都内某所。
とある大学の民俗学部研究室。
そこにずいっと、パーソナルスペースを無視した美女が一人の助教授に言い寄っていた。
「よし、じゃぁ話してもらいましょうか!」
「・・・あの、すみません。お話が全く見えないのですが・・・」
ホールドアップをしているのは、部屋の主でもある助教授、。
肌が触れそうな距離で、同性でもドギマギしてしまうというのに美女はお構いなしににっこりと笑う。
「だ・か・ら、鎖部夏村とあなたの馴れ初めv」
「な、馴れ初めって・・・///」
「やーん!もう!愛い反応〜」
顔を染めてしまった反応をこれでもかと弄られる。
これは絶対誤解された。
自身だけの問題ではなくなってくるので、は慌てて山本に弁明する。
「あ、あの、山本さん。
勘違いされてるようですが、私と夏村くんは山本さんの想像しているような関係では・・・」
「まぁまぁ、それは別にいーから。
彼が魔法使いだって分かった事件のこと、詳しく教えてv」
「・・・馴れ初めって言葉の使い方間違えてますよ」
慌てた自分が逆に恥ずかしくなった。
小さく嘆息したはまだ僅かに温もりが残るカップに手を伸ばす。
出会いか。
もう長い付き合いの気がしていたが、今更ながらそうではなかったなと思い至る。
「彼と会ったのは・・・確か、大学の初めての調査でしたか・・・」
ーー強面の新入生ーー
それは大学に入学して暫く経った頃。
といっても、高校の頃から既に出入りしていたこともあって既に勝手知ったる場所だが。
通い慣れた研究室への廊下を駆け、目的の扉を叩いた。
「日向教授、お呼びでしょうか?」
「待っていたよ君。
実は君に紹介したい客人が来ていてね」
初老の隣に立っていたのは長身の青年。
長い黒髪を束ね、長い前髪の間から覗く鋭い眼差し。
目の前に立たれるとなかなか威圧感がある。
「こちら、鎖部夏村君だ。
次回の新入生の調査に同行する。まぁ案内役だと思ってくれ」
「鎖部夏村です」
「あ、です」
「それじゃあ、打ち合わせは二人で頼むよ。
私はこれから職員会議だからね」
「分かりました」
教授を見送り、部屋には静寂が訪れる。
あまり初対面との会話は自信がないが、調査まで日がない。
打ち合わせの時間も限られていた。
「・・・」
「え、と・・・では始めましょうか。
教授からは何か聞かれてますか?」
「いえ、今回の調査に同行するようにとだけ」
「?案内役、と教授が言われてましたけど・・・」
「それは同行する建前です」
「そ、そうですか・・・」
(「な、何か聞いちゃまずかったかな・・・」)
あまり詮索するような話題はよろしくないな、と判断したは手早く資料を彼に差し出した。
「では、今回の調査の概要を説明しますね」
相手の反応を見ながら、は補足もしつつ話を進める。
そして、教授の話にあった近々行われる調査の主点に話題が移った。
「・・・蛇?」
「はい。
古来より日本各地では様々な動物が信仰されていますが、その筆頭が蛇なんです。
今回は現存する信仰が残ってる村にお邪魔して調査協力をお願いしました。
鎖部さんは謂れについてご存知の事はありますか?」
問いに首は横に振られた。
そこで分かりやすい説明をかいつまんで語る。
「形や特徴から『生と死の象徴』『豊穣の象徴』『神の使い』など、各地で崇める風習があります。
歴史的・宗教的背景から、男性神または女性神、神または悪魔と対極の性質も持ちます。
世界的に見てもそこは共通していますね」
「成る程・・・で、今回の調査目的というのは?」
「現存の信仰・風習からどのように祀られていたのか。
その起源となるルーツはどの地域からか。
世界と類似した信仰があるか。
あれば相違点とその理由の裏付け。
・・・大まかにはこの辺りでしょうか」
すらすらと言えば、男はやや驚いたようだった。
「・・・随分と規模が大きいのですね」
「本当はそこまでいきたいところですけど、現存するものが朧げであれば推測の域を出ません。
それに形が無いものも殆どですから、地域の方々の口伝や伝承が残ってれば良い方。
誰も知らず、建造物のみという場合も珍しくありません」
長い歴史の中で葬られた風習も多い。
それ故に謎のまま手付かずの歴史はそれこそ数え切れないほどある。
歪められ誤って伝わっている風習や文化が、実は全く違った意味を持っていた、なんてこともあったりするのだ。
「けど、僅かでも手がかりが残っていればそれを形にして残して過去の人々の信仰や考えが現在に繋がっている証拠を残せる。
善かれ悪しかれ、歴史から人間は学ぶ事ができますから」
人間はとても忘れやすい。
過去の歴史がそれを物語っている。
まずは正しく知り、理解すれば、誤った道を阻む抑止力になるはずだから。
「殿は随分熱心なのですね」
「そんな事は・・・
私の場合、単なる学術的欲求に近いですから。
祖母が原始信仰の謂れを良く話す人で、よく散歩道に話してくれた影響ですね」
「そうですか」
「鎖部さんがいらした所はどうですか?
そのような信仰や風習は残ってますか?」
「・・・ええ、恐らく」
歯切れ悪い返しに、踏み込んではまずかったかとは話を変えた。
「あ、ごめんなさい。
調子に乗って関係無い事まで喋ってしまって」
「いえ、お気になさらず」
「最終スケジュールは後ほど連絡しますので。
他に分からないことがあれば連絡してください」
「分かりました」
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2019.12.10