「ただいま戻ったわよーと」
いつもの依頼からの帰還。
とはいえ、帰りが海路だったこともあって早々に一眠りしたいのが本音だ。
早くそうしてしまおうと、間延びした声のままいつも通りダングレストの首領の扉を押し開いた。
「
!お前今までどこにーー」
「あーもー、仕事に決まってるでしょ。
そもそも今回は海路だから戻りは遅いって連絡して・・・」
それ以上、の言葉は続かなくなった。
ハリーのただならない様子にの言葉は尻すぼみとなる。
思いつめたその表情は、『あの時』と重なり鼓動が跳ねた。
凶報だろうそれに、は居住まいを正した。
「何があったの?」
ーーSnow meltーー
平地を駿馬が駆ける。
手綱を握るは可能な限り馬を飛ばしていた。
距離は通常の行程より、確実にそれも速く稼いでいるというのにまだ到着できない事に焦りと苛立ちが募る。
そしてその間、ダングレストで聞かされた話が何度も頭の中を巡っていた。
『副帝を乗せた馬車が護衛隊と共に崖下へ落下したらしい』
『!誰の仕業?』
『詳しい話はまだ分かってない。
ただ、その時は悪天候で土砂崩れが起きたらしい情報は入ってる』
『被害は?』
『未確認だ。
ただ護衛隊は混成部隊だったそうだ。率いていたのは・・・』
ーーバタン!ーー
「エステル!」
体当たりするようには目的の部屋に飛び込んだ。
「なりません!殿下はまだーー!あなた様は!」
こちらの素性を知っているらしい従者が驚きを見せる。
しかし、それに構う事なくは目的の人物が横たわるベッドへと大股に近付いた。
「・・・」
「はあぁ・・・良かった、無事だったんだ」
ベッドサイドに手を付きは深々と息を吐く。
その様子にエステルは弱々しいながらも笑みを返した。
「わたしは、大丈夫です」
「どこが大丈夫よ。
女の子が包帯巻かれちゃって、痕が残ったら大変でしょ」
安心から一転、ピシッと指を突きつけたにエステルは困ったように笑う。
それに吊られたように、も表情を崩し笑みを浮かべた。
「ま、良かったよ。知らせ聞いてすっ飛んできたんだから」
サイドテールにある怪我の具合を書かれたカルテをめくる。
内容から大事至っていない事に、安心したように肩の力を抜いた。
「じゃ、取りあえず酷そうな所をーー」
「・・・」
「どうかした?」
「・・・ぃ」
「ん?」
「・・・ごめん、なさい」
謝罪を繰り返すエステル。
大体の話を聞いてこの場に来た自身、その謝罪の意味は理解していた。
「謝らなくて大丈夫よ」
「・・・でも」
自分よりも相手を省みるエステルだからこそ、深く傷付いてるだろう。
だからこそ、は柔らかい表情を浮かべた。
「ケガを負うのも、護衛の仕事のうち。結果、エステルは助かった。
なら、護衛は務めを果たしたってこと」
「・・・」
「それでも納得できないなら、早く治してエステルから叱ってやって。
副帝直々のお叱りの方が、私よか効果は絶大でしょ」
「はい・・・ありがとうございます」
「こちらこそ、心配してくれてありがとね」
自分の治療は後だと、頑として譲らないエステルに根負けして了承を返したは隣の部屋へと移っていた。
窓際の近く、ベッドの前には立った。
ザーフィアス城を訪れたもう一つの目的。
そこにはエステル以上に包帯に巻かれた男が静かに横たわっていた。
わずかな胸の動きが生きている証拠。
しかしそれはそのまま消えてもおかしくないほど小さな動きだった。
「・・・容体は?」
「はい・・・全身を強く打っておりまして、発見された時は頭部からの出血も確認されております。
恐らくエステリーゼ様の御身を守ることのみをお考えだったとしか思えません・・・」
「そうでしょうね・・・」
治癒術師からの言葉に苦笑する。
確かに、弓を扱うこの男が利き腕さえも庇っていない。
庇えなかった理由はエステルを身を呈して守ったからに他ならないだろう。
「しばらく二人にしてもらえますか」
治癒術師は一礼を返し、部屋から出て行った。
はレイヴンの横へと近付き、そのまま膝を付いた。
リネンから出ている包帯が巻かれた腕、傷だらけの指を握ればそれはとても冷たい。
「いつもは適当なくせに、本当に危ないときは命張るんだから」
視界が揺れる。
今まで耐えていたはずの感情が決壊する。
縋るようにその腕に額を押し当てたは静かに涙を流した。
暫くして、涙を拭き息を整えたは、再びレイヴンを見つめる。
泣くためにここまで来た訳ではない。
自分は助ける為にここまで来た。
「言ったでしょ・・・必ず、助ける」
それは、戦友の墓前での誓い。
深く深呼吸をする。
そして、は自身の内に秘める力に集中した。
次に気付いた時、外は闇に包まれていた。
部屋の中は慎ましい照明が灯され、いつの間にか肩には毛布がかけられていた。
全身を苛む倦怠感に毒づいた。
(「やば・・・気失ってたか・・・!」)
はっとしたようにレイヴンを見れば、最初に比べ呼吸も力強く、指先にも血が通ったように温かい。
ほっとしたは、そのままレイヴンが横になるベッドに片頬を付き、未だに目覚めないその顔を見つめる。
こうして直に会うのは、実は4ヶ月ぶりだ。
とはいえ、その4ヶ月前もダングレストで互いに入れ違いになって、簡単な挨拶を交わした数分程度。
その前は目まぐるしい忙しさのせいで覚えていなかった。
静かだ。
訪れる者はない。
きっとエステルかヨーデルあたりが気を利かせてくれたのだろう
「さっさと起きなさいよ、バカ・・・」
再び浮かんだ涙を無視し、はそのまま瞼を閉じた。
「・・・ん・・・やば、寝ちゃったか・・・」
翌朝。
白んだ空を見たは伸び上がる。
凝り固まった身体が悲鳴を上げるように鈍い音が響く。
そして、まだ眠る男の額に手をついた。
(「熱は下がった。あとは意識を取り戻してくれれば・・・!」)
と、瞼が動いた気がして、は恐る恐る口を開いた。
「レイ、ヴン?」
ゆるゆると瞼が開けられる。
そして焦点を定める花緑青色がこちらを捉えた。
会った時とは違う涙が込み上げる。
は心底安心したように深く、深く息を吐いた。
「・・・はぁ、良かった・・・良かった」
溢れる涙を拭い、は明るい表情でレイヴンに伝える。
「待ってて、今先生をーー」
は席を立ち、その場を去ろうとした。
その時、
「・・・君は誰だ?」
届いた言葉が、理解できなかった。
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2020.3.22