ーー遊郭潜入・前編ーー





















































































































「はい?」
「だから、遊郭に潜入任務だよ」

音柱邸。
急用だと鴉の伝言で駆け付けてみれば、一方的に告げられた話に疑問符しか返せない。
というか、どうして毎度面倒な任務しか押し付けないんだこの人は。

「またですか?私、ついこの間も手伝いましたよね?」
「今度はお前だけじゃねぇよ」
「そんな大がかりなんですか?
でも、私も任務入ったばかりなんですけど」
「そうか。実は今回は的が2つあんだよな・・・」

おい、人の話を流すな。

「ちょっと・・・宇髄さん一人しか居ないのに誰が代わりに売り込みに行くんですか」
「そうなんだよなぁ・・・」

尤もな切り返しに考え込む音柱。
おい、そこは考えてなかったのかよ。
花街には誰でも入れるが、売り込むとなれば売り手側は顔が良い方が都合が良い。
今、任務に出てない隊士で務まる人は居ただろうか?
と、

「あ」
「え?」
「あ"?」

ちょうど、音柱邸に現れたのは風柱。
何か用事だったのかと、は首を傾げた。

「不死川さん、お疲れ様です。
任務帰りですか?」
「ああ」

の挨拶に単語で返した実弥に気を悪くするでもなく、はそれは何よりですとにこやかに返す。
が、もう一方は黙ったまま実弥をガン見している。
それを見たは浮かんだ推測に、まさかとばかりに天元に視線で訴えるがどう見ても本人はやる気だ。

「・・・」
「なンの用だ、宇髄。テメェ喧嘩売ってんのか?」
(「もしかして・・・」)
「不死川、ちょい顔貸せ」
「・・・上等だ」
(「あー、絶対意味取り違えてるわ・・・」)

お互い誤った認識のまま見切り発車しているのを分かっていたは、頭痛がしそうな頭を押さえた。
こちらの考えを分かっているのか、太い腕で実弥を拘束した天元は力尽くで縁側へと座らせた。

「よしっ!んじゃ、頼むわ
「は?」
「はいはい、承知しました。
では、不死川さんじっとしていてくださいね」

いつの間にか用意された道具一式を前に、どれから取り掛かろうかと物色する。
そして手にした道具を片手に、は実弥と距離を詰める。
迫るに当然実弥はいつもの血走った目付きで般若の顔を向けた。

「は?お、おい 、てめっ!近付くんじゃねェ!
「おいおい、まごまごしてられねぇんだ。派手に意識飛ばしてやるか?」
「それは面倒なので、やめて下さい」
「宇髄、離せテメェ!」
「あーはいはい、不死川さんーー」

段々面倒になってきたは、天元が実弥を拘束しているのを良いことに耳元に唇を近づけた。
そして・・・
ーー1時間後

「はい、いっちょ上がりです」
「おー、派手な出来栄えじゃねぇか」
「・・・おい、いい加減にしろよテメェら」
「もう終わりましたから、動いて大丈夫ですよ」

拘束から解放された実弥は、爆発3秒前のような空気で肩を揺らす。
しかし、それを前にしても2名は動じる事なく、1人はけらけらしながら、もう1人はテキパキと道具を片付けていた。

「で?いい加減何しやがった」
「言い出しっぺは音柱様なので、説明はそちらからお願いします」
「遊郭に潜入捜査がある。お前、売り込み役な」
「・・・は?」

まぁ、そうなるよな。
当然の反応だ。
私だって詳しい説明聞いてないし。
そもそも、そんな雑な説明で分かるはずがない。

「それでは潜入捜査の詳細説明をお願いします」
「潜入は4名、炭治郎、善逸、伊之助、んでな」
「・・・」
「言った通り私は任務あるので長期は無理です」
「なら短期で終わらせりゃいい」
「・・・・・・」
「終わらせりゃって・・・肉体労働は潜入組じゃないですか」
「外に追い出しゃ俺様が派手に狩ってやるぜ」
「そんな無茶な・・・」
「・・・おい」

