東の海、シロップ村。
穏やかな街道を一つの影が歩みを進めていた。
そして、小高い丘に建った建物の門戸が叩かれる。

「すみませ〜ん、こちらが一心道場でしょうか?」

黒い長髪を結い、竹箒を手にした後ろ背には声をかけた。
振り返ったのは丸眼鏡をかけた壮年の男。

「ええ、確かにここで間違いないですよ」

こちらまで和らげるような笑みを浮かべる相手に、は一人の男と重なった。

(「穏やかそうな人、レイリーみたい・・・」)

今は遠い空の下にいる養父を思い浮かべる。
そして、この道場の人ならばと、は用件を告げる。

「あの、ケンシロウさんという方に会いに来たんですが・・・」
「そうでしたか。ご用向きは?」
「実は見ていただきたいものがあるんです」

それだけ告げ、詳細は本人に言いたい、ことを言外に匂わせる。
すると、男は穏やかな態度を崩さないまま、視線を僅かに下げた。

「それは腰にあるモノのことですか?」
「!」

マントの下に隠れて見えないはずのそれを言い当てられたことで、は目を見張った。
そして、思い至った予想というか結論に乾いた笑みが浮かぶ。

「あの、つかぬことをお聞きしますが・・・」

向こうはなんでしょう、と穏やかに笑うばかり。
ああ、この時のこの顔、嫌という程見覚えがある。

「もしかしなくても、コウシロウさん、ご本人でしょうか?」
「おや、バレてしまいましたね」

こうのたまった。

「・・・・・・」

レイリーと同じ匂いがしたこの人には勝てないと思った瞬間だった。





































































ーーもう一人の師ーー






































































「これはまた、珍しいものをお使いですね」

が腰に下げた剣、雷切。
それを手にしたコウシロウは、しばらく眺めてから、鞘に収め畳の上に置いた。

「それで、用件というのはこれだけではないでしょう」

伺いますよ、というコウシロウに

「お話が早く、助かります」

そう言い居住まいを正した。

「不躾と承知ですが、しばらくこちらにご厄介にならせてください」
「理由をお聞きしてもいいですか?」
「実は、どうにもこの子を扱いきれてなくて・・・
この偉大なる航路で身を守るものが身一つというのも心許ないと、父から贈られたものなんですが・・・」

言葉を濁しながらも、は続ける。

「クセがあるというか、私に足りないものがあるのか、いまいち使いこなせていなくて・・・」
「なるほど、確かにその歳で雷切を扱うにはなかなかご苦労されるでしょうな」

そうなんですか?と首を傾げるに、コウシロウは頷いた。

「雷切は立花一派が打ったものと言われていますが、分かっていることはほんの僅かです。
唯一、流れた噂では雷神すらも斬り捨てたとか」
「雷神?雷を斬った、ということですか?」
「ええ。あくまでも噂、とのことですが。
分かっているのは、この雷切は使い手を刀自身が選ぶ」

コウシロウの言葉に、は思わず固まった。

「・・・それって、妖刀では・・・?」
「さぁ、鬼徹一派の様な話は聞いたことありませんが・・・
他に分かっていることと言えば、使い手の属性によってこの刀の力は変化する、ということでしょうか」
「使い手の、属性・・・?」

ますます、訳が分からない、という顔をする
それに気付いたコウシロウは、

「お伝えした通り、詳しいことは何も分かっていないのですよ。
ただ、これの刀は言うまでもなく」
「・・・はい、振り回された自覚はあります。
この子を使えば加減したくても加減できませんでした・・・」

過去の経験を思い返し、の表情が渋くなる。
資金調達に賞金首を仕留めた時、あわや命まで絶ちかけたことがあった。
それ以来、相当なことがなければ雷切を抜く事はしなかった。

「わかりました。
そこまで分かっているなら良いでしょう」
「じゃあ・・・」

晴れやかな表情となるに、コウシロウは、ええ、と朗らかに笑った。

「使いこなす、とはいかないと思いますが、そのクセを掴むくらいまでなら力をお貸ししましょう」
「本当ですか!ありがとうございます!」

深々と頭を下げた
それを見たコウシロウは問う。

「ちなみに師事はどなたに?」
「父です。我流のようですが」
「なるほど。まずは腕前を拝見しましょう」
「はい、よろしくお願いします」

では道場に案内します、というコウシロウの後を付き、板張りの床を歩く。

「そう言えば、こちらにお邪魔する道すがら娘さんがいらっしゃると聞いたんですが・・・」

ここに至るまでのことを思い出し、がその背中に聞けば、さも嬉しそうな笑顔が肩越しに返された。

「ええ。良ければ仲良くしてやってください」
「ぜひに。私の方が教えてもらわないといけないでしょうから」

暫しの滞在は、実りあるものになる予感がしたであった。













































>余談
「実はかなり気の強い男の子がいるんです」
「あら、元気なのは良いことですね」
「それが・・・」
「?」
「相手が自分より強いと見るや、勝負を仕掛けてくるので気を付けてください」
「喧嘩っ早いやんちゃ坊主って訳ですか・・・」





2013.7.15

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