ーーEpilogue αーー












































































その時、近付く足音に は首を回した。
わざわざ街道を外れてここまで来るのは、魔物か、招かれざる客人か・・・
襲われてもすぐ対処できるよう身構える。
が、現れた人物に彼女は目を丸くした。

>>皮肉屋のあいつ

>>神出鬼没の おっさん





























































































































































































































>>



「なんでこんなところにいるの?」

問いを向けられたのは闇夜を溶かし込んだ髪、何者にも屈しない意志の強い同色の瞳。
太陽の光が注ぐ今の時間は、彼の存在を際立って見せていた。
訊ねられた青年も驚きを隠し切れず問い返す。

?お前こそ、なんで・・・」
「私はまぁ、野暮用がね」
「・・・」

苦笑する に、ユーリは彼女の後ろに手向けられた花を認めた。
と、以前聞いた話を思い出し、それ以上追及せず青年は墓標まで歩み寄るとその前で手を合わせた。
きっとこの石の下に眠るのが友だったという始祖の隷長エンテレケイアエルシフルなのだろう。
どんなひととなりかは分からないし、知ることももうできない。
だが、タルカロンで対峙した白銀の戦士、後ろにいる凄腕の情報屋。
自分と関わりの深い二人が種族を超え、固い絆で結ばれていることは痛感していた。
一度話をしてみたかったな、と心中で呟きユーリは声を上げた。
そして振り向いた時、自分に向いていた表情に青年は固まった。

「?どうしたの?」
「//////」
「???」

首を傾げる目の前の女性の視線から逃げるようにユーリは背を向けた。
そうでもしないと、聡い彼女は分かってしまうだろう。
目の前にあった慈しむ穏やかな微笑み。
初めて見たその顔に今まで蓋をしてきた感情が溢れ出す。

「ったく・・・なんでこのタイミングなんだ?あんなの反則だろ・・・」
「ねぇ、さっきから何ブツブツ言ってるのよ?」

隣から覗き込むように、自分が向き合う羽目になった感情の原因主が不思議そうな顔をしている。

(「こりゃ、腹括るか・・・」)

ぶつかっていた視線を外したユーリは盛大に溜め息をついた。
目の前でいきなりそんなことをされた は、平然と出来る訳もなく、目を吊り上げた。

「ちょっと・・・人が心配してるのに何かしら、その態度は?」
「お前な、誰にでもそんな顔見せてんじゃねえよ」
「・・・救いようがないくらい失礼な奴ね。
人の顔に文句付けるなんて、良い度胸しーー」


力のこもった声に遮られ は口を閉じる。
そこにはいつになく真剣な青年の姿があった。
向かい合う二人の間をただ時間だけが過ぎていく。
一行に口を開かない相手に眉間に皺を寄せた が口を開こうとした時だった。

「・・・好きだ」

時が、止まった。
突然放たれた言葉は一体誰に向けてのものなのか。
しかし、その場に二人しかいない事は誰が見ても明らかで、それは自分に向けてでしかない。
数瞬かかってようやく声が音となった。

「え・・・?」

我ながら間抜けた声が出たものだ、と自分を冷静に見つめる声が響く。
だが真剣な視線は外れない。
はその視線に抗うように、まさか、と引き攣った笑みを向けた。

「ユ、ユーリさん?そういう冗談、私嫌いだって知ーー!」

それ以上は言葉にならなかった。
視界を埋めたのは黒。
腕の中に収められたのだと分かると、熱が一気に顔へと集まる。

「んなっ、ちょ、ちょっと・・・!」

初めてではないのに鼓動が煩い。
あまりの音の大きさに は戸惑った。
さらに畳み掛けるように彼女の耳元に心地よいテノールが響く。

「お前が好きだ、
「っ!!」

繰り返された言葉に肩が跳ねる。
だが音は止まない。

「ずっとオレの隣に居てくれ」
「わ、私は・・・」

溢れる感情に思考が追いつかない。
ユーリは旅の仲間だ。
だが、今のこの胸を満たす感情は何と言えばいいのだろう・・・
自分と同じく手を汚した時にかけた言葉、ザウデから落ちた時に伸ばした手。
全て『仲間だから』という言葉で説明できるものだろうか。
行き着く感情、自分はそれと向き合う事なく逃げていただけなのではないか。
全てに決着が着いた今、答えを出す時期が来たのかもしれない。
呼吸を整えた はグッと奥歯を噛み締め、捕らえられていた腕から逃れるように両腕で距離を空けた。
続けて自分を見下ろす黒曜の瞳を真っ直ぐに見据える。

