「・・・って、感じでしたか」
「ナニソレ、全然美味しい話じゃ無い」
「お、美味しい?」
食べ物の話をしたつもりはないのだが・・・
「そんな前置きより事故よ!事故の方!」
「は、はい。
えーと、確か調査するその日に、廃寺になった所を見に行くことになりまして・・・」
ーー強面の新入生ーー
調査日当日。
班は廃寺調査と現地人へのヒアリングの2班に分かれた。
ヒアリング組の教授から最終確認を終え、廃寺調査はと夏村となった。
町内案内図の前で場所の説明をすれば、夏村は首を傾げた。
「廃寺?しかしこの地図だと・・・」
「日本などの漢字文化圏では、廃止された宗教施設は総じて『廃寺』と呼ぶことが多いんです。
神社や他の宗教施設も日本ではそう呼ばれてます」
「成る程」
「では、向かいましょうか」
わずかな傾斜の道をは歩いていく。
他のメンバーがいない事に夏村はその後ろ背に問いかけた。
「こちらは2人だけなんですね」
「その、恥ずかしい事にそこまで人気がある研究ではないので。
単位目的に所属している方が大半です」
「それは・・・失礼しました」
「いえ、本当の事ですから。
だからと言いますか、新しく鎖部さんが来ていただいてちょっと嬉しいです」
単位目的には見えないので、というに夏村は微妙な表情を返すだけだった。
それを気にすることなく、は目的までの道を歩きながら気になる箇所にレンズを向けシャッターを切っていく。
時折、襟元につけたレコーダーに向かって録音をし、忙しなく辺りを見回す。
そして、待ち合わせの山道前で待つ人物に深々と頭を下げるとその人物へと駆け寄った。
「こんにちは、時雨崎タエさんですね。
この度は調査へのご協力、感謝申し上げます」
「はいはい、気になさらんで。
んじゃ案内しますんで、付いてきなされ」
「おばーちゃーん!」
その時、脇道から元気な少女が飛び出して来た。
「これこれお客さんがおるでな、大人しくせい」
「はーい」
「これは孫の梓じゃ。儂と散歩するのが好きでな」
祖母に抱き着いたまま、少女は興味津々といった眼差しでを見る。
それを柔らかく表情を緩めたは膝を折り視線を下げた。
「そうですか。
こんにちは、梓ちゃん」
「こんにちはっ!時雨崎梓です!」
「ご丁寧にありがとうございます。
です。こっちのお兄さんは鎖部夏村さんです」
「こん・・・」
「・・・」
「えーと、照れ屋さんなだけで怖くないからね」
背後に効果音がつきそうな強面顔に、少女は怯えたように祖母の後ろに隠れてしまった。
どうにかフォローを入れ、は素早く夏村の脇腹突いた。
(「鎖部さん、子供相手なんですからもう少し表情柔らかくしてくださいよ」)
(「・・・分かっています」)
不本意だとばかりな男は小さく咳払いすると、できる限りの柔らかい表情を浮かべ少女と視線を合わせた。
「こんにちは」
「こ、こんにちは・・・」
「よ、よし!じゃあ梓ちゃん、いつもの神社に連れて行ってくれるかな?」
尻すぼみな言葉と共にまた隠れてしまった少女に、は話題を変えようと慌てて出発した。
その後ろでは僅かに肩を落とした夏村が距離を置いて歩き出すのだった。
山道を歩き出して15分。
まだ到着しないことに、は案内人に話しかけた。
「随分、山奥にあるんですね」
「ああ。なんせ御神体なもんでな。
廃寺になっても村のもんでたまに手入れしておる」
「なるほど、山道が荒れてないのはその為ですか」
「あたしもお手伝いしてるの」
「そっか、梓ちゃん偉いね〜」
「へへへ〜」
先頭で得意げに胸を張る少女は、先ほどから戻ったり跳ねたりと元気よく歩き回っている。
体力あるなぁ、と感心しながらは最後尾の彼にちらりと視線を向ける。
先ほど少女に怯えられたからか、いつもより眉間のシワが深い気がした。
そんな事を気にするタイプに見えなかったから、少々意外だ。
と、こちらの視線に気付いたのか先ほどより表情が軽くなる。
「何か?」
「あ、いえ、その・・・疲れてませんか?」
「お気遣いなく。この程度では疲れません」
「そ、そうですか」
余計なお世話だったようだ。
は慌てて前を向き、肩に掛けた荷物を背負い直す。
「・・・」
「わ!」
突然、肩に背負っていた荷物が消える。
驚いて振り向けば隣に来た夏村がそれを軽々と持っていた。
「鎖部さん?」
「こちらの荷物はお持ちします。
調査に専念されてください」