低い声にようやく話が途切れる・・・

「はぁ。なんだか時間の無駄ですね。
では組み分けはーー」
「待てっつってんだろうがァ!ゴラ!」

なんて訳もなく、淡々と話が進められていくのを実弥は怒声を上げて強制的に打ち切った。

「どうかしたか不死川?」
「うるさいです不死川さん」
「テメェらいい加減にしやがれ!そもそも俺ァーー」
ーーすちゃーー
「ま、文句は自分の顔見て言うんだな」
「!」

天元が実弥の前に鏡を突き出すと、相手はピタリと動きを止めた。
鏡を持ったまま凝固している実弥に、は後々の面倒予防のため助言を残す。

「・・・」
「一応、傷跡目立たないようにしてますけど、むやみに触れないでくださいね。化粧が落ちます。
それと怒って顔の筋肉寄らせないでください。化粧が寄ります。
という事で、化粧し直す仕事増やしたらあの約束はチャラですからね」
「多少の乳だけかと思いきや、こんな特技があると知った時にゃぁ、ド派手に驚いたぜ」
「しのぶさんに言ってその口縫い合わせてもらいますよ?」
「あ、馬鹿!引っ張るな!」

額当ての飾り紐を容赦なく引っ張るに、天元は慌てて距離を置く。
その反応に満足したのか、は荷物を持つと3人が待機しているという蝶屋敷へと向かうことにした。

「口上の手ほどきはしてくださいよ。
じゃ、私は3人を化かしてきたいので先に向かいますね」
「おう、任せろ。この顔なら女将も文句ねぇだろうからな」
「では、服と髪型のセットも任せましたから〜」

とてとて、と去っていくを見送った天元に低い声がかかる。

「・・・宇髄」
「おう、礼なら酒にしろ」

見当違いの発言に実弥は腰に下げた柄に手をかけた。












































































































「う、嘘でしょ!?これが俺なの!?嘘過ぎじゃない!?」
「女の子みたいだぞ善逸!」
「そんな事言われても複雑だよ!でもありがとね!
炭治郎も女の子みたいだよ!」
「照れるなぁ。でも伊之助には敵わないな」
「当然だぜ!俺が最強っ!!」
「勝負の趣旨が違ってるよ!!」

遊郭の外れ。
借りた部屋の一室に響く阿鼻叫喚。
どうにか様になったことで、もほっとしたように息を吐いた。

「やー、なんとかなりましたね」
「ありがとうございます、さん」
「いえいえ、今回は共同任務らしいのでよろしくお願いしますね」
「はい!」
「じゃ、着付けはよろしく。私も支度するので」

隣の部屋の襖を開けたは残りを任せ、自分の支度を始める。
間を置かず3人の部屋に計画主のが現れた。

「よう、お前ら用意できーー」
「あ!宇髄さん!」
「ひっ!出たっ!!」
「祭りの神か!?」

現れた天元に化粧された3人の顔が向けられる。
それを見た当人はピシリと固まった。

「・・・おいおい、マジか・・・」
「見てください!さんにやってもらいました」
「すげぇな・・・口閉じてりゃ女にみえるぞ。
よし、お前らあんま喋んな神からの命令だ!」
「何様だよ!?」

マジマジと至近距離で観察する天元にキレた善逸が噛み付く。
と、天元の後ろに現れた見慣れない男が部屋に入ってきた事で炭治郎と善逸が首を傾げた。

「あの、宇髄さん。そちらの方は・・・」
「鬼殺隊の人?」
「おぅ、任務帰りで暇だったらしいから借りてきた」
「(怒)」
(「も、物凄く怒っている匂いがする・・・」)
(「ひっ!怖い!音が怖いっっっ!!!」)
ーートンッーー
「何冗談言ってるんですか」

