訓練場からは、木刀の打ち合う音が響く。
これだけならいつも通りの平和そのものの景色。
しかしは、不穏な影が静かに忍び寄ってきている気がして仕方なかった。
ーーAct.1-12ーー
川上の遺跡に行くとなれば、それなりの準備が必要だ。
武器庫、備品庫、兵糧庫・・・
現存の隊員に行き渡るだけの数が確認できた。
ひとまずホッとするが、なぜか胸騒ぎが消えない。
隊長が不在の為か、遺跡に行かなければいけない為か。
気晴らしをしようと、は街へと足を向けた。
街中は閑散としていた。
魔物が出現するようになってたった数か月でここまで廃れてしまった。
活気あった頃を懐かしんでいた、その時だ。
隊員のイワンが慌ただしくこちらに向かって走ってきた。
「どうしたの?そんなに慌てーー」
「ま、魔物が!」
の表情がすっと引き締まる。
普段の柔らかい雰囲気から一転して副隊長たる毅然とした顔となった。
「場所は?」
「橋の入口です!」
「被害状況」
「住民と荷物を乗せた馬車が2台。
今まで見た事がない魔物もいます!」
「兵舎内の隊員に伝令。
私が先攻してるってこともね」
「はっ!」
イワンが走り去ると同時に、も地面を蹴った。
風を切る音が耳を塞ぐ。
そして、あっという間に橋の入口へと到着した。
「・・・酷い」
橋の前には馬車が横転し、住民の倒れる姿。
一目見てすでに事切れていることが分かる姿もある。
少数の騎士が応戦しているが、圧倒的にこちらが不利だ。
は腰の愛刀を引き抜く。
前からは十匹以上の魔狼が襲いかかろうと、じりじりと距離を詰めてくる。
普通、魔物は群れで行動なんてしない。
しかし、目の前でそれが現実になっている。
襲いかかってくる魔物を薙ぎ払いながらは前進する。
「
!」
「撤退だ!街まで走れ!」
自分を呼ぶエリオスの声に、視線を投げるだけで応じる。
意識を失っている住民を抱えるユルギスが、全体に向け叫ぶ。
と、彼の死角から、魔物が襲いかかろうとしいた。
エリオスでは対処できない距離だ。
(「間に合え!」)
舌打ちをついただったが、間に合うかは微妙な距離。
万事休すか、と思われたその時だった。
ーーザッシュッ!ーー
魔物の断末魔が響く。
黄昏に揺れる漆黒の長髪。
ユルギスを襲おうとした魔物を倒したユーリは、彼と一緒に女性を抱える。
ほっと息をつくだが、魔物はまだ森から沸いてくる。
イワンの言う通り、魔狼以外に今まで見た事がない魔物もいた。
触手と融合したような不気味な姿。
あらゆる魔物が数珠繋がりになった魔物が、森の中からその触手をのばしてくる。
「エリー!
!一旦退くぞ!」
「了解!」
「分かって、る!」
エリオスとしつこく飛びかかってくる魔物を斬り伏せたは応じる。
と、ユルギスとユーリに抱えられた女性が意識を取り戻した。
ゆるゆると辺りを見回す姿は、何かを探しているようだ。
「エマは・・・」
「どうしました?」
「娘が・・・馬車にまだあの子がっ。
エマ・・・エマー!!!」
悲痛な叫びの先には、横倒しになった馬車。
その只中に魔物に囲まれ取り残されている幼い女の子。
辺りの死臭、むせ返る血の臭い。
状況を理解できない幼子は、身をすくませるばかりでその場を動けないでいるようだった。
「近づけねぇ!」
「くっ!魔物が多すぎるよ!」
「どうにかするわ、ユーリ!」
突如、名前を呼ばれたユーリ。
ユーリは今にも飛び出さんばかりに隊列を乱していた。
は冷静に言葉を紡ぐ。
「無謀に突っ込ませないわよ?」
「ガキを見捨てるってのか!」
怒りを見せるユーリに、は表情を緩めふわりと笑んだ。
「援護する。
貴方の身軽さであの子を助けられるわね?」
「!ああ!」
「エリー、ユーリと組みなさい」
「任せて!」
「ランバート、二人の背中をお願いね」
「ワン!」
嬉しそうに走り出すユーリ、エリオスにの表情も和らぐ。
しかし、すぐに引き締め意識を集中させ魔術を紡ぐ。
二人が走り出すと同時に魔物も標的を二人に集中する。
が、襲いかかろうとすると、地面から伸びた黒い帯が魔物を地面に絡め捕る。
半径数十メートルの魔物が一気に片付いていく。
あっという間に周囲の安全の確保ができたが、これだけの広範囲の魔術、発動者に何の負担もない訳がない。
は自身の喉元に異物感がせり上がるのが分かった。
「、無茶するなよ」
「・・・分かってるわ」
見計らったように声をかけたのは、住民の避難の誘導をしているユルギスだ。
背中合わせの状態の為、彼はこちらの表情を窺い知れない。
だからこそ、は軽口で応じた。
自分の歪んでいる顔から今の状況を悟らせればどうなるかは想像に容易い。
そして、そうこうしている間に、二人は女の子を救い出し、母親の元へと送り届けた。
これで、ひとまずの仕事は終わった。
だが、辺りにはまだ多くの魔物が、こちらをひたっと見据えている。
辺りにくぐもった唸り声が響く。
「どうしたら良いと思う?」
「片付けておくべきだろうね」
背中から届いた声が冗談を言っている訳ではないことは分かる。
が、多勢に無勢とはこのことだ。
は疲れたように嘆息する。
「はぁ・・・・・・こっちの手数は限られてるんだけど?」
「それはーー」
ーードゴッ!ーー
ユルギスの言葉を遮ったのは鈍器で殴ったような鈍い音。
そして、が見たのは見慣れた男の姿だった。
「倒れてるやつは担いで連れてけぇ!」
「「「へい!!」」」
「・・・お人好しなんだから」
苦笑する。
ギルドが次々に、住民を避難させて行く。
それが終わり、次の行動を迫られる。
ここは退くべきかと考えていただったが、それを遮るユルギスの怒声が響く。
「ユーリ!街まで退避だ!
聞いてるのか、ユーリ!」
視線を向ければ、メルゾムの隣に剣を肩に乗せたユーリが立っていた。
と、アルゴスとジョンが森に向けて吠える。
それに不審を感じた。
ユルギスやエルヴィンが二匹の名前を呼ぶもそのまま森へと走って行ってしまった。
軍用犬にはあり得ない行動に、の背が粟立つ。
そして、ランバートがそれに続いた。
「ランバート!待てって!」
「ユーリ!
ちっ。手すきのやつ、来い!」
ランバートに続いて、ユーリ、メルゾム、ギルドが森へと入って行く。
「くっ、あいつは・・・・・・」
「エルヴィン、ヒスカ、行くぞ!
エリー、イワン、残りの住民を頼む!」
「ユルギス!」
先を制するようなに、ユルギスは振り返る。
「街を頼む」
「ええ、それより気をつけて。
何か嫌な予感がするわ」
表情を歪めるにユルギスは頷くと、森へと走り出して行った。
あとがき
さん、ちょっとだけ活躍。
短時間ならこれくらいはできるんです!
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2019.5.30