「あ、ありがとうございます」
そこそこ体力に自信はあったが、彼はさらに重さを感じさせないように歩いていく。
(「逆に気を遣わせちゃったかな?」)
とはいえ、その好意に甘えることにしは先に進むことにした。
さらに10分程して、ついに目的地に到着した。
廃寺と聞いていた為、廃屋をイメージしていたが目の前にあったのは予想を裏切られたものだった。
「おお・・・」
「どうしました?」
「いえ、その・・・思った以上に保存状態が良いので」
現役の神社と遜色ないそれに、嫌でもテンションが上がった。
その様子を一休みしていたタエは楽しげに言った。
「好きなだけ調べなせぇ」
「はい、ありがとうございます。
撮影や写真も構いませんか?」
「えーよえーよ」
有難い申し出に、早速準備を進める。
ビデオカメラを夏村に押し付け、はカメラを片手にレコーダーで記録を取りながら撮影を進めた。
神社の外観をおおよそ撮り終えた時だ。
少女がの服を引いた。
「ねぇねぇ、おねーちゃん」
「ん?どうしたの?」
まるで内緒話をするように少女は声を潜めた。
「あのね秘密のお部屋があるの」
「秘密のお部屋?」
「うん、おねーちゃんに教えてあげる」
少女に手を引かれ、入ったのは本殿に当たる御堂。
普通なら一般人が立ち入ることができない場所だ。
「おお、中も保存状態ばっちり」
可能な限りシャッターを切った。
だが、足場はやはり老朽化で怪しい。
歩く度に軋む音は不安が増す。
そんな中、建物の中央で少々が手招きをしていた、
どうやらそこが秘密の部屋のようだ。
「こっちこっち!おねーちゃーー」
ーーゴゴゴゴゴッーー
立ってられない程の揺れが突如襲う。
それはその場の全員に当てはまった。
そして、最大の影響を受けたのは建物だった。
壁も床も天井も崩壊の悲鳴を上げ、真っ先に抜けたのは少女の足元近くの床。
「きゃっ!」
「危ない!」
「梓!」
「
殿!」
御堂内の床下が抜け、少女はバランスを崩す。
深さも分からない以上、下手をすれば助からない。
手元にあるのはカメラのみ。
だが、 本体を繋ぐ帯が上手く少女に掛かれば・・・
賭けでも構わない。
はたすき掛け状の帯を外しそれを少女目掛け、投げ縄の要領で放る。
驚く少女だが、それに応じてられない。
上手く小柄な少女を捉えられ、力の限り引っ張った。
だが落ちかけた重力分、僅かに引き寄せる力が足りない。
考えてる暇はない。
ーーダンッ!ーー
前に進んでいた足を踏ん張り急停止させる。
同時に、遠心力を利用し帯を引き抜くように、外へと投げ放つ。
遠心力の反動で身体が傾いていく。
その中でも、少女の身体は目論見通り外に居る彼が抱き留めた。
数秒の間でも、建物が不穏な音を立てているのが分かった。
彼は焦ったようにこちらを向くが、手遅れなのは自分が一番良く分かっていた。
少女が泣きながら祖母へと駆け寄っていく。
ホッとしたと同時に、視界は暗転した。
「っ・・・」
どれほど経っただろうか。
埃っぽい空間に居るのが分かる。
意識がしっかりしてくると、ゆっくりと上体を起こした。
(「あれ、私・・・!」)
「気が付きましたか?」
あり得ないはずの声に、意識は一気に覚醒した。
「鎖部さん!?どうしてここに!」
「一緒に落ちただけです」
「落ちたって・・・怪我は!?」
「問題ありません」
「え、でも、私・・・!」
「あの少女は殿が助けて無事のはずです」
周囲を慌てて見回すに夏村が落ち着いた様子で求める答えを渡す。
しかし、直前の記憶はどう考えても辻褄が合わない。
「それは・・・え、でもあの子はあなたに・・・」
「受け止めて、あなたをすぐに引き上げるはずが出来なかった。
申し訳ありません」
「あ、いえ、私こそ巻き込んでしまって・・・」
淡々と話す夏村だが、はどうにも腑に落ちない。
(「嘘・・・だって、落ちかけたあの子と入れ替わるように落ちた。
距離的にも私を引き上げる時間なんて・・・」)
薄闇の中、自身の両手を広げる。
目立った怪我は見当たらない。
先ほどから呼吸してもどこにも痛みは無し。
それが逆に不自然に見えた。
「動けるなら移動しましょう。
余震でこの場が埋まるとも限りません」
「そう、ですね。
まずは安全な場所に移ってから考えましょう」
彼の言う事は尤もだ。
考え事を一旦横に置き、今持っているものを確認する。
手持ちは携帯、ペンライト、レコーダー。
