10年前の大戦以来、人に対しても物に対してもそこまで執着することが無くなった。
いつでも、どこかで無意識に一線を引いていたように思う。
きっと心の傷がそうさせているのだろう。
仲間の、帝国の裏切りで友が、家族が死んだ。
喪失の恐怖。
だから他人にも極力関わらない、自分にも踏み込ませないできた。
だから抱いたその想いも、簡単に切り離せるはずだった。
命のやり取りのように簡単に。
・・・だがそう簡単ではなかった。
口では笑いながら未来に目を向けさせ、心は過去を捨てないでと泣き叫ぶ。
醜悪で卑しい勝手な自分。
忘れた方がいい。
忘れないで欲しい。
相反する声に苛まれながら、誰かに心を裂いて欲しかった。
お願い・・・もう、無駄に期待させないで・・・





















































































































ーーSnow meltーー





















































































































部屋に戻った。
追いかけっこが終わったのは、夜中も過ぎた頃だった。
疲れきっていた とレイヴンは、共にベッドに横たわったまま外を見ていた。

「やっぱり取り戻したいな」
「・・・そう」
「まだ反対?」
「まぁね」
だったら取り戻したくないか?」

自身を背後から抱き締めるレイヴンからの問いに返事は返らない。
暫くして小声で囁きが返った。

「・・・分からない」
「分からない?」
「ん。色々、無くしすぎたから・・・
だから今ある目の前の幸せがあれば十分ってだけ」

あの大戦は自分から殆ど奪っていった。
喪失のあまりの大きさに心を抉られ、生きる意味さえ失いそうになった。
だが、時が過ぎ10年。
得られたものは、喪失を全て埋めた訳ではない。
けれど『得られた』
居場所も、仲間も、友も。
思いを馳せるような のその言葉の意味するところに気付いたレイヴンはギュッと抱き締めた。

「何?」
「イイエ、ナンデモアリマセン」

空が白み始めていく。
本当なら今頃、カプワノールから船に乗っていたはずなのに未だ帝都のベッドの上。
帰る予定をすっぽかすことになってしまった。
どんな顔で出迎えられるかは想像に容易い。

「あーぁ、後でハリーに小言言われるわ」
「一緒に怒られてあげるから」
「調子良いこと言って」

思わず口元が緩む。
しかし昔に戻った訳ではない。
鈍く疼く胸の奥から目を背けるように は小さく嘆息した。

「で?約束の1日の始まりだけど、ご予定は?」
「んー・・・」
「無いのね」
「あ、バレた」

軽快なレイヴンの口調に、 は昔のような砕けた口調になる。

「ま、分かってた私も鵜呑みにしてちゃ世話ないわ」
「このままでも全然良いんだけど」
「退院予定日よ、誰が来るか分かんないでしょ」
「内側から鍵かけちゃえば」
「ぶち破られて即終了ね」
「ダメか」
「私なら10秒で破れるわ」
「嘘だな」
「5秒です」
「・・・」
「リタなら瞬殺」
「もう分かったって」
「わ!」

突然、窓を見ていた視界をリネンで遮られる。
被せてきた背後を は睨み返した。

「・・・ちょっと」
「最後の1日、好きにさせて」
「最後って・・・死ぬわけでもないのに」
「離れるつもりだったでしょ?」
「・・・何の事?」
「あのまま捕まえられなかったら、 は二度と会うつもりはなかった。
違う?」
「・・・」

そう。
本当は離れるつもりだった。
明日と伝えておきながら、本当は昨夜そのまま帝都を出る予定だった。
レイヴンさえ追いかけて来なければ・・・
レイヴンにさえ捕まらなければ・・・

「あ、図星だ」
「正解とは言ってない」
「素直じゃないんだから」
「うるさーい」

それ以上聞きたくなくて、耳を塞ぐ。
久しぶりだ、こんな気さくなやりとり。
安心したら小腹が空いてきた。
そういえば、夜は追いかけっこに時間潰され食べてなかった。

「はぁ、お腹減った。何か食べる物貰っーーうわ!
「寒いでしょ、まだ抜け出ないでよ」
「!・・・ご、めん」

は言葉に詰まった。
いつかダングレスで聞いた、同じ台詞。
リネンごと後ろから抱き寄せられた がどもってしまったことに、レイヴンは首を傾げた。

「?どしたの?」
「何でもないって」

はぐらかした は、リネンで包まれたまま窓から外を見た。
だんだん白んだ空が青へ変わっていく。

(「馬鹿だな、私・・・」)

まだ期待してしまっている自分がいる。
忘れていい、思い出さずにそのまま生きればいいと言っておきながら、心では醜くまだ過去の姿を求めてる。
だから、離れたかったのに。
こんな気持ちで傍に居たくなかったから。

(「やば・・・泣きそう」)
「ごめん、レイヴン。ちょっとだけ寝させーー」

誤魔化すようにリネンを頭まで引っ張り上げようとした時だった。
窓を向いていた の肩が力尽くで引き倒された。
隠そうとしていた顔と、目を背けていたかった顔が見合う。

「聞けんお願いね」
「な!?」

醜態だ。
涙をこらえる の表情を見たレイヴンは、幼子を叱るように唇を尖らせた。

「ほーらまた、1人で抱えて」
「ばっ!見ないでよ!変態!!」
「酷っ・・・」
「最低!デリカシー皆無なんだから本当にっ!」

涙声で言い返した は、目元を覆うように自身の腕で隠す。
その様子を見下ろしているだろう相手から楽しそうな声が届いた。

「俺様ってば愛されてるな」
「馬鹿言わないで」
「泣くなら胸貸すわよ」
「要らない」
「強がっちゃって」
「煩い」
「素直じゃないわね」
「・・・」
?」

柔らかい声音と呼ばれた名。
ゆるゆると腕を外し、潤んだ目元そのままに は相手を見上げた。

「レイヴン?」
「なんーーうげっ!

