ーーEpilogueーー
〜帝都ザーフィアス・謁見の間〜
絢爛な大広間にしつらえられた、帝都を統べる者の席。
その二つの玉座に向かい、騎士服の青年が報告を終えようとしていた。
「ーーでは、この件は後日評議会に提出いたします」
「それで構いません。
疲れているところ急がせてすみません」
「いえ、これも私の務めですから」
きっちりとした返答をした騎士に今度は柔らかい女性の声がかかる。
「長旅ご苦労様でした。ケガもないようで良かったです。
わたしもお手伝いできれば良かったんですけど・・・」
「いえ、エステリーゼ様にはヨーデル様の補佐をしていただかないと」
青年、騎士団長であるフレンは苦笑した。
臣下に向けられた気遣うにしてはあまりにも砕けている副帝の言葉。
それをありがたいと思いながら、報告が済んだことで立ち上がった。
「御前を失礼する前に、実はエステリーゼ様にお渡ししたい物が・・・」
「わたしに?」
首を傾げたエステルに、フレンは明るい表情でそれを差し出した。
「ハルルに立ち寄った際に預かりました。
必ず本人へ、直接手渡すようにと言われていましたので」
騎士団長から手紙を受け取った副帝は、差出人の名を目にし花が咲いたような笑顔になった。
〜花の街ハルル・ハルルの樹の下〜
「だから言ってんでしょ!マナはエアルと違って不安定なんだから安定させる術式が必要だって!
あんた本当に理解してるわけ!?」
「なっ!バカにしないでください!!
僕が言っているのは魔核を使っていた魔導器をそのまま使う事は非効率だってことで・・・」
花弁が舞い踊る根本で、専門家しか分からない大激論会が開かれていた。
周囲の迷惑を顧みないほどの大声だったが、日常茶飯事のためか住民は微笑ましい様子で見守っている。
「ったく、あんたが言ってるのはここでしょ?
そんなの、こういう風に術式を組み替えちゃえば・・・」
「ああ、なるほど・・・って!これじゃさっきと変わらないじゃないですか!」
再びキャンキャンと始まった応酬に、少女の方が面倒そうに打ち切った。
「あー、もう。うっさいわね、試作なんだから十分よ。
だいたい魔核の代わりに精霊の力を使う事自体初めてなんだから。
あとは作ってみない事には話が進まないじゃない」
「それは、そうですけど・・・」
不承不承といった感じで納得するしかない少年、ウィチル。
言い負かした少女リタは、包みから取り出した証明魔導器の部品へと向き直る。
天才魔導士宛に届いた小さな包み。
これを完成させれば生活の不便がまた解決されることになる。
さらに喜んでくれる親友が一人、身近にいる。
(「やってやろうじゃない・・・!」)
やる気に満ちた表情で腕をまくったリタ。
そして宛名のない矢を模したギルドマークが入った外装に送り主を思った。
〜新興都市ヘリオード・労働者キャンプ〜
曇天の下、数十人の部隊に指揮を執る声が響く。
「次、二番小隊前へ。
構え・・・放て!」
引き絞った弓が唸り、矢が次々に的へ突き刺さる。
が、どれもこれも中心を射る矢はなく的にすら届かない矢もあった。
それを見た指揮官であるソディアは落胆の色を隠す事なく息を吐いた。
「・・・これでは実践なんて到底ーー」
「焦っちゃいかんわよ〜。訓練始まってまだ一週間しか経ってないんだから」
「しかし・・・」
食い下がる指揮官に、気楽な声をかけた人物は弓を手に取ると訓練兵へと歩み寄る。
「はいはーい。野郎相手にやる気は出ないけど、おっさんがお手本見せちゃうわよ〜
・・・てい!ほっ!せりゃ!よーいせっと!」
「「「おぉっ!!!」」」
放たれた矢全てが的の中心を射抜いた事で歓声が上がる。
しかし体を反らしたり、宙返りしたりとアクロバットな動きから放たれた矢。
当然のごとく初心者の見本とは到底なり得ない。
得意気に賞賛を受けている射手を女性指揮官はバッサリと両断した。
「シュ・・・レイヴンさん、それでは全く見本になりません」
「あら、そう?」
悪びれない最年長者レイヴンの少年のような笑みに、ソディアは深々と溜め息をついた。
〜黄昏の街ダングレスト・ユニオン本部〜
ユニオン元首が座る部屋に幼いギルドの首領が呼び出しを受けていた。
呼び出したのは、天を射る矢首領兼ユニオン元首代行であるハリー。
「・・・悪いな、こんな時に呼び出して」
「ううん。急ぎの用事なんでしょ?ボクができることなら任せて」
頼もしい返答にハリーは走らせている筆を止める事なく、一巻きの書簡を差し出した。
それを受け取った凛々の明星の首領カロルに、視線を手元に落としたままハリーが話しだす。
「帝国とギルド、合同訓練の調整案だ。
これをノードポリカの統領まで届けてくれ」
「それくらいお安いご用だけど・・・直接行った方が調整は進むんじゃない?」
尤もな言い分に、年若い元首はピタリと筆を止めると苦虫を噛み潰した顔を向けた。
「・・・ヘリオードに選出する構成員の見直しの話が蒸し返されてな・・・
まったくもってありがたいことに、俺が直接出向く羽目になった。