「一つだけ、約束して欲しいの・・・」
「約束?」

返された言葉に彼女はそう、と静かに頷いた。

「私を・・・置いていかないって」
「・・・」

僅かに揺れる瞳にユーリは開きかけた口を閉じた。
言葉は続く。

「私ね、もう大切な人がいなくなるのは見たくないの・・・
約束してくれる?」

笑っているはずなのに、その瞳は泣いていた。
涙は流れていないはずなのにその声は確かに濡れていた。
約束と言うよりは誓約に近い。
それほどの重みを持つ問いかけがユーリに質される。
だが、青年が持ち合わせた答えは一つしかなかった。

「言ったろ?ずっと隣にってな。
置いてくって言われても、オレは から離れねえよ」
「ユーリ・・・」
「約束する。オレはお前を置いてったりしないってな」

再び腕に閉じ込められ、囁かれる。
は両腕をユーリの背に回した。

「ありがとう・・・私も、ユーリが好き」

返された言葉に互いの視線が絡み、どちらからともなく影が重なった。
そんなユーリと を祝すように、陽光の香る風が二人を包んでいた。















あとがき



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2008.12.5













































































































































































































































































































>>



「久しぶりに会ったわね。
こんな所に用事なんてあったの?」

問いを向けられたのは適当に結ったチャコールグレイ、淡い花緑青色の瞳、緩んだ顔に生える無精髭。
胡散臭さが服を着たらこういう人物ができあがるだろう。
その人物は に自分と同じ問いを返す。

「そういう こそどうしたのよ?」
「私?
私はほら・・・友達に近況報告」

朗らかに笑った にレイヴンは首を傾げる。
だが彼女の後ろ、供えられた花を見て合点がついた。

「じゃ、おっさんも手を合わせてもらおうかしら。
ここに立ってるのだって、10年前に身体が残ってたおかげだしね」

そう言って墓標に近付いたレイヴンは手を合わせた。
しばらく立ち上がると、嬉しそうな笑顔が自分を出迎えた。

「ありがと、手を合わせてくれて」
「ん?まぁ、気にしなさんな。
お互い死線をくぐり抜けて来た仲だしね」

ほけほけと笑うレイヴンに の視線は墓標へと向かう。
思い出すのは彼が生きていた時。
戦時下に生まれた友情はずっと続くと思っていた幼い自分。
世界を巻き込んだ騒動の後、ようやく自分の気持ちに向き合い始めることができていた。

(「でも、このささくれは一生癒えないでしょうね・・・
どうしようもないことなのに、思っちゃうわ。今、エルが生きてーー」)
ーーパチンッ!ーー

響いた音に ははっとしたように、物思いから現実に引き戻された。
眼前には両手を合わせた格好で自分を覗き込む顔。

「お〜い、もしも〜し。
ってば、戻ってこーい」
「・・・・・・」

分かってはいる。
気遣っているのだ、これでも。
こんな人をからかうようなやり方で心配を現す不器用な人。
いつも度が過ぎて、そのしっぺ返しを喰らうということをいい加減学習してもらいたいと思う。

