「はぁ?酒場で乱闘だぁ?」
「はい、そう申し上げました」
「ベタなことしやがって、ったく・・・」
「ま、若さ故というか、正義感故と言いますか・・・
あ、これが弁償の請求書です」
ーーAct.1-11ーー
兵舎へと戻ったは、事の顛末を報告した。
今頃、あの4人組は新人の怪我人の手当でもしているだろう。
そして、冒頭の言葉に戻る訳だが。
たまたま部屋にいたエルヴィンは、が手にした請求書にぎょっとした顔になる。
「まさか、全額こっち持ちなんっすか?」
「それこそ、まさかよ。
もちろんギルドに半分持たせたわ」
ペラっと渡された金額は大したことはない。
お咎めに使われるくらいだろう。
「街の外がめんどくせぇことになってんのに、中でも面倒起こしてどうする?」
「監督不行き届きだとおっしゃるなら、私が責任を取りますが」
「別にそんな事を言ってんじゃねぇよ」
腕を組んで、キセルをくわえる上司にはだったらと続けた。
「一つお願いがあります」
「なんだ?」
「ユーリからまずは事情を聞いてあげてください」
「それは構わんが・・・」
どうしてそんなことを、と言外な問いかけには苦笑した。
「事情が事情で、私もそこまで厳しくできなかったので・・・
あとは隊長の采配にお任せします」
「ま、聞かなくとも予想はできるがな」
「それでも、お願いします」
重ねて依頼するに、ナイレンは分かったとばかりに肩を竦めた。
「話は変わるがな・・・」
こんな前置きから始まる話に、良い話だった試しがない。
苦笑を引っ込めたは黙って続きを待った。
「」
愛称ではなく、久々にファーストネームを呼ばれたことで、の背がすっと正される。
「帝都に行く気はあるか?」
「・・・それはどういう意図で仰ってますか?」
警戒心を露わにするに、ナイレンは困ったように頭を掻く。
「そんなに警戒すんな。
俺の代理を務めるってだけだ」
「代理って?」
「あぁ、そういえばもうそんな時期ですね」
首を傾げるエルヴィンに対し、は納得したように頷いた。
人魔戦争から早くも10年が過ぎようとしている現在。
もうすぐ、その終戦を記念しての式典が帝都で開かれるのだ。
大々的にやるため、世界各地各隊長の一斉招集がかかる。
そんな公式な場に、副隊長の身分である自分に参加しろとは・・・
「代理って、そもそも許されているんですか?
あの人がそれを認めてるとは思えませんけど?」
「俺が認めてる。どうせバレやせんだろ」
(「階級章で即バレだし」)
「というか、私は行きたくありません」
「・・・言うと思ったぜ」
そっちが本音か、とナイレンは嘆息する。
「あの人って誰なんすか?」
「あぁ、エルヴィンは知らんか。
実はな、は元々ある人のお気に入りでな」
「隊長!」
「大人しくしてりゃ、親衛隊に召し上げられるはずだったんだよ」
「はあぁっ!?」
普段とは違う、エルヴィンの素っ頓狂な声には苦虫を噛み潰した表情を浮かべた。
「・・・・・・昔の話です」
「ま、こいつはこんな性格だ。
折角、取り立ててやるって奴の横っ面を引っ叩いて、こんな辺境までついて来たって訳だ。
そりゃ、帝都にも行きづらいわなぁ」
いつもと逆、攻勢な立場でナイレンはをからかう。
それが面白くないのか、事実を突かれてか、は言葉を濁す。
「別に行きづらいわけじゃ・・・
私はあの人が苦手なだけです。
それに引っ叩いてません、殴り飛ばしたんです」
余計悪い、とエルヴィンは心の中で突っ込む。
先ほどから飛び交う、”あの人”にエルヴィンの興味は深まるばかりだった。
しかし、これ以上その話題に触れたくないのか、は話を変えた。
「代理を頼んで、隊長はどこに行くんです?
噂の魔導士の所ですか?」
「ん?まぁな。
川の上流にある湖に遺跡があんだろ?」
「ええ。随分前に放棄されたと聞いてましたけど」
朧げな記憶を引っ張り出す。
確かシゾンタニアに初めて来た時に聞いたくらい昔だ。
「恐らく、あそこには何かある。
季節外れの紅葉が川伝いに広がってるからな」
「だからオレらの出番なんっすね?」
「ま、そういうことだ。
そういう訳で、エルヴィン。
悪ぃが、あの4人を呼んでもらえっか?」
面倒事を片付けっちまおう、と言うナイレンにエルヴィンは軽く敬礼を見せ、退室した。
そして人払いが済まされた部屋に、強張った声が響く。
「正直なところ、この隊でなんとかなるとお考えですか?」
「だからお前に聞いたろ、帝都に行く気はあるかってな?」
「・・・援軍の要請書を届けろと?」
意図を理解したは思案する。
そして、お言葉ですが、と口火を切った。
「式典とたかだか辺境の街の危機。
あの人がどちらを取るかは隊長も分かってるのでは?」
「隊を整えてここまで来る日数を考えれば、おそらくギリギリ間に合うはずだ」
「あの人は・・・変わられました。
今更、私が行ったところで昔のような対応をしてくださるか・・・」
「昔の婚約者を見捨てる奴でもねぇだろ」
「『昔』だからこそ、あの人は式典を優先しますよ」
「・・・」
表情を曇らせるナイレンに、は悲しげな顔を見せた
「だから、行くつもりはありません。
そんな時間があるのならここの住民を守ります」
頑なだが、真剣な澱みのない目。
予想していたことだが、ナイレンは小さく嘆息をこぼす。
「はぁ、分かった。
お前はユルギスと一緒に、街の警備を任せる」
「はい」
「それとでっかい方は俺と同行させるからな」
「それは構いませんが・・・」
「?なんだ?」
シリアスな空気が呆れにとって代わる。
「その表現、改めていただけません?」
「あ?」
「可愛い後輩の苦情を無下にはできないので」
あとがき
「仕方ねぇだろ、分かりやすい特徴がそれなんだから」
「観察不足です」
「お前の観察眼が飛び抜け過ぎなんだよ」
「・・・セクハラ」
「他意はねぇぞ!」
あの人を殴り飛ばすなんて、きっとぐらいでしょうね
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2019.4.15