「やっほー、リタ。久しぶり」
反応がない。
別に今に始まった事ではないので、ズンズンと部屋の奥へと進む。
そこには大量の本の山の一角に埋まるようにした小柄な少女が分厚い本に目を走らせていた。
「どう?研究の方は順調?」
「それなりよ」
「の、割には不機嫌顔ね」
「・・・」
覗き込むような
に、やっと視線を本から剥がしたリタは深々と嘆息し、体ごと
に向いた。
「・・・悔しいけど、あたし一人の力じゃ大した成果は出せてないわ。
癪だけどあんたの兄貴の研究理論、殴られた衝撃受けるやつばっか。
どれも兵器を前提に考えられてるけど、応用はいくらでも利くから正直助かってる」
「・・・そっか。
でも、今の世界で少しずつ生活が上向きになってるのは、間違いなくリタの功績よ。
そこは自信持って良いと思うけど?」
「・・・あ、ありがと」
「こっちこそ。兄さんの研究、リタに託して良かったわ」
頬を染めるリタに
がふわりと笑えば、さらに顔を赤くしそっぽを向いた。
その様子にこの場に来た用事を空いたスペースに積み上げた。
「はい。依頼あった品と、これはダングレストとノードポリカからの実験結果」
「ん」
「そんで、これはクリティア族から譲って貰った昔の文献。
他に必要あれば探してみるってさ」
「ありがと、後で目通すから」
そう言ったリタは再び手元の本へと視線を落とす。
再び熱中し始めたリタに
は再び横に来ると、複雑で難解な図形と睨めっこしている本とを見た。
何書いてあるかよく分からん。
「それで?今は何してるの?」
「精霊の力を借りれる方法を研究中」
「精霊の力なんて、借りれるの?」
「まー、理論的には可能なんだけどイマイチ扱いが・・・」
そこまで言ったリタは
を凝視した。
「ん?」
「・・・そっか、核がないから安定もしなくて力も拡散されるのか。
だったら・・・」
「リタさーん。戻ってきて私にも分かるようにーー」
「
」
「は、はい?」
意味不明な専門用語を不気味に呟くリタに、思わず条件反射で返事を返してしまった。
にやりと笑う少女。
何かを確信しているのだろうが、意味が分からないのも本当で思わず身を引いた。
「あんたちょっと暫く付き合いなさい」
「は?」
ーーSnow meltーー
帝都・ザーフィアス城。
大きな窓が開け放たれた一室に控えめなノックが響いた。
「どうぞ」
「少し、良いですか?」
現れた人物にレイヴンは目を丸めた。
そこに立っていたのは薄い翡翠色のドレスに身を包んだ、桜色の髪を結い上げたエステルだった。
「副帝陛下・・・」
「公式の場ではないので、エステルで構いません」
「エステル様、ご用件ーー」
と、レイヴンは言葉を失った。
目の前には深々と下げられた頭。
この帝都において、No.2といえる人物の行動にレイヴンはぎょっとした。
「なっ!何をーー」
「御礼が遅くなりました。
命を助けていただき、ありがとうございました、レイヴン」
「お、顔をお上げください!
私は覚えていませんので、そう言われましても・・・」
「ふふ」
「?」
慌てふためいていたレイヴンは、楽しげな笑い声に身動きを止めた。
固まるレイヴンにエステルは悪戯が成功したかのように笑みを深めた。
「ふふ、ごめんなさい。レイヴンはレイヴンだなと思って」
呆気に取られるレイヴンに笑い終えたエステルはそばにあった椅子に腰を下ろした。
エステルに見つめられ、レイヴンは居心地悪そうに視線を逸らす。
「ほら、昔も今も変わりません。
面と向かうと、慌てたりするのもレイヴンのままです」
「・・・一つ伺っても構いませんか」
「はい」
「
はエステル様から見てどんな人ですか」
そうですね、と前置きしエステルは懐かしむように、記憶を手繰りながらゆっくりと話し出した。
「時には厳しいけど、優しくて強くてとても頼もしいお姉さん、でしょうか」
「・・・」
「一緒に旅をしている間、物知りで世事に通じている姿はとっても羨ましかったですね。
あ、レイヴンと話してる時は、難しい話が多かったみたいですけど。
魔物との戦いでも、
には何度も危ない所を助けてもらいました」
「やっぱり彼女は強いんですね」
「そうですね。でも、無茶しそうな時はレイヴンがフォローしてましたよ?」
「・・・私が?」
「はい。危なっかしいって、よく言ってました」
楽しそうに語るエステル。
語られる内容には自分もそこに居たはずの、初めて聞く思い出話し。
しかし、やっぱり自身には身に覚えのないものばかりだった。
「ユーリ達と一緒の旅は楽しい事も辛い事もありました。
けど、今のわたしにはかけがえのない思い出です」
苦い思いも混ざる表情でエステルは呟く。
その視線の先は、窓から遠くへと向けられる。
まるでその青空に語られた姿が投影されているように。
「
はとても優しくて、その人の為なら自分の事を後回しにする節があるそうです。
その辺りの見極めはわたしにはできませんでしたけど・・・
レイヴンにならそれはきっとできるとわたしは思います」
「・・・しかしそれは、記憶があった頃の話です」
「いいえ、今のレイヴンも記憶があった頃のレイヴンもやっぱり変わりません。
だって今の話は全てあなたが言っていた事ですから」
「・・・」
視線を戻したエステルの柔らかい言葉に、レイヴンの反論は続かない。
言葉を探すレイヴンにエステルは柔らかく笑った。
「あなたが
の事を他の人に聞いているのは、確証が欲しいから。
でも、その行動をしている時点で、答えは出ていると思うんです」
「私は・・・」
言葉が続かないレイヴンにエステルた立ち上がった。
「決めるのはレイヴンです。
時間はあります、焦らずありのままの気持ちを受け止めてください」
所変わり、ザーフィアス城・謁見の間。
そこでは皇帝の前に膝を折った
が定期報告を終えようとしていた。
「ーー以上が、魔導器に代わる研究結果の新しい報告となります。
引き続き、可能性を探るとのことでした」
「分かりました。ありがとうございます」
「それと、別件で精霊の力の一部を一時的に貸与できるような実験も行われているそうです」
の言葉に周囲はどよめいた。
それは皇帝も例に漏れず、新技術について驚きを見せた。
「それは・・・でも、どうやって?」
「まだ試作も試作な段階で・・・
今は満月の子の能力を足掛かりに一般的な普及に必要な方法を模索中だとか」
「なるほど・・・実用された場合はどうなりますか?」
皇帝のさらなる問いに、
はどう説明したものかと思案する。
一応、解説やら説明やらを受けたが専門用語が並びすぎてよくよく理解できなかった。
なので、自分が説明しても混乱するので結論だけを口にする。
「実は私も協力しているのですが・・・風の精霊の力を借りる事によって、魔物を吹き飛ばす事位は可能でした。
と言っても、魔狼程度の体勢を僅かの間崩す程度ですので、まだまだ魔導器のように役に立つレベルとは・・・」
「ですが、それも扱い方次第で役立つ方法があるかもしれません。
可能な限り支援はすると言伝を」
「承りました」
それ以上のツッコミが無いことにほっとする。
全ての報告を終え、
はその場を辞すると目的の部屋へと歩き出した。
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2020.8.3