何度目だろう。
同じような問いかけに正直、うんざりしていたかもしれない。
『あの、
。本当にーー』
『それ以上は愚問よ。お願いだから同じ事言わせないで』
『でも・・・』
尚も食い下がる姿に、重いため息が漏れた。
昔なら自分のこの態度で怯んでくれたが、旅を通じてそれ位では引き下がってくれなくなっていた。
それが良いのか悪いのか・・・
まぁ、今後の政治を思えば良いのだろうが今の自分にとっては悪い方にしか働いていない。
尚も言いたそうなエステルに再び嘆息した。
『はぁ・・・これで最後にして。
私の考えは変わらない。
ギルドからもこの件に関しては私に一任されてる。
先生からも無理は感心しないって話だったはず。
だ・か・ら・私の考えは変わらない』
『・・・』
『それともギルド構成員である私は信用できないってことかしら?』
『そんな!違います!』
『なら、納得してくれない?』
意地の悪い言い方だ。
分かっているが、ここでごねられても困る。
全ては彼にとって明るい未来を歩んでもらう為。
その為ならいくらでも身も心も削ろう。
ーーSnow meltーー
定期報告を終えた翌日。
医者の最終診察を終えたレイヴンの部屋で
は自分の散乱した荷物を片付けていた。
「
」
「どうしたの?」
「あ、いや・・・」
「?」
言い淀むレイヴンに首を傾げた
だったが、作業途中の手を再び動かした。
「あ、そう言えば退院、明日だって」
「明日・・・?」
「経過も良好だってさ。良かったね」
「そ、か・・・」
歯切れ悪い返答。
手を止めた
は顔色を見ようとずいっとレイヴンと距離を詰めた。
「どうしたの?気分悪い?」
「///っ!い、いや!何でもないっ!!」
勢い良く身を引いたレイヴンになら良いけど、と首を傾げながらも、
は手持ちの荷物を片付けていく。
「退院してもザーフィアスに居て構わないってエステルが言ってたから、ご厚意に甘えちゃって。
気晴らしに剣術の訓練でもしてみても良いかもね」
「そう、だな・・・それも良いかもしれない」
これからの事を思ったレイヴンは一人呟く。
そして後ろ背を向ける相手にレイヴンは口を開いた。
「なら
。相手にーー」
「私、明日からダングレストに戻るから」
は一息で言い放つ。
小さな呟きを聞こえたかどうか定かではない。
レイヴンに背を向けながら
は続けた。
「仕事もそろそろ再開したいしね」
「・・・そうか」
「あ、剣術の相手は教えるのが上手なフレンが良いわよ。
ホント、嫌味なくらいな腕前だから」
肩越しにいつもより明るい声で
は楽しげに話す。
その様子に、レイヴンも合わせるように表情を緩めた。
「・・・そうだな、そうさせてもらおう」
「うん、そうして」
沈黙が重い。
荷をまとめ終えた
は振り返る。
交錯したのは僅かな時間だった。
「じゃ、約束あるから。
レイヴン、あんまり無理しちゃダメだからね」
窓から外を見た
は荷を片手に取り、にこやかにレイヴンに手を振ると部屋を出て行った。
瞬間、訪れる静寂。
レイヴンは締め付けられるような小さな胸の痛みに胸元のシャツを握った。
「・・・」
なんだろう、この胸のわだかまりのような凝りは。
『えーと、一応ハジメマシテ。私は
ね。
で、あなたの名前は、レイヴン。
ギルド天を射る矢に所属してる。ま、私とは仕事仲間ってとこ。
ここは帝都のザーフィアス城の一室。
あなたはギルドと騎士団の混成部隊を率いていた隊長で、副帝エステリーゼ殿下の護
衛として帰路の途中、土砂崩れに遭い怪我をしたの。
あなたが身体を張ったおかげで、殿下は命の別状なし。
代わりにあなたが記憶喪失って訳。
さて、ざっくりな近況説明はこんな感じ。質問と聞きたい事は?』
理由は、分からない。
『私から見たレイヴンの知ってる事、ね・・・
歳は34、好きな物はサバの味噌煮、女の人、お酒。
嫌いな物は甘いもの全般、厳しい副官からの書類業務、あと野郎相手の訓練もヤダっ
て言ってたわね。
あー、でも甘いもの嫌いな割に、女性のハートを掴むには甘いものって謎な事言って
作るのだけは上手だったような。
戦いのスタイルは、可変式弓を使用した近中遠距離攻撃、魔導器があった時は魔術と
回復術も少々。
ま、それ以前に剣術は現騎士団長凌ぐ腕前だけど。
旅してた時は、だいたい弓で中後衛だったわね。
よくジュディスに手酷くあしらわれたり、悪ふざけして、リタから魔術食らわされて
たり・・・
巻き添えでカロルもひどい目に遭わされてたのに懲りない奴って感じだったわ』
・・・いや、きっと自分は知っている。
『私と初めて会った時?