あっという間に位置が入れ替わる。
レイヴンに馬乗りになった は、ベッドに立てかけてあった愛刀を手にすると、見下ろした相手の喉元へと突きつけた。

「ふざけたら殺す」
「ちょっ!物騒ーー」
「思い出したの?」
「な、何をーー」
「答えないなら今殺して私も死ぬ」
「危っ!剣抜けてる!」
「答えて!」

唾を上げた の鬼気迫る問い。
下手なはぐらかしでもしようなら、本気で抜刀するつもりなことが分かる。
レイヴンは諦めたように嘆息した。

「剣、危ないからしまいなさいって」
「質問してるのはこっち」
「・・・レイスティーク」
「!」

の手から剣が滑り落ちた。
雄弁な答え。
今日まで、そして仲間からもその名を呼ばれた事は一度だったない捨てた名前。
知れるとすれば、それは2年前に話した時のみ。
つまり、その時の過去の記憶が戻った確固たる証明じゃないか。
レイヴンを見下ろした の唇は震えた。

「・・・なに、よ・・・なんですぐに・・・」
「まだ、ぼやけてる感じが抜けてなくてね・・・
自信が無かったのよ。
でもまぁ、心配かけたわね

顔を覆い、本気で泣き出す をレイヴンは上体を起こし抱き締めた。
記憶通り。
堰き止めていた感情が溢れる嗚咽を押さえ、 は懐かしいその胸に身体を預けた。

「本当よ、馬鹿・・・」
「うん」

暫くして、しゃくり上げていた が落ち着いた頃合いでレイヴンは軽く咳払いした。

「で、こんな流れであれなんだけどね」
「・・・何?」

顔を上げようとした に、レイヴンは慌てたように手で顔を覆う。

「あー、ダメダメ。ちと目瞑ってて」
「・・・だったら顔洗ってくる」
「あー、それもちょっと・・・」
「はぁ?」
「いや、仕切り直されるのはちょっと困るっていうか・・・」
「・・・はぁ。これでいい?」
「ばっちし!合図するまで見ないでよ」

目を瞑ったままの の耳にガサゴソと荷物を漁る音が届く。
何を企んでるんだ、と首を傾げながらとりあえず は待った。
そして目の前に立つ気配を察した時、レイヴンの緊張した声が響く。

「よし、オッケー」
「何なのよ・・・」

その声にベッドに腰掛けた は目を開けた。
の前に窓を背にしたレイヴンが立つ。
必然的に見上げる形になるが、わざとらしい大きな咳払いしたレイヴンは、 の前に片膝を付いた。


「なに?」
「これからも、心配かけることも多いと思うんだが・・・」
「そうね、痛感した」
「こんなおっさんだけど、この先一緒に居てくれませんか?」
「・・・は?」

何を当たり前な事を言ってーー























































































































が良ければ、結婚して下さい」























































































































目の前に差し出されたのはシルバーのリング。
その意味が分からない ではない。
そこまで子供じゃない。
ないのだが・・・

「・・・・・・・・・」
「あれ?・・・ さーん?」
「はぁぁぁ」
「溜息!?」

ガーンと効果音が聞こえてきそうなほど打ちひしがれたレイヴン。
長い沈黙を経ての返答では致し方ないとも思うが。
額を押さえたまま、 は頭痛がしてきそうな頭を支えながら心中を吐き出す。
涙はとっくに引っ込んでしまった。

「あのさぁ・・・なんで、この流れでソレなのよ」
「え、あ、いや・・・・・・実は、護衛の任務終わったら言おうとは思ってたのよね。
ほら、ドンに報告も兼ねてって思ってたからさ」

過ぎてしまったが、1週間前はドンの命日だった。
勿論、 はお参りは済ませていた。
尚もレイヴンを見ようとしない に、あせあせと矢継ぎ早に続けた。

「だ、だからねーー」
「もう分かったってば」

息を整えた は、ようやく顔を上げる。
そして左手を差し出し、レイヴンに久しぶりに見る影のない本当の笑みを浮かべた。

「こんな私で良ければ喜んで」


































































<< skit >>
「さて、と」
?」
ーースタスタスタ、バダンッ!ーー
「きゃっ!」
「うわっ!」
「いつまでデバガメするつもりかしら、そこの4人」
「え、えーと・・・」
「そ、その・・・」
「・・・」
「あ、あたしは止めろって言ったのよ?」
「リタもエステルも数日振り、凛々の明星ブレイブヴェスペリアは随分、悪趣味になったわね?」
「ご、ごめんなさい」
「はっはっはっ」
「それとジュディスとフレン、いい加減かくれんぼ止めてくれない?」
「あら、見つかっちゃったわ」
「す、すまない ・・・」
「ま、フレンとこには謝りに行こうとは思ってたんだけど、手間省けたのかしら?」
「・・・」
「勢揃いなら丁度いいか。
はい、復活したおっさんの登場でーす。みんな、お祝いしてやって」
「レイヴンーーッ!」
「どわあぁっ!」
「ホントに戻ったか、実験してやろうかしら」
「ヤメテクダサイ」
「良かったですね、レイヴン隊長」
「どうやって戻ったんです?」
「そね〜、そりゃ当然『愛の力』よね」
「は?」
「だから、愛しい人のkーー」
ーードスッ!ーー
「ぐほッ!」



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2020.9.13