自棄になるなと言われた。
本当にそれで良いのかと問われた。
私の答えは決まっているのに、執拗な言葉が足枷になる。
どうして掘り返すんだ?
私は決めたと言ったのに。
どうしようもないじゃないか。
いままで散々経験してきた。
だから・・・
せめて、明るい未来を手に出来るなら・・・
過去は無くて構わない。
私が託すのは、未来だ。














































































































ーーSnow meltーー













































































































下町の廃墟群を眼下に捉えながら、足場の悪い小高い石畳の小道をは走っていた。

(「もぉ・・・なんで諦めないのよ・・・」)

全力で走ってきて、そろそろ息をするのも辛い。
このまま下町に向かって、馬さえ借りれればもう追跡は無理だ。
夜の出発は危険だがこの際仕方がない。
早く向かおう、と思った。
その時。
突き出た石畳につまづき、はバランスを崩した。
運悪く、小高い小道を踏み外しそのまま落ちる。

「うわ!」
!!」
ーーパシッーー

落ちるはずの体が吊られた。
驚いたの腕をレイヴンが掴んでいた。
まさか追いつかれると思わなかっただったが、すぐさま顔を背けた。

「くっ・・・」
「病み上がりのクセに、何してんのよ」
「そう思うなら・・・両手で掴んでくれると、嬉しいんだが」
「こんな高さじゃ、怪我しないわよ」
「それじゃ、逃げるでしょ、が」
「・・・」

そのまま宙吊りとなったままでいる訳にもいかず、は仕方なくレイヴンの手を借りて元の場所へと戻った。
を引き上げたレイヴンは、荒い息を吐きながらこちらに背を向けるに言った。

「はぁはぁ・・・話が、ある・・・」
「・・・今は無理だって、言った」
「今じゃなきゃ駄目だと言った」
「・・・」

平行線の応酬。
座り込んでいたは隙を見て身を翻す。
が、

ーーパシッ!ーー
「やだ!離して!」
「なんで泣いてる」

冷静な指摘。
思わずレイヴンに振り向いてしまったは、ふい、とすぐに顔を背けた。

「泣いてない」
「泣いてるだろ」
「落ちそうになって怖かったの」
「魔物の大群に向かっていける奴があり得ん話だ」
「ユーリの馬鹿ちんが・・・」

昔の話を知られていた事に、は悪態をついた。
尚も掴まれた腕から逃れようとするに、レイヴンは続けた。

、話を聞いてくれ」
「嫌」
!」
「嫌!聞きたくなーー」




















































「聞いてくれ」




















































耳元で囁かれ、身体は硬直する。
抱き締められていても、昔なら実力行使で簡単に抜け出せた。
なのに、今は何も出来なかった。
以前とは、もう違うのに・・・

「何すんのよ、変態」
「そうだな」
「嫌だって言ってるのに、自分勝手」
「分かってる」
「・・・おっさんの癖に」
「・・・それは傷付くな」

段々と声音が弱まるに、レイヴンははっきりと告げた。

「ダングレストに帰るな」

は目を瞠ったが、振り返ることはできない。
振り返った顔を見られたくない。
レイヴンは続ける。

「まだ霞がかってる感じなんだが、をこのまま行かせたくない」
「散々言ったじゃない。
そんなの気の所為だってば。ただの錯覚。
昔の事に関係してるって思い込みなんだから、気にする事も思い出す必要もーー」
「ある」

断言。
有無を言わせないそれは、かつての袂を分かったあの時の様で。
苦い記憶も追い討ちとなったそれに、は振り返りざま、レイヴンを力の限り突き飛ばした。

ーードンッーー
「無いわよっ!
どうして?どうして過去にこだわるの?
今だって十分不安で、周りの反応にレイヴンは傷付いてる。
これ以上傷を負う必要なんてないわ!」

まるで叩きつけるようには怒鳴った。
看病して来た時には決して見せなかった激情。
今にも零れ落ちそうな涙を溜め、こちらを睨みつける。
必死に零すまいと、思い出させまいと、身を挺した深い悲しみが宿った瞳。
それは仮面が崩れ落ちた素顔のように、その者のありのままをさらけ出しているように見えた。

「それがお前の本音か?」
「!」

は息を飲む。
しかし、言い当てられた言葉を否定しようにも、もう全てが遅い事を悟り、表情は暗く沈んだ。

「・・・過去の記憶は、レイヴンにとって辛くて悲しいものじゃない。
どうして、わざわざ・・・」
「でもその過去に仲間と共に旅した記憶もあるんだろ?」
「それ以上に悲しい事だってある」
「ないかもしれないだろ」
「なんでそう、楽観的にいられるのよ・・・」

苛立つに、レイヴンは初めて笑顔を見せた。

「簡単だ。お前が今も昔も居るからだよ」
「私、なんか・・・なんの保証になるって言うの」
「命の淵から救ってくれてる。違うか?」
「・・・それは借りを返したからで」
「お前の治癒術、自身の生命力を分け与える特殊なものだってのは知ってる」
(「エステル、余計な事を・・・」)

反論の余地がない。
は言葉を見つけられず俯き口を噤んだ。
何かを、自身の内に荒れる何かを必死に抑えているような姿。
ゆっくりとレイヴンはに近付いた。
今度はは逃げず、レイヴンは抱き寄せ繰り返した。

、あと1日だけでいい。
帰らないでくれ」
「・・・・・・」
?」
「・・・分かったから、あとちょっとだけこのままでいさせて」

縋るように、シャツを掴む手。
震える身体は泣いているだろうという事が分かた。
腕の中に収まる小さな身体。
何故だろう、とても、懐かしい気がした。
抱き寄せる腕に力が篭る。
昔、同じ様に泣いてる彼女をこの腕に・・・
と、涙に濡れる瞳がこちらを見つめる。
湧き上がる感情に記憶ではなく身体が自然と動いた。

「嫌ならそう言ってくれ」

そう呟き、二人の距離はなくなる。
交わされる口付けに、レイヴンの頬を濡らす涙は止まらなかった。











































































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2020.8.3