所用で立ち寄っただけの酒場だが、なぜか外にまで怒声が聞こえていた。
「なんだか騒がしいですね、マスター」
「も、もしかして・・・う、うちの店でギルドが騒ぎを!?」
「まぁまぁ、落ち着いてください」
青ざめる酒場のマスターに、
は安心させるように微笑む。
そして、怯える男の背を押し勝手口の扉をくぐった。
ーーAct.1-10ーー
結論、店内の有様は酷いものだった。
だが、一番の頭痛の種はそれではない。
この惨状を起こしているのが、自分の部下だということだ。
「お、お、お客さん!や、やめ・・・」
「まったく、やんちゃなのは良いんだけどーー!」
慌てふためくマスターの隣で、レイカはため息をこぼす。
が、その視界の端に、ギルドの一人が懐に手を伸ばしたことですっと目を細める。
そして、腰の愛刀を素早く抜き放った。
「や、やろう!」
「そこまでだ!」
ーーバシッ!ーー
「ぎゃっ!」
だみ声と何かを叩き落とす音、そして男の悲鳴が重なる。
何事かと振り返ったメルゾムが見たのは、見慣れた
の姿。
にっこりと微笑をたたえる笑顔とは裏腹に、その手には彼女が使う長刀が握られていた。
「こんな所で剣を抜くとは、余程の考えなしですか?
それともわざわざ騎士に捕まりたいとか?」
「なぁに、ちょいとイラついちまってただけだ」
「どうかしらね?このまま続けるつもりなら刃を返すけど?」
「必要ねぇさ」
素知らぬ顔で応じるメルゾムに、
の座った視線が刺さる。
「ボ、首領・・・」
「このままやられっぱなしなんですかい!」
「こんな女やガキに負けたとあっちゃーー」
口々に不満を募らせるギルド。
しかし、そんな反論をメルゾムの睨みが先を制した。
「あぁ?」
「「「す、すいやせん」」」
小さくなるギルドの連中。
毎度の事なのか、
は呆れたように愛刀を戻す。
メルゾムは
から事の発端を起こした人物に視線移した。
ギルドを取り仕切る、一人の男の眼圧。
しかし、ユーリは顔を上げ堂々とメルゾムを睨み返す。
そんな青年の姿に、メルゾムはニヤリと口角を上げた。
「ふん、いい度胸だ。
共々、帝国の犬にしておくには勿体ねぇな」
「勝手に私を巻き込まないでください」
本気で嫌がる
。
二人のやりとりに、ユーリをはじめ、フレン、ヒスカ、シャスティルは不思議そうな顔を浮かべるばかりだ。
それを見た
は釘を刺すように言葉を紡ぐ。
「4人とも、変な目で私を見るのはやめてね。
この人の事は任務で知り合いってだけだから」
「おいおい、他人行儀な女だな」
「これ以上誤解される事を並べるってことは、ホントに連行されたいってことですね?」
にっこりと美しい笑顔に、ギルドの面々に朱が走る。
が、その表情とは裏腹な言葉と何よりも説得力のある得物。
ギルド頭領は、そそくさとユーリに近づいた。
「メルゾム・ケイダだ。
この街のギルドを仕切ってる」
厳しい視線だったユーリだったが、自己紹介されたことで礼儀を返すように口を開いた。
「ユーリだ、ユーリ・ローウェル」
「最近めっきり仕事が減っちまってな・・・
受けた仕事はきっちりやらせるからよ、今回のことはこの俺に免じて手打ちにしてくれんか」
潔く頭を下げる男。
しばしそれを見ていたユーリはにっと笑った。
「いいぜ、おっさん」
乱闘が終わり、荒れ放題の店内を片付ける。
マスターに弁償の話を終えた
は、酒場のホールに戻った。
目の端に留まったのはメルゾムがユーリとテーブルを共にしていた姿。
他の3人が真面目に後片付けをしてるにもかかわらず、ユーリはのんきにマーボーカレーを食べている。
「それにしても、最近の魔物は普通じゃねぇよな」
「まぁな」
「前は結界のある街の近くには寄り付かなかったってのに・・・
ナイレンの野郎は何してる?」
テーブルに近づいて行くと、メルゾムの言葉にユーリは首を傾げていた。
「ナイレン?」
「うちの隊長よ」
補足するように
が会話に割入る。
「ずいぶん早かったな」
「弁償の半分はそっちに持ってもらいますので、そのつもりで」
「へっ。お固いのは相変わらずだな、
」
腕を組む
に、メルゾムはからかうように笑う。
任務での知り合いの域を越えているような関係だな、とユーリの口からその思いが突いた。
「随分と馴れ馴れしく呼ぶんだな」
「ん?まぁな、つまんねぇ話よ。
あんたら、昨日森で大掛かりな魔物退治やったな」
「それは昨日、話したはずでしょ?
詳細を知らせるとでもーー」
「森も季節外れの紅葉だ。なんか関係ありそうだな」
を遮るメルゾムは顎に手を置く。
答えるつもりは毛頭なかった
だったが、ある誤算を入れていなかった。
それはこの場にもう一人がいたということだ。
「わっかんねー。
でも隊長はそう思ってーー」
「こら、そこまで」
ーーゴンッーー
「だぁっ!」
長刀の柄でユーリの頭を打つ。
痛みでうずくまっている間に、
はこちらに注目しているだろう3人へ襟首を掴んだユーリを差し出した。
「んわっ!」
「はい、よろしくね」
「なに余計なことしゃべってんの!」
「先輩に迷惑かけてんじゃないの、馬鹿!」
「帰るぞ!」
3人に羽交い締めにされたユーリは、引き摺られるように酒場を連れ出される。
「いててて。
おい、まだ食い終わってねーって!
おい、離せって!痛いってんだよ!戻れっ!」
ユーリの騒ぎ声が小さくなっていき、ついに聞こえなくなった。
ふぅと、小さく嘆息した
。
そしてメルゾムに視線を戻すと、いつもより鋭い目元の男がいた。
と、その男が一人の名を呼んだ。
「レイヴン!」
「うぇ?・・・・・・ヒック」
アルコールで酩酊した答えを返す男に、メルゾムは顎をしゃくった。
「てめぇの仕事だ」
「あら、間諜の真似事?」
「なら連行でもするってか?」
「まさか。
私、それほど暇人じゃないの」
腹に一物を抱えているような微笑を浮かべる
。
メルゾムは訝しげに、サファイアの瞳を見つめた。
「何を考えてやがる?」
「別に。
いつも通りの仕事ぶり、期待してますわ」
くすりと笑むと、
は酒場を後にする。
釈然としないギルド統領。
思考に没しようとしたが、再びしゃくりあげた酔っ払いに邪魔をされる。
メルゾムはレイヴンの後ろ頭をひっぱたいた。
あとがき
出張ってきました、副隊長。
何を腹に持ってるのでしょうね?
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2019.3.27