「おっかしいわねぇ。
コケコッコー!朝でーー」
「聞こえてるわ。バカにするのもいい加減に・・・」

くるりと踵を返し、近過ぎた体から距離を取ろうと片手を払う。
瞬間、

ーーコツンッーー

当たった手の感覚に は動きを止めた。
生身の身体とは明らかに違う、機械的な冷たい感触。
はそのまま首を巡らせ、硬い感触のそこへと手を当てた。

「・・・ねぇ、心臓魔導器カディスブラスティアの調子は大丈夫なの?」
「ちょっ・・・らしくない顔だわねぇ。
どうしたのよ、突然?」

問われたレイヴンに はただ首を横に振った。

心臓魔導器カディスブラスティアは、レイヴン自身の生命力をエネルギー源としてるから精霊化によって止まることはない。
けど、無茶な使い方すればその保証はないって話、私が知らないとでも?」
「・・・・・・」

レイヴンはいたずらがばれた子供のように、決まり悪くポリポリと頬を掻くと、ついと視線を外した。
先ほどの台詞は聞き覚えがないわけない。
何しろ、自分自らがその道の専門家に聞いたのだから。
一応口外しない約束を結んでいたはずで、本来ならこんなところでその話を聞く事はなかったはず、なのだが・・・

「んもぅ、天才魔導士少女は口が軽いんだから〜」
「リタがその話をしたのは私だけよ。
私も他のみんなには言ってないわ・・・」

視線をレイヴンから自身がついた手の先、服の下に隠れた魔導器ブラスティアへと は視線を向けた。
あまりに思い詰めたその不安気な表情に、レイヴンはどう声をかけていいのか逡巡した。
だが、先に口を開いたのは だった。

「やめてよね、突然またいなくなるなんてこと・・・
今度約束を破ったら、ホントにもう二度と許してやらないんだから」
・・・」

呟きに応じることなく、細い手がレイヴンから離れようとした。
その時、

ーーパシッ!ーー

突然、レイヴンが の腕を掴んだ。
それを胡乱気に見上げた に淡い花緑青色がぶつかる。

「なら、俺を縛っておけばいいじゃない」
「おもしろいこと言うわね。
いつもフラフラしてるレイヴンをどうやってそうできるのよ。
『自由な風』の名は名付けた本人を現してるし、風はどうやっても留まらせておくことはできないわ・・・」

そのまま腕を引こうとして、更に強い力で引き寄せられる。

「俺は風なんかじゃない、ちゃんとここに居るわよ。
縄でも鎖でも好きなように縛り付ければ良いでしょ?」
「そんなこと・・・」
「できるわよ。何せ俺にとっての鎖は・・・お前だ、

その言葉に は目を見開いた。
いつも自分のことはのらりくらりとはぐらかしていた本人から真剣な視線が刺さる。
まるで絡め取られたように動けない。
何も言葉を発しない にレイヴンは続けた。

「俺の心臓魔導器カディスブラスティアはいつまで保つか分からない。
でも、 ・・・お前が受け入れてくれるなら、俺と一緒に残りの刻を歩いてくれないか?」

風が二人の間を駆け抜ける。
その間も視線は外れることがない。
は震えそうになる声をぐっと押し込むと、ようやく一言紡いだ。

「・・・嫌よ」

彼女の言葉に淡い花緑青色に影が差す。
だが、 の言葉はそれだけで終わらなかった。

「どうして残りって限定した時間なの?
生きるって決めたなら・・・私とずっと一緒に生き続けるってくらい言ってよ!」

放たれた言葉に惚けた表情が返り、 は更に続ける。

「私にはまだ満月の子の力がある。
世界にマナが多くなれば、私の力はもっと強くなる。
だからレイヴンが一人で逝こうとしても、絶対に引き摺り戻すわ。
そんなに鎖をかけて欲しいなら、何重にもかける・・・
どう?これ以上何か私に言わせるつもり!?」

静かな怒りが真っ直ぐな視線越しに伝わる。

「悪かった・・・ずっと一緒に居てくれ、
「さっきからそう言ってるじゃない。バカ・・・」

レイヴンは掴んでいた腕を放し、目の前の愛しい存在を掻き抱いた。
合わさった影が一つに重なる。
そんな二人を見守るように、太陽香る風が辺りを包んでいた。






















あとがき



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2008.12.5