うーん・・・多分、レイヴンが潜入捜査?的なのでダングレストに来た時かもね。
その時はドンに見つかって、レイヴン半殺しにされて、意識飛んでた時に私が手当て
したのが最初かな。
夜中に叩き起こされて、この疫病神ってのが第一印象だったなぁ』
そしてその答えはきっと・・・
『周りは昔のレイヴンを今のレイヴンと重ねてるけど、気にしなくていいよ。
・・・って言っても、気になるか。なるよねぇ、やっぱり。
うーん・・・
ま、不安はゆっくり消していけばいいし、必要なら私もユーリも昔一緒に旅したみん
なが手伝うよ。
だからレイヴンは前を見て、未来に向かって生きていけばいいよ』
懐かし気に笑いながら話す
の顔にはいつも小さな影が、あった。
過去を敢えて捨て去るように、触れさせないように。
笑顔の下の何かを押し隠しながら。
まるでそれは・・・
「・・・ああ、クソッ!」
居ても立っても居られず、レイヴンは走り出した。
そんなに時間は経っていない。
その姿はすぐに見つかるはずだった。
そして、見つけた。
「
!」
「!」
レイヴンが叫んだ瞬間、遠目からでも分かるほど
の肩が跳ねた。
そのまま止まるかと思った。
が、
「なっ!」
脱兎の如く
は走り出した。
聞こえなかったはずはない。
張り上げた声に、
の近くの騎士が何事かとこちらを見ていた。
レイヴンは再び走り出す。
「待ってくれ!」
「や、やだ!付いてこないでって!」
「話があるんだ!」
「い、今は無理!」
「今じゃなきゃ駄目だ!」
「無理だって言ってんでしょ!」
全力疾走に近い中、互いに怒鳴り返す。
息はすぐに上がる。
どうやら隊長格でも身体はすぐに鈍るらしい。
と、
の目の前に訓練後らしい騎士の一団が見えた。
確実に足止めになると、内心しめたと思ったレイヴンはスピードを上げた。
(「あれは・・・
?」)
の進行方向、訓練を終えた一団を率いていたフレンはこちらに近づいてくる人物を捉えていた。
稀に見る、全力疾走でこちらに近づいてくるのは
、後ろには明日退院予定のレイヴンが続く。
何事かと首を傾げそうになるが、はっきりとしてくる
の顔は、泣いているように見えた。
「フレン!ごめん!」
事情を聞く間も無く、
はこちらに手をかざした。
瞬間。
彼女が帝都に来た理由、そしてこの後起こる事象にフレンは咄嗟に叫んだ。
「散開!」
ーーゴオォォォォォッ!ーー
「んなっ!?」
突風で何人かの騎士が、煽られて転倒する。
突如発生した突風は足止めになるはずだった一団の間に道を作り、
はその間をあっという間に疾走していった。
間を置かず、レイヴンがフレンの元に辿り着き、荒く息をついた。
「シュ・・・レイヴン隊長、一体何があったんです?」
「君は、確か・・・」
「はっ、フレン・シーフォであります。
それより、あれは
ですよね?どうして・・・」
「はぁはぁ・・・話は、後だ。
すまないが兵達の手当てを、頼めるか?」
「それは構いませんが・・・お手伝いしますか?」
「・・・いや、手出ししないでくれ」
膝に手をついたレイヴンは息を整えると、遠い背中を見据え言った。
「
は、私が捕まえる」
流れる汗を払ったレイヴンは再び走り出した。
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2020.8.3