「雨の呼吸、弐ノ型ーー雨鷽!」
ーーザンッ!ーー
雨で視界が最悪の中、の放った技は空を切った。
舌打ちの音すら悪天候で掻き消え、は再び襲ってくる鬼の気配を探るように刀を構えた。
ーー不可抗力ーー
村人が立て続けに謎の失踪をしている。
連日雨が降り続き、久しぶり訪れた晴れ間。
鬼が絡んでいるらしいその討伐任務の指令が下りた時、すでに被害者は5人目に上っていた。
指令の村に辿り着き、村人に詳しい話を聞けばさらにもう一人、子供が山に入って帰ってこないという。
嵐の前兆らしい空模様に、村人総出で村中探してもらったが痕跡はなく。
やはり山に入ったのだろうということになったが、鬼がいる可能性が高い山に村人を連れては無駄に被害が広がるだけ。
は自分が行くことを申し出ると、絶対に他の村人が入らないようにと言い含め得意の脚力で深い山を駆けた。
(「参ったな、想像以上に入り組んでる上に方向感覚を失わせる・・・もしかしたら、血鬼術の可能性もあるかも」)
日没から1時間が経過した。
辺りは暗く、普通の子供なら確実に道を見失っているだろう。
子供の父親から特徴は聞いている(自分も行くと頑として付いて来ようとしたのを宥めるのは骨が折れた)がこう暗くては探しようがない。
その上、ここには鬼がいる可能性がある。
・・・仕方ない。
(「鬼を何とかしよう。倒しちゃえば村人の力を借りれるし」)
即座に考えを切り替えると、は辺りの感覚に意識を研ぎ澄ませた。
人間とは違う、異質で生理的に受け付けないおぞましい感覚。
殺気を向けてくれれば一発で分かるが、どうやら今回の相手は随分と気配を絶つのが得意なようだ。
普通なら山中をぷらぷらしている人間を見つければ意気揚々襲い掛かっていただろうに、自分にはその気配さえ掴めなかった。
(「・・・それなりな数、食ってる鬼か。その上、もし血鬼術使ってきたらこれから崩れる天候じゃ勘弁して欲しいな」)
そう独り言ち、は小さく嘆息すると空を見上げた。
風がうねり、遠くから雷鳴も響いている。
辛うじて雨は落ちていないが、いつ降ってもおかしくない。
さて、どうしたものか、と思った時だった。
約20メートル先、大きな岩の影に人の着物が見えた。
暗い中でも目を引く浅葱色、聞いていた子供が来ていた着物だ。
すぐに木の上から飛び降りたは一気に駆け岩を飛び越えた。
ーーシュッーー
ーーギィーーーンッ!ーー
瞬間、放たれた何かをは抜刀し弾いた。
空中で身をひねり、岩の向こう側に着地すれば、あったのは着物だけ。
そして岩を見下ろせる木の上に標的が憎々し気な表情を浮かべていた。
『小癪ナ』
「子供を返してもらいましょうか」
ひたと見据えたが鬼に言い放つ。
それを受けた鬼は小脇に抱えていた子供を離すことなく、跳躍してその場を逃れる。
もすぐに木の上に上がると鬼の後を追い始めた。
速さは大したことない。
常に自分の視界に捉えられている。
問題なのは人質となっている子供をどうやって助けるか。
このまま鬼ごっこを続けるつもりもない。
確か山を下れば川の近くに開けた場所があると聞いたから、そこで何とかするか。
(「なら、下ってもらう」)
「雨の呼吸、陸ノ型ーー卯の花腐し!」
『!?』
鬼が逃げる進行方向、そして山頂に向かう方角へ広範囲の斬撃を放つ。
それに虚を突かれたらしい鬼は慌てて、山麓へと進路を変える。
読み通りになったは、今度は呼吸を使い太い幹を足場に一気に上空へと躍り出ると鬼の進行方向に先回りした。
ーートッーー
『ナニッ!?』
「雨の呼吸、壱ノ型ーー花時雨!」
ーーザンッーー
『ギャッ!』
子供を抱えていた腕を斬り飛ばし、拘束から解放された小さな体を抱き留めながら再び刀を振るうがそれは鬼に躱され両者は距離を取った。
片腕からはしっかりと温もりを感じる。
怪我の程度は分からないが、生きている。
僅かに安堵したは、再び視線を鋭くした。
(「さて、片をすぐに付けたいところだけど・・・」)
柄を握り直したは、油断なく相手を窺う。
二合目の立て直しが思ったより早かった。
何となくだが、血鬼術を使うような気もして飛び込むのは危険だと経験則が訴える。
『鬼狩リ、貴様一人デオレヲ殺シニ来タノカ?』
「答えて欲しいのかしら」
『今日ノ獲物ハ二匹ダケトハナ』
「・・・」
言ってくれる。
血鬼術を持っていたとしても、このまま視界が悪くなれば分が悪くなるのはこっちだ。
仕方ない。
は子供を自身の後ろへ下し鬼と対峙した。
『子供ヲ放ッテイイノカ?』
「その前に刎ねる」
『クックックッ、威勢ノイイコトダ』
ーーザッ!ーー
鬼の嘲笑を待たずは一気に踏み込んで刀を振るった。
その場から鬼は動かず、は一気に振り下ろす。
ーーブンッーー
「!」
しかし、直前に立っていたはずの鬼の姿は周囲に溶けるように揺らぐだけ。
(「虚像!?」)
本体が消えたことで、はすぐに子供の下へと戻る。
そして再び刀を構えれば、何かが放たれた気配に全てを叩き落とす。
