる航路じゃ無駄死にだ」
「分かってる、つもりです」
咎める言葉ではあったが、意外にも棘が少ない。
そう思ってると、男の視線が腕の中に向けられる。
その目に好奇心を見て取った私は、抱いた疑問を口にした。
「この子達のこと、ご存知ですか?」
「・・・さぁな」
言葉少ないが、今の関係ではさも道理。
だが、自分から興味が移った事にはちょっと助かった。
「ネコリュウ種のズメイというんです。
偉大なる航路の島々を渡る希少な動物なんですよ」
「・・・博識だな」
まともに続いた会話に、私はそんなことないです、と返す。
そう、これは本で読んだ事があるだけ。
実際に見たのは初めてだ。
「ズメイのことはまだ詳しくは分かってないんです。
ただ常に3匹で行動する仲間意識が強い動物でーー」
腕の中にある、滑るような毛並みを撫でながら、知りうる知識を話す。
「仲間が欠けると、死んでしまうんですよ。
たとえ、それが怪我によるものでも」
「・・・・・・」
そこで、一度話を区切る。
そして、先ほどの問われた答えを口にした。
「偉大な海賊が上陸してる島で、そんな海賊みたいなこの子達が死んじゃうのは忍びなかったんです」
正直にそう言えば、
「・・・そうか」
この一言。
納得してもらえたのだろうか?
「助けていただき、ありがとうございました。
それと、ご迷惑をおかけしてすみません」
礼と謝罪にもこの男からの言葉は、ああ、だけ。
ひとまず、納得してもらえたのだろうと、勝手に結論付け無意識に緊張していた身体の力を抜いた。
それが伝わったのか、腕の中で大人しくしていたズメイが騒ぎだす。
「よかったね、お前達。
痛!こらこら噛むなってば・・・」
意識的でなく、無意識に浮かぶ笑顔。
このような小さな動物を目の前にすると、庇護欲がかき立てられるのは本当らしい。
さっきまであんな殺伐とした空気を纏った男の前にいたのに、こいつらのおかげで余裕が持てた。
と、こもった笑い声に視線を上げる。
そこにはくっくっくっ、と声を押さえて笑う男の姿。
思いもしない光景に、私は固まった。
「驚きました」
「?」
「てっきり、嫌われているものと思ってましたから・・・」
素直に本音をそう言えば、向こうはわずかに驚いた顔。
気付いていなかったのだろうか?
まぁ、私の前で笑えるのだからそこまで嫌われてはいないらしい。
しばらくあの船にいるからには、それは心底ホッとできる事実だった。
動揺を見せていた男は、あっという間に、いつもの腹の底を読ませない顔になった。
そして、
「最初からそう笑えば、俺だって警戒しなかったさ」
>余談
「ベックマンさんってすごいですよね。
こちらが事情を言ってなくてもすでに全部知ってるような行動するんですもん」
「俺は能力者じゃねえぞ」
「でも、シャンクスさんを探し出す能力は突出してますよ?」
「・・・否定できねえな」
2013.7.15
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