ーー桜舞い散る下でーー























































































































とある一室。
調度品がまるで来訪者を威圧するように並べられた中央に男が座っていた。
そして、そんな男の前で深々と頭を下げている一人の女が顔を上げる許しを待ち、すでに数十分が過ぎようとしていた。

「なるほど、分はわきまえているようだな。顔を上げろ」

小馬鹿にしたように男が命じれば、しゃんと背を正した暗紫の瞳が男を見据えた。
髪を結い上げ、華やかな装いはまさしく嫁ぎ人。
だが凛とした六花のような雰囲気、意志の強さを宿す瞳は、容易に近づく者を選別する秘められた力を宿していた。
しかし男はただ外面だけを見、満足げに口端を上げた。

「ほぅ、羅刹姫も剣を捨てればただの女か」
「・・・」

侮辱に等しい言葉にもの表情は変わらない。
立ち上がった男は無遠慮にの顎を掬い、力尽くで上を向かせた。

「手篭めにして反応を見たかったのだがなぁ」
「人の矜持を弄ぶのがそんなに楽しいですか?」
ーーパンッーー
「っ・・・」

乾いた音が室内に響く。
の頬を張った男は不満げに続けた。

「威勢が良いな。
どうしてお前がこうなっているか、理解できない訳でもあるまい?」
「愚問です。我が親族の浅はかな行いの尻拭い。
それはこの見かけの縁談成立で清算しているはず。
身も心もあなたに明け渡すつもりはありません」
「流石は調停人を務めていただけある。
高い気位だな、たかだかランゲツの分家の小娘が」
「その小娘に一族が守られていた事実をお忘れなく」
「このっ!」
ーーバシッーー

再びの頬を殴るはずの腕が今度は簡単に掴まれる。
まさか止められるとは思わなかった男の表情が驚愕に変わった。
そして片頬を赤くしたが、冷たい相貌で男を睨みつけた。

「心得違いをされませんように。
私は調停人、つまりは数多の粛清を完遂しここにいます」

最後通告、まるでそう宣言するようには掴んだ腕の拘束力を強める。
軋む音に男が表情を歪ませながらも、残った矜持からか呻きを耐え凌いでいた。
の表情は変わらず淡々と続けた。

「手を汚すことを知らないあなたの張り手など、簡単に止められます」
「ぐ・・・だがお前の屋敷は取り潰した。
私の興を削げば、ランゲツ家もどうなるか覚えておくのだな!

まるで負け惜しみを語るように男は拘束を振り解き、捨て台詞を残して部屋を出て行った。

「・・・」

振り解けるほど手加減していたことに男は気付いただろうか。
あんな男が代々仕えてきた主君とは、今まで果たしてきた任務は何だったのだろう・・・
・・・いや、もうそんな事はどうでもいい。
見慣れぬ景色、権威を誇示するような部屋、全てが自分の趣味にはかすりもしない。
自身の拠り所が何一つもないここが、自身の終焉の地だ。
























































































































時は流れ、世界情勢も戦火の話が飛び交う不穏の時代となった。
男の呼び出しに応じたは、今しがた聞かされて話に眉をひそめていた。

「謀反?」
「そうだ。ランゲツ家当主が謀反を企て身を隠した」
「まさか、現当主が身を隠すなど有り得ません」
「真偽はじきに分かる。
既に討伐隊は出ている、その身が我が前に晒されれば打ち首で事は終わりだ」

さらりと告げられた言葉に、の空気が険を帯びた。

「今のランゲツ家から討伐隊が編成されたとして、当主を討ち取れるとは思えません」
「確か、6番目が向かったと聞いている」
「だとしても、当主を討てるとは思えません」
「返り討ちだとしてもそれがキャスパリーグ家に仇成す分子が消える。
僥倖だろう」
「・・・」

鼻を鳴らし、まるで些細な事だとばかりな男の態度には目に見えて両目を眇める。
目敏く男はその敵意を拾った。

「なんだ、随分と不満そうな顔だな」
「自身の盾が消えて喜ぶ悪趣味面を目の前にして、どんな顔をお望みですか?」
「ふん、相変わらず向こう気が強いな。
貴様が嫁ぎ8年。業魔が発生し、端から討伐をさせれば全て完遂とは。
羅刹姫は健在か」
「直接手を下す事ができない卑怯者の回りくどい手にかかるほど、ぬるい世界には居ませんでしたから」

もはや露骨な非難を隠すことなくそう告げたは、殺気に近い眼光で男を見据え続けた。

「で?あなたの首をこの場で跳ねることもできる私に、わざわざ何を言いたいのです?
挑発なら、喜んで乗りますが?」
「盾の不祥事はひいてはキャスパリーグ家の汚点。
不始末はこちらでつけるべきだと思わんか?」

悪趣味な。
思わず言いかけた言葉を飲み込み、挑発に乗ることなく、しかしわずかに溢れる怒りを滲ませながらは低く呟いた。

「・・・最初からそれが目的ですか」
「聞けば、元当主とは昔からの顔馴染みらしいな」
「!」
「これは君主である私からの親切心だ。
そう思うだろう調停人?」

忘れようとした大切な思い出と、目の前の厭らしい笑み。
込み上げる衝動のまま、耐える拳を何度目の前にぶつけようとしただろうか。
しかし、その選択はしない。
それがあの月夜で語った決意。
自身が背負う覚悟を、こんな見栄と虚栄心の塊だけの薄っぺらい男などに屈するなど、それこそ冗談じゃない。

「・・・引き受けました」

本心を偽りの仮面で隠したは、短くそう言い捨て踵を返し部屋を出て行った。

「ふん、もっと取り乱すかと思えば強情な女だ。
まぁ、いい。
相討ちなら、それはそれ。
これで目障りな駒が消えればもっと国の中枢へ食い込める」

が去った部屋で、男は小さく呟きながら野心に満ちた下卑た笑いを上げる。
そこには、8年の年月を共にした相手を思う気持ちなど微塵も無い。
あるのは手にした酒を味わう、捨て終わった駒のことなど忘れきった快楽を満喫するだけの姿だった。






























































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2021.08.09