ーー不可抗力ーー





















































































































水音が聴覚を支配する。
戦闘直後の高い体温に上流の川の水は身を切るようだ。
その上、急激な水流に体の自由が利かない。
辛うじて水面に顔を出せば、やはり急流で呼吸と共に水も吸い込んでしまう。

(「思った以上に流れが!」)

咳き込みながらどうにか状況を把握する。
足は付かない。
手の届く範囲に捕まえられる枝草もない。
どうにか自力で岸に辿り着かないと。
と、その時。
何かに腕を掴まれたような気がして、流されながら振り返った。

(「煉獄さん!?」)

何故ここにいるんだ。
あの親子を村まで連れていかないといけないはずなのに。
驚くに対し杏寿郎は力強い力での体を引いた。
何かを言うにしても今は岸に辿り着かなければ。
しかし激流に翻弄される中、は自分達に覆うように迫る漆黒の壁を見た。

(「まさか鉄砲水!?」)
「れーー」

濁流は警告と共に二人を呑み込んだ。
辛うじて互いを離さないようにしながら、水流は二人を蹂躙する。

「ゴホッ!」

水面に顔を出せたは咳き込み、今の場所を確認しようと周囲に目を配った。

「!!!」

その目に映ったのは、上流から更なる濁流と共に倒木が迫っていた。
このままでは直撃する。
足場がない水中では、技の威力は落ちるが仕方ない。

(「玖ノ型ーー篠突く雨!」)
ーードゴッ!!ーー

倒木が突き技で裂ける。
危機を脱した、そう気を抜いた瞬間。
倒木が岩に当たり急に進行方向を変えた。
杏寿郎に迫ってしまったそれには思わず相手の腕を引いた。

ーードッーー
「っ!!!」

男の後頭部を襲うはずの倒木がの背面に激突する。
脳天を突き抜ける痛みには思わず息を詰めた。
次いで四肢から力が抜ける。
日輪刀が、杏寿郎を掴んでいた手から、力が抜け意識が暗転した。

(「!」)

覆い被されたかと思えば突然、力なく意識を失ったを今度は杏寿郎が慌てて引き寄せる。
激流に揉まれながら杏寿郎は岸を探す。
しか両岸は切り立った壁。
川から上がるのは無理がある。
と、自分達を包む水音の他にどんどん大きくなる落水音が届く。

(「よもや!」)

予想に容易い。
このままでは滝壺へ落ちる。高さが読めないが耳に届く音では低い高さではなーー

「!?」

考えてるそばから落下コースに入ってしまった。
意識がないを片腕に、杏寿郎は日輪刀を抜き滝壺に向けて技を繰り出す。

「炎の呼吸、伍ノ型ーー炎虎!

斬撃が水面に叩き付けられ、盛大な水柱が上がる。
どうにか叩き付けられる衝撃を緩和できた。
先ほどと違い、岸に上がれる水流に杏寿郎はを引き上げる。
だが、いつもなら困ったように笑った顔を向けただろうそれはなく、ぐったりと力ないまま沈黙していた。

!しっかりしろ!」

頬を叩くが反応はない。
杏寿郎は呼吸を確かめる。
が、その手に返される呼吸の感触はなかった。

「!」

その表情は青白く変わっていく。
どんどん死に向かっている相手。
こんな時、どうするかは当人から散々言われてきた。
他に手段はない。
人命救助。
そう、あくまでこれは人命救助だ。
他意はない。
無いったら無い。
自身に言い聞かせた杏寿郎は、教わった通り気道を確保するため顎を空に向ける。
そして、冷たい唇を覆うように息を吹き込んだ。

「・・・」

羞恥が勝つが、相手はまだ息を吹き返さない。
杏寿郎の背が凍る。
これで息を吹き返さなければ、知識の乏しい自分にはどうすることもできない。
再び息を吹き込む動作をまた数度繰り返す。
そして、

「ゴホッゴホッゴホッ!」
!大丈夫か!?」

やっと水を吐き出したが荒く息を吐く。
ゆるゆると辺りを見回りと、やっと焦点を結んだ相手を見た。

「れ、ごく、さん・・・」
「大丈夫か?」
「ゴホッ!・・・は、はい、何とか・・・」

雨を避けた木の下で、少々疲労が見えるいつもの笑顔が見れたことで杏寿郎は深々とため息をついた。

「はぁ・・・肝が冷えたぞ」
「あの親子は?」
「恐らく問題ない。すぐに山を下りるように言ったからな」
「そんな・・・もし他の鬼がいたら・・・」
「被害的にあの一匹だろう」
「そう、ですね・・・」

柱の見立てなら問題ないか。
深く息をすれば再び咳き込む。
どうやら盛大に溺れたようだ。
万全とは遠い様子を見た杏寿郎はに問うた。

「動けるなら俺達も村に戻るが?」
「・・・すみません」
「む?」
「それは無理そうです」

いつもなら無理を押しても行動を起こすらしからぬ言葉。
杏寿郎は首を傾げた。

「怪我をしたか?」
「ええ、ちょっとこれは・・・やらかしました」
「では、手当てしよう。起き上がってくれ」
「・・・」
「?どうした、
「・・・無理です」
「??」