軽い金属音と共に落ちたのは、真っ黒く細い無数の線。
(「針・・・厄介すぎ」)
こう暗くては最悪な相性だ。
致命傷にはならないだろうが、もし毒でも仕込まれていたら長引けばこちらが不利になる。
しかも予想通り血鬼術を使ってきた。
一度見ただけだが、残像を見せる術なら陽動に引っかかれば子供をまた奪われかねない。
もしその残像が実体も伴えるなら子供が殺される可能性だってある。
『ドウシタ、鬼狩リ。オレノ頸ヲ刎ネルンジャナイノカ?』
「ならさっさとおいで願いたいんだけど」
『無様ナ貴様ヲ見ルノガ楽シクテナ』
「なるほど、それじゃぁ拝観料貰わないとね」
そう言ったは腰元を探りながら、鬼の居場所を探す。
と、視界の端に気配を見つけた。
は子供に構わず再び踏み込むと刀を振るう。
しかし、やはり残像だったそれは再び消えた。
陽動だ。
は慌てて振り返る。
だが、子供に向かうと思われた鬼はどこにもいない。一瞬動揺を見せた時だ。
『死ネッ!』
「!」
の頭上から鬼が踊りかかってきた。
体勢を崩しながら、は小脇差を鬼に放った。
腹に刺さったが、それで勢いは止まらない。
鬼の鋭い爪がに下ろされる。
僅かに顔を逸らせ、凶刃の軌道は頬を裂くだけ。
痛みに片目を閉じたは再び刀を振り上げる。
しかし、鬼の顔がにやりと歪んだことですぐに後ろを振り返った。
そこには鬼が子供に爪を振り下ろそうとしていた。
(「しまったっ!」)
思わず体勢が大きく崩れる。
子供を庇おうと、目の前の鬼に完全に背を向けてしまう。
瞬間、氷塊が背中を滑り落ちた気がした。
『貰ッーー』
ーーゴォオオオッ!ーー
闇を切り裂く紅蓮が辺りを照らした。
耳障りな悲鳴を上げる鬼に、は見覚えのある気配に瞠目した。
そしてその人物はの後ろの鬼に刀を向けたまま悪天候をものともしない声量で口を開いた。
「鍛錬が足りんな、
!」
「煉獄さん、どうしてここに」
「たまたま近くで任務でな。村人から話を聞いて来た!」
「それは大変助かります」
自分一人なら難なかったが、子供が居ては思うように動けなかったのも本当だ。
とはいえ、やってきたこの人なら自分のような失態は絶対侵さないだろうが。
「して、鬼は一匹か?」
「はい。残像のようなものを見せる血鬼術の他、針のような飛び道具の攻撃をするようです」
「うむ。承知した!お前は子供を頼む」
「はい」
2対1。これなら勝機はこちらだ。
そう思い始めた矢先、ついに空から雨が降り始めた。
視界不明瞭に拍車がかかる。
勝機はあるはずだが、素早い陽動を駆使する血鬼術に杏寿郎が加勢したのになかなか決定打が打てない。
ーーブンッーー
「よもや!これも残ーー」
ーーギィーーーンッ!ーー
「煉獄さん、ちょっと聞いて欲しいんですけど」
杏寿郎の背後をフォローしたは鬼を弾くと、再び子供を守るように後退する。
「よし、聞こう!」
「匂いを辿ってください、この雨では恐らくもう一撃分しか猶予はーー」
ーーキィン、キィン、キィン・・・ーー
言いかけたは放たれた針を弾く。
しかし、
「ぐっ!」
腕を押さえたが蹲った。
攻撃を受けたらしいそれに頭上から気配が迫る。
「やられない、っての!」
しかしそれを読んでいたが刀を振るう。
ーーギィーーーンッ!ーー
「はあぁっ!」
渾身で鬼を杏寿郎の方へと弾き飛ばす、それを待っていたような男に鬼はにやりと笑った。
『フン、マタ虚像ニ翻弄サレルトハ愚カーー』
「炎の呼吸、壱ノ型ーー不知火!」
ーーザンッ!ーー
しかし、鬼の言葉に耳を貸さず杏寿郎の技が鬼の頸を捉える。
驚愕する鬼の顔が暗い夜空に弧を描いた。
『バ、バカナッ!ナゼ分カッタ!?』
「鬼が知ったところで無意味なことだ!」
『グゥ・・・死ナバモロトモヨ』
「!」
「不味い!」
鬼の体が近くにあった子供を掴んで走り出す。
も杏寿郎も距離的に届かない。
子供を掴んだ鬼はそのまま川へと走った。
体が灰へと変わりながらそのスピードは僅かに二人は届かない。
この暗さで急流に落ちれば子供は間違いなく助からない。
呼吸で駆けようとするが、僅かに時間が足りない。
その時、
「沙希っ!」
「「!?」」
あれほど入ってくるなと言ったのに追ってきたのか?
突然現れた子供の父親が川に飛び込もうとした鬼の体を掴んだ。
鬼の体は宙空でバランスを崩す。
このままでは全員川に落ちる。
ーードンッ!ーー
「煉獄さんっ!!」
乱入者によって僅かに稼げた時間が功を奏した。
呼吸で一気に駆けたは親子に体当たりし空中で親子を掴むと、その勢いを利用し杏寿郎に向け投げ放つ。
加速がかかった遠心力で親子との位置は入れ替わる。
ゆっくりとだが、親子は男が受け止めることができる軌道を取ったのが分かる。
杏寿郎の顔が驚愕に固まる中、は後を託す男に向け叫んだ。
「二人をーー」
ーーザバーーーンッ!ーー
「
っ!!」
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2020.6.13