お前なら向こうと顔見知りだろ?まして首領が行くなら、ユニオンの名代としては十分だ」
分かったら行ってくれ、と片手で払い退出を促されると再びカリカリと筆を走らせる音が響く。
素っ気ない態度だったが、言外の信頼の証にカロルは嬉しそうに頷いた。
そして紺碧の先、仲間と同じ髪色に臨む街へと思いを馳せた。
〜闘技場都市ノードポリカ・船着き場〜
「はい、これで注文の品は全部かしら?」
「ああ、揃ってる。急な入り用でな、あんたが運んでくれて助かった」
潮騒が響く港で、対照的な髪色の二人が向き合っていた。
緋色の髪、この街の代表であるナッツの言葉にクリティア族の女性は妖艶に微笑んだ。
「あら、こちらとしても特急料金上乗せだもの。
お互い様ってことでいいんじゃないかしら?」
女性の言葉に隻眼はそうだな、と頷き思い出したように口を開いた。
「最近はあんたら凛々の明星の名をよく耳にするよ。
空を駆け巡り、世界中どこにでも現れて、配達から人捜し、魔物狩りに用心棒まで手がけるギルドはそうはいない。
これからも頼りにさせてくれ」
「ノードポリカの統領のお眼鏡に適うなんて、首領が聞いたら喜ぶでしょうね」
誇らし気に微笑む女性ジュディスに、ナッツは確認を終えた書類を部下に渡すと再び視線を合わせる。
「落ち着いたらゆっくり遊びにでも来るといい。
闘技場にも挑戦すればあんたらの名もさらに売れるだろうし、こっちとしても大歓迎だ」
「ふふっ、そうね。楽しみにしてるわ」
そのまま別れの挨拶を交わすと、ジュディスは踵を返す。
今度来る時は仲間と、そして皮肉屋だが腕の立つ彼も連れて来よう、と相棒の待つ船へと歩きだした。
〜望想の地オルニオン・街近くの平原〜
ーーカチンッーー
「っし!一掃完了!」
剣を鞘に収め、その動きに合わせて青年の黒髪が揺れる。
魔物討伐の依頼で来たが武醒魔導器がない今、雑魚でも骨が折れる仕事だった。
だが人数の利で勝利を収め、じんわりと滲む汗を拭った青年は足元でキセルを咥える蒼に声をかける。
「これでしばらくは街も大丈夫だろう。
お疲れだったな、ラピード」
「ワフッ」
互いの労をねぎらい、青年は周りに転がる魔物へと目を向ける。
少し前、同じこの場所で今回とは比べものにならない大群を相手にしていた。
あの時はたった4人で相手にしていたが、ずっと高揚した気分だったことを思い出す。
「あれから一月もたってないなんて、なんだか変な感じだな」
「クーン・・・」
「ま、暇よりはいいか」
「ワンッ!」
同意する返答をもらえた青年とラピードの間を柔らかい風が駆け抜ける。
それを気持ち良さそうに受けた青年、ユーリは風の名を持つ仲間はどこにいるのだろうと考えていた。
潮風が香る切り立った断崖。
母なる大海を見下ろせるその場所に近付く一つの影があった。
曲がりくねる山道を勝手知ったる様子で歩いて来る。
と、そこが目的地だったのか、膝ほどの高さがある石の前でその足が止まった。
「?花が・・・そっか、来てたんだ・・・」
質素な墓標に供えられた花を見て、その人物は苦笑した。
淡い黄色の花。
彼らしいな、と思い自分も持ってきた花を同じように並べると、その墓標の前に腰を下ろした。
「なかなか来れなくてごめんね。
こうやって二人だけなのって結構久しぶりだよね・・・」
波が砕ける調べに落ち着いた声音が流れる。
最後に訪れた時は道連れがいた。
あの時と今とで自分は変われているだろうか?
「私は元気でやってるわよ。
ねぇ、聞いて。
この世界から魔導器がなくなったの!想像できる?
10年前じゃ考えられないよね〜」
明るい笑い声が辺りを包む。
ひとしきり笑ったその人物、
は来れなかった今までのことを話しだした。
相槌も返答も返ることがない中、話し声は続く。
「ーーという訳で、デュークと最後には仲直りできたんだ。
ね?エルとの約束、ちゃんと守ったよ、偉いでしょ?」
照れたように、ちょっと誇らし気な笑顔が何も言わない標に向いた。
その時、風が吹き花が揺れた。
光の加減で金色に見えた花と、真新しい純白の花がすでに亡い友の姿に重なる。
それを目にした
はふつりと黙り込んだ。
「・・・ねぇ、エル・・・
私ね、兄さんの分まで生きようって決めたの。
デュークにも同じ過ちが繰り返さないようにするって約束した。
だから・・・」
一旦言葉を切ると、彼女は立ち上がった。
そして肺が空っぽになるまで息を吐き出すと、にっこりと墓標に笑みを向けた。
「見守ってて?
エルに頼るのは良くないってことは分かるけど、
エルが傍にいてくれるなら私は色んな人との約束、果たせると思うから」
それに返答は返らない。
が、再び風が
を撫でた。
潮の香りではなく、懐かしい太陽の香りを含んだ柔風。
ーー任せておけーー
在るはずのない声を耳にし、
は息を呑んだ。
だが、返事をもらえたんだと、その顔に笑みが広がる。
そしてしばらくの間、幸福感と共に友の分身のような風に包まれていた。
おまけ
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2008.11.22