隣の部屋の襖が開けられる。
呆れた語調で髪を結い終えたは手荷物を足元へ置いた。

「「「「!!!!!」」」」」
「こちらの方は風柱・不死川さんですよ。
炭治郎くんは初めてじゃないですよね。善逸くんと伊之助くんはお会いするの初めてでしたっけ?」

反応がない事を特に気にする風もなく、は仕上げの筆と紅が刷かれた貝殻を手に取った。

「さて、皆さんの準備が出来たのなら、最後に紅を刺して・・・?」

と、ここに来てようやく皆が固まっている事に気付いたは目を丸くした。

「皆さん、何固まってるんですか?」
「・・・?」
「はい?何でしょうか」

善逸の時以上の至近距離。
肌が触れそうな所でを見下ろす天元に、恥ずかしがるでもなくは問い返す。
肩に流される緩く結われた髪。
普段はされていない化粧でさらに柔らかい印象を残した面差し、色気立つ薄く刺された紅。
いつもの仄かな瑞香がまるでこちらを誘うような錯覚さえ覚える。

「化粧でこんなに変わるのーー」
ーーゴスッーー
「ぐはっ!」
「相変わらず開けっ広げに失礼ですね、帰りますよ?まったく」

鳩尾に鞘を突っ込まれ沈んだ天元の横をスタスタと歩き去る。
黒い笑みはいつもと変わらないそれに、やはりらしいと室内のメンバーは再確認する。
そして着替え終えた3人の用意が整った事を確認し、は膝を折った。

「そもそも、『化ける』から『化粧』なんですよ。化けさせなきゃ意味がないじゃないですか。
さ、炭治郎くん目を瞑って動かないでくださいね〜」

ま、実は風柱や3名隊士の化粧が思いの外上手くいって、調子に乗ってしまったというのも少しあるが。
なんてことは口にすることなく、悶える音柱を放置したまま、固まる3名隊士にテキパキと紅を刺していく。
そして最終確認を終えると作戦が開始された。

「じゃ、俺は炭治郎と伊之助を連れて隣の遊郭。
不死川は善逸とを連れて反対の入り口側の商売敵の遊郭を頼むぜ」
「では、ご武運を」
「おう。不死川、トチんじゃねぇぞ」
「あ"ぁ」
(「既に返事が濁音になってるし・・・」)

不安、と思いながら目的の遊郭へと向かう。
比較的大きな花街の為か、目的の場所まではしばらく歩く必要があった。
サクサクと先に進む実弥に、も遅れまいと足を早めるが普段とは違う足元をすっぽりと布に覆われてはスピードを出せない。

(「うー、動きづらい。
ここ最近ずっと隊服だったしな・・・」)

そう思って、自分よりもこの格好に慣れてないだろうその人に思い当たりは振り返った。

「善い・・・じゃない、善子ちゃん。大じーー」
「ねぇねぇ、彼女もしかして一人?」

振り返ったそこには、ナンパに絡まれている善逸の姿。
彼ほどの耳がなくても、纏う空気が心情を物語っていた。
これからの任務を思ってか、善逸は健気にも口を開いていない。
このまま持ち帰られても困るので、は困り顔の善逸の元まで踵を返した。

「あれ?もしかして喋れない?だったら俺らが優しくーー」
「申し訳ありませんが、妹と私は所用の帰りですので失礼します」
「へぇ〜、お姉さんも美人じゃん。なら一緒に楽しい事しようよ」
「いえ、急いでおりますのでこれで失礼します」
ーーパシッーー
「!」

善逸の腕を取った手を別の男が力尽くで引っ張る。
よろけそうになるが、どうにか離れそうになった善逸をもう片腕で引き寄せた。

「えー、ツレない態度取らなくても良くね?
ホントは用事なんてないんでしょ?」
「そーそー。ほら、俺らと遊んだ方が楽しいって」
(「こいつら・・・」)

こちらを囲む優男達が馴れ馴れしく肩に腕を回す。
善逸の顔が徐々に険を帯び、こちらに視線で訴えてくる。
『ぶちのめしたいんですけど?』とも言わんばかりのそれ。
心情は大変共感できて賛同したいところだが、目と鼻の先の潜入先に騒ぎが伝わって警戒されるのは避けたい。
頷きたい気持ちを堪えて僅かに首を横に振る。