携帯が圏外なのはこの廃寺に着いた際に確認済み。
カメラは少女と共にあるだろう。
脱出に役立つ物は少なかった。
「出口は天井だけのようですが、どうしますか?」
落ちて来た頭上を見上げる夏村。
それに倣ってもそこを見上げた。
周囲は直径5Mに満たないほどの円柱形。
高さは10M以上か、よく怪我の一つもなかったものだ。
そして石の壁に沿って瓦礫が積み上がっている。
あれが頭上に落ちて来なかっただけでも幸運に近い。
「殿?」
「いえ、横穴があるはずです」
「横穴?」
「事前調査で、この神社は為政者や高官の脱出経路を整備していた記録が残っていました。
隠されていた廃井戸の場所とこの大きさからして、恐らくあるはずです」
「地震で潰れたという可能性もあるのでは?」
「そうでしょうけど、探してみる価値はあるはずです」
瓦礫の間を縫いながら、二手に分かれて壁を丁寧に見ていく。
と、目的の印を見つけた。
「ありました!」
その声に夏村も隣に並ぶ。
が、周囲と比べても違いが分からない。
「ただの壁のようですが・・・」
「ここの紋章、外観にあったレリーフと同じです。
恐らくこの辺りを動かすかどうにかすれば・・・!」
大きめの石が僅かに横に動く。
見た目に反して重さがないそれは引き戸のように新たな出口を示した。
「風の流れを感じます」
「なら、外に出れるかもしれませんね」
横穴のトンネルは、中腰にならなければならない高さだった。
現代と昔とでは食生活の違いから、そこまで身長は高くなかったからだろう。
そんなとりとめない事を思いながら、は後ろに続く夏村に向け呟いた。
「あの、鎖部さん・・・」
「何か」
「ごめんなさい、こんな事に巻き込んでしまって・・・」
「あなたが謝罪する事ではありません」
「でも、鎖部さんは現にこんな事になっている訳ですし・・・」
壁に手を付きながら、の言葉は段々と弱まっていく。
まだ出口には辿り着けない。
そもそもあとどれくらいかも分からない。
時間が僅かなら、こうなってしまった経緯も含めちゃんと謝罪したかった。
「本当に申しーー」
「殿が真っ先に動かなければ、あの少女は一人で落ちていた。
もしかしたら、それで命を落としたかもしれません」
「・・・」
「我々だから、今どうにか脱出できている。
違いますか」
彼なりの優しさだろうと思った。
普通なら、こんな状況でこちらを気遣う言葉は出ないだろう。
だが、素直にありがたかった。
「そう、でーー!」
その時。
再び足元が揺れる。
光源がペンライトの頼りない中、身動きできずその場に留まる。
と、
ーーガラガラガラガラッ!!!ーー
「!」
「っ!」
背後で崩れ落ちる音が上がる。
背筋に冷たいものが走った。
間違いなくこのままでは生き埋めになる。
その時、
「失礼」
「きゃっ!」
いきなり抱き寄せられた。
次いで、耳元で早口に呟かれる。
「これからの事、他言無用に願います」
「え?何ーー」
「『樹の中の樹、大樹の中の大樹、始まりにありし始まりの樹。我が言葉において聞き届けよ』」
瞬間、凄まじい轟音に包まれる。
衝撃を恐れて身を硬くしていたが、予想していた痛みは訪れない。
恐る恐る目を開けてみれば、周囲は青白い光の壁で生き埋めを免れていた。
「これは!?」
「殿」
「は、はい!」
「手持ちの品は何をお持ちですか」
「えっと、レコーダーとペンライトと・・・」
「ではレコーダーを頂けますか」
「は、はい。でも、こんな物どうーー!」
レコーダーを手渡したに答えは返らない。
再び夏村は先ほどの言葉を唱えると、ソレは周囲と同じ青白い光を纏ってその形を崩し、塵状になって消えた。
「う、嘘・・・」
目の前で見た光景が信じられない。
だって、これはまるで・・・
「一気に抜ける間、辛抱願います」
「は、はい!」
身体をさらに抱き寄せられ、はそう返事するだけで精一杯だった。
外気が頬を撫でる。
夏村の言葉通り、生き埋め状態から一気に外に出た。
どうやら規模が大きい地震だったようだ。
あちこちから、サイレンの音が聞こえる。
「・・・たす、かった?」
「そのようです」
淡々とした声。
振り返ってみれば、夏村が立っていた。
が、彼の頬や腕には切り傷が目立ち至る所から血が滲んでいた。
「鎖部さん!怪我を!」
「擦り傷ですので気遣い無用です」
「そんな訳にいかないです!