の言葉に杏寿郎は頭上に疑問符を浮かべた。
見た目に反して動けないのが不思議でしかない、と顔に書いてある。
まぁ、そう思っても仕方ない。

「起き上がれません」
「そんなに傷が深いのか!?」
「いえ・・・どうやら背骨を強打したようで、四肢が一時的に麻痺しています」

手足を動かそうとするが、痺れが酷過ぎて力が全く入らない。
これでは上げるのも難しいだろう。

「では俺が手当てを代わろう」
「お手間かけます・・・」

都合よく山小屋が見つかり、杏寿郎に抱き抱えられたは下された。
囲炉裏に火を起こし、光源を確保した杏寿郎はに向いた。

「ひとまず、傷を確認する」
「はい、お願いします」

自身で隊服を脱ぐこともできず杏寿郎が釦を外していく。
治療で他人の服を散々脱がしてきただが、逆の立場は少ない。
いや、違うか。

(「結構、気恥ずかしく思うものなんだな・・・」)

意識があるのにこうして手当てをしてもらう経験が少ないから、そう思ってしまうのか。
よく見れば相手の顔にも動揺が見て取れる。
内心謝罪を繰り返したは、やっと隊服を脱げたが動きを止めたままの杏寿郎に視線を向けた。

「・・・」
「?」

どうかしたか?
と、思ったが意味が分かった。
さすがにシャツを脱がすのは抵抗があるのだろう。

「煉獄さん、シャツの後ろを捲って傷の具合見てもらっても良いでしょうか?」
「う、うむ」

助け舟を出し動揺を隠せないままの杏寿郎に苦笑を浮かべながら、はシャツを恐る恐ると言ったら感じで捲る杏寿郎に問うた。

「出血はあります?」
「外傷はないようだ」
「それなら良かったです。あとはどんな風になってます?」
「そうだな、内出血らしい痛々しい色になっている」
「あー、麻痺している原因なんで仕方ないですね」

手持ちの薬では、打ち身に効くものは持ち合わせていない。
後で蝶屋敷で世話になろう。

「傷がその程度なら問題ありません。痺れが抜けたら動けます」
「そうか。何よりだ」
「煉獄さんはお怪我はありませんか?」
「うむ、ほぼ無傷だ」
「良かったです」

嵐が酷くなってきたことで、ひとまず移動は天候が落ち着いてからということになった。
濡れた羽織りと隊服を乾かす杏寿郎には恐縮しながら頭を下げる。

「何から何まですみません」
「動けぬのだ、気に病むな」
「ありがとうございます」
「しかし無茶が過ぎたぞ、

嗜める声。
その原因を自覚しているは静かに目を伏せる。

「下手をすれば溺れ死んでいた」
「すみません。あの時は夢中で・・・煉獄さんに直撃したらそれこそ私一人の力では助けられたかどうか」

鉄砲水が運んだ倒木。
もしあれが杏寿郎を襲っていたら。
後頭部を強く打って死ぬなどざらだ。
例え柱と云えど、命を失う可能性は否定できない。
ここで命を失えば救える命も同時に失うことになる。
なんて言うのは後付けの言い訳だが。
あの時は咄嗟だった。
結果として、自分は溺れ杏寿郎の手間をとってしまったが彼は助けてくれた。

「ありがとうございました、煉獄さん」

ふわりとは笑い返す。
横になるには背中の傷が響くので、玄関框に腰を下ろしたままは頭を下げた。
それに囲炉裏の火に照らされた杏寿郎の顔が曇る。

「礼を言うのは俺の方だと思うんだがな」
「じゃ、お互い様ということですね」
「いやからの礼は受け取れん」
「はい?」

顔を上げたが見たのはシャツ姿の杏寿郎の後ろ背。
らしくない。
いつも人と話す時は対面するのを常とするのに、なんで背を向けているんだ?

「煉獄さん、私こっちですよ?」
「うむ!承知している!」
「・・・え?だったら何でーー」
「気にする必要はない!」
「いやいや、気になりますよ」

声はいつもと変わらない。
一応、自分の格好は水気を飛ばしてくれたシャツを着てるから問題はないはず。
あ、とは思い至った。

「もしかして、怪我されてるの隠してます?」
「それは無い! のお陰で無傷だ!」
「いや。だったらそんな火元から離れなくても」
「問題ない!」
「体を冷やして風邪をひいては困りますから」
「生憎と、恐ろしく暑い!」
「ええ!?熱あるじゃ無いですか!休んでくださいよ!」

確か解熱薬は持ち合わせてた気がする。
防水の箱に入れていたはずだから、濡れてないなら薬を飲んでもらわないと。

「すみません、煉獄さん。
隊服に薬入ってますからそれを飲ーー」
ーードゴッ!ーー
ーービクッ!ーー

勢いよく土下座と共に床に頭突きした杏寿郎に驚いたの肩が跳ねる。
え、これどういう状況?

「責任は俺が取る!」
「せ、責任?」
「心配無用だ!」
「心配?え、何が?」

状況が全然読めないんだが。
もしかして隊服脱がせた事を言ってるのか?

「えーと・・・煉獄さん、隊服脱がせたことなんて気ーー」
「嫁入り前の女性の唇を奪ってしまった!」
「・・・はい?」
「柱として不甲斐無し!」

あー・・・それか。
溺れた自覚があるので人命救助の処置として何が行われたかは分かっている。
というか、そんな事をこの人は気にしていたのか。

「煉獄さん」
「穴があったら入りたい!」
「入らなくていいです。
煉獄さんが行ったのは救命という名の単なる不可抗力ですから気にしないで下さい」
「煉獄家に輿入れは不満か!?」
「論点が違いますからね」


























































さんは医療行為で慣れ過ぎて感慨もないけど、炎柱は免疫なかった話




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2020.6.14