「離してください」
「そんな怖い顔しないでよ。あ、でもそんな顔もーー」
「おい」
「何だよ、取り込みちーー」
「俺の女に気安く触んじゃねェ」

体格の良い実弥の鋭い切れ味の眼光で見下ろされた優男達は、情けない謝罪の声を上げて逃げ出して行った。
脱兎、という文字通りのそれを目の当たりにし、思わずは小さく拍手を送った。

「おー、さすが不死川さん」
「チィッ、面倒なのに絡まれやがってェ」
「いえいえ、先に声かけられたのは美人な善逸くんですよ?」
「いやいやいや、野郎に声かけられてもカケラも嬉しくないですけどね」
「何とかしようとしてくれたのも善逸くんでしたけど、任務前に目立つのを避けたくて私が止めたんです」
「本音はぶちのめしたかったですけど」
「それは同感。でもこんな姿でぶちのめしちゃったら悪目立ち確定だったけどね」

もし仕出かしたらと想像すれば、とっても面白い見せ物だ。
後で計画主の派手な制裁は待っているだろうが。
とはいえ、穏便に済んで良かった。
はこちらにハスに構える実弥に軽く頭を下げた。

「助けていただき、ありがとうございました」
「けっ。面倒くせえェ、さっさと行くぞォ」

歩き出す実弥に、、善逸と続く。
今度は歩みのスピードは先ほどよりも緩い。
一応気遣ってもらってるらしい。
前を歩く服の裾をちょんちょんと引っ張ったは、悪戯顔で声を潜めた。

「不死川さん」
「あ"?」
「『俺の女』がまた絡まれないように手は握ってくれないんですか?」
「・・・」

直後、善逸の小さな悲鳴が上がる。
固まる実弥にはにこり顔。
間を置かず裾からの手を払った実弥は歩き出してしまった。
悪戯失敗かと笑うの腕に今度は善逸がしがみ付いた。

「ちょ、 さんって怖いもの知らずですか?」
「何でですか?」
「だ、だって!今めっちゃ怖い音があの人から聞こえて来るんですけど!?」
「目的地までの背景曲と思えば楽しくないですか?」
「全然楽しくない!」

ビクつく善逸と、スタスタと先に言ってしまう実弥の様子に、からかい過ぎたかな?と思いながらは開いた距離を詰めようと足を早めた。

「あの、不死川さん」
「・・・」
「もー不死川さんってば」
「・・・」
「ちょっーー」
ーーガツッーー
「わ!」

だが、久しぶりの着物で、歩幅の感覚がズレて自分の足に躓いてしまう。
不覚にもバランスを崩したは、迫る地面に手を付いて空中回転で着地か、と思いながら手を出した。
が、

ーートンッーー
「「・・・」」

思いがけず近くにあったのは、風柱の顔。
いつもの傷跡が隠された端正な顔と、まさか受け止められるとは思わなかったの驚き顔。
硬直しているような実弥に、は何度か目を瞬くと困ったように笑った。

「えっと、ありがとうございます」
「・・・いや、悪ぃ」
「やー、実は着物は久しぶりで・・・とっても助かりました」
「ん"ん"」
「?」

ふわりと笑ったに、盛大な咳払いが上がる。
疑問符を浮かべただが、実弥は誤魔化すように声を張り上げた。

「さ、さっさと行くぞ。俺ァ暇じゃねぇんだからな」

乱暴に言いながら、その手は自分の手を引いていた。
不器用な気遣いには嬉しそうに笑う。

「はーい、お願いします」
「笑って言うんじゃねェ」
「はいはい」
(「えー・・・なんだよあれぇぇぇ」)

先導人の後ろから見える耳が真っ赤に染まる。
1人はそれがおかしく、もう1人は妬みを込めた視線を返すしか出来なかった。






















































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2020.5.16