手当しますからここに座って下さい!」
半ば怒鳴るようにして、は使える限りの上着やハンカチで応急処置をしていく。
の勢いに押され、されるがままの夏村はそれを黙って受けていた。
「取り敢えず、これで止血にはなるはずです」
「手間を取らせました」
「何を言ってるんですか、そもそも・・・」
「殿?」
「・・・そもそも、私の所為で怪我をしたのに」
そうだ。
彼一人ならきっと無傷で助かったはずだ。
どう見ても自分より運動神経も良さそうだし。
何より、彼が怪我をした場所は自分を庇って負ったものばかり。
「先ほども申し上げました。
あなたが一緒だったから、生き埋めにならずに済んだんです」
「でも・・・」
「お互い様にしましょう」
初めて見た。
柔らかく笑う夏村にはそれ以上反論できなかった。
「・・・ありがとうございます」
「動けるなら移動しましょう。
被害状況も分かりませんから」
「そうですね。じゃあーーっ!!」
「!?」
立ち上がろうとして、崩れ落ちるように膝をついた。
焦ったように夏村がが押さえた足首の裾を捲る。
驚く夏村には突き抜ける痛みを耐えながら、涙目で答える。
「たたた・・・安心したら、一気に来ちゃいました」
「まさか、ずっと隠していたんですか?」
「その、いっぱいいっぱいでつい言いそびれてて・・・」
困ったように笑うしかない。
無理な体勢から少女を助けた負担は、足首にかかり嫌な音を立てた。
トンネル内では脱出が優先だったし、手当する道具も無かった。
そんな言い訳を口にしかけた時。
小さく嘆息した夏村は、近くに転がっていたペンライトを手に取った。
「鎖部さん?」
「これも内密に願います」
そう言い、赤紫色に腫れ上がっている足首に手をかざしながら夏村は唱えた。
「『樹の中の樹、大樹の中の大樹、始まりにありし始まりの樹。我が名は鎖部夏村。我が言葉において聞き届けよ』」
再びペンライトは青白い光と共に塵となった。
代わりに、脈打つ度に激痛が走っていた足首は怪我する前のように腫れは完全に引いていた。
「どうですか?」
「すごい、痛みが・・・」
「では、移動しましょう」
「は、はい!・・・え?」
は動けなかった。
対して夏村は事も無げにこちらを見つめたまま。
「どうしました?」
「えと、鎖部さんこそどうしました?」
そう、に背中を向け屈んでいる。
さも乗れとばかりなそれ。
「念の為、私が運びます」
「は、運ぶって・・・」
「背負うので乗ーー」
「だっ!大丈夫です!私重いし!」
「しかし、完治してるとはーー」
「く、鎖部さんが治してくれたから!歩けますよ!」
「私はそちらの能力は高くありません。ですからーー」
「で、で、でも!」
「背負われるのが不服なら、横抱きにしますか?」
「よっ!?」
それはいわゆるお姫様抱っこというやつだろ。
そんな格好で人がいる所まで運ばれるのか?
恥ずかしさで即死だ。
「〜〜〜っ!」
「どうしました?」
「・・・妥協案で肩を貸してください」
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2019.12.10