大っぴらに姿を見せるわけにもいかず、というか気まずく、はランゲツ家の物陰から継承の儀を見ていた。
しかし、勝負はあっさりと決した。
青年のつまらそうな顔に額を押さえる。

(「ったく、そんなあからさまに・・・?
何だ?お館様の身体から何か黒いーー!!!」)

突然だった。
靄が敗者の身体を飲み込んだかと思えば、みるみるうちに膨れ上がった。

「なっ!?」

言葉が続かない。
何故なら現れたのは人間ではなかった。
背から生えた両翼。
太い尻尾に鉤爪。
全身を鱗に包まれ、大きなアギトから覗く鋭い牙。
狩猟者たる特徴的な縦長の瞳孔。
ドラゴン。
実物を見たのは初めてだ。
書物の比喩など生易しい。
そして、ソレは立会人であるランゲツ家の人々を片っ端から襲い始めた。
薙ぎ払われ、引き裂かれ、踏み潰されていく。
手練れのはずのランゲツ家の者が逃げるしかできない。
響く咆哮は立ち向かう意思すら挫かれる、絶望的なまでの恐怖。
正面で対峙していたら足が竦むかもしれない。

「・・・」

だが、自分は違った。

「調停介入事項ーー」

そう。
これは継承の儀。
そして、既に勝負は決した。

「ーー其ノ壱・・・」

決したというのに、刃を向けるのは歴とした掟に反する行為。

「ーー敗者は勝者に斬り結ばさる也」










































































































ーー桜舞い散る下でーー











































































































ドラゴンに斬撃を振り下ろした一撃は呆気なく弾き飛ばされる。
体勢を崩したイチロウに巨大な凶刃が迫った。

「イチロウ!!!」

介入者の叫びに、ドラゴンの剣が鈍った気がした。
その一瞬。
は地を蹴り長い太刀に、渾身の一撃を見舞った。

ーーボギンッ!ーー

ドラゴンが手にしていた刃は砕けた。
同時に、地を滑ったは再び愛刀を構える。
そしてそれを持っていたモノは鋭い敵意をこちらに向けた。
来る!
太い鉤爪が振るわれ、それを身を低くし避ける。
素手でも攻撃力は全く衰えていない。
爪が引っかかった晴着は嫌な音を立て布切れとなった。
すぐさまソレと距離を取り、は身動きを邪魔にする布を斬り捨てた。

(「どう攻める?」)

得物を潰したとはいえ、思った以上に動きが早い上に攻撃力も相当だ。
普段なら真っ向勝負をするイチロウでさえ、距離を測っている。
息を飲む緊張の静寂。
その時、

ーーカシャーンッーー

何が割れる音が、静寂を破った。
驚いたとイチロウの視線の先には、固まっていた幼子がドラゴンを凝視していた。

「ははうえ?」

ドラゴンの標的が変わった。
瞬時に、とイチロウの間から巨体が駆け出した。

「ロクロウ!?」
「しまっ!」

一拍遅れ二人も駆け出す。
しかし、

「くそっ!間に合わねぇ!」

悪態を吐くイチロウが言う通り、どう転んでも間に合わない。
殺してしまう。
また。
あの人が自身の家臣を、家族を・・・
愛しくて仕方ないといっていた、自分の子供を・・・

『よう来たね、ちゃん。
さ、修行はそれくらいでお茶でも飲んでいき』
『あれまぁ、こないなところまで擦りむいて。
女の子が傷作ったらあかんで』
『ほれほれ、辛いなら泣きぃ。ここにはだーれもおらんさかい』
『なぁ、ちゃん。イチロウのこと頼むな』

彼の足では無理。
自分の足でも届かない。
・・・欲しい。
今だけでいい。
他は何も要らない。
あの人の大切なものを守る翼があれば何を犠牲にしても構わない!
だから!!!

『しゃあねぇなぁ』
「!」

初めて聞いた声なのに本能が従った気がした。

『今回だけだぜ』

突如、身体が軽くなった。
一歩がいつもの数倍の距離を稼ぐ。
一気にドラゴンの姿が大きく近づいた。
何が起こっているんだ?
いや、今はどうでも良い・・・
は柄を握り直す。
そして最後の一足で、届かなかった自身の間合いに達した。

ーーザンッーー

手から脳髄に届く手応え。
背後で崩れる地鳴りが響いた。
血糊を飛ばしたは、立ち尽くす幼子の元へ膝を折った。

「怪我、ない?ロクロウ君」
「う、うん。姉ちゃん、どこかいたいの?」
「私は大丈夫だよ」
「でも、いたい顔してるよ?」
「え・・・?」

幼子の指摘には固まった。
何も言えなくなったに代わり、遅れて現れたイチロウがロクロウの頭を撫でた。

「ロクロウ、こいつ手当するからお前は雑用の連中探してこい」
「わ、わかった」

軽い足音はすぐに遠くへ消えた。
膝をついていたはへたり込むように地面に座り込んだ。
俯いたまま身動きを止めたに、呆れたようなイチロウの声がかかった。

「無茶しやがって」
「・・・」
?」
「・・・違う・・・」

震える声で、は自身の震える両手を見つめた。
斬り結んだ際に手についた赤。
自分には馴染んだはずの見慣れ過ぎたはずの赤。
・・・あれ?

「・・・私、躊躇わなかった」

慣れたはずなのに。
こんな時、今までどんな顔をしてたっけ?
震えが全身に伝わる。
殺した事じゃない。
一瞬も躊躇しなかった事が、あまりにも恐ろしかった。

「私はもう調停人としての職務を遂行することに何の抵抗もなかった」

彼の母親だった。
自分にも愛情に近いものを与えてくれたはずの相手なのに。

「丸腰のロクロウ君に向かっていった時、途中までは助けたいって思ったのに、掟に背いた粛清の行動だった」
「それはお前の仕事だったんじゃねぇのか?」
「・・・」

そうだ・・・その通りだ。
それが調停人たる私の、私が果たすべき殺しの仕事。
・・・それなのに、どうして・・・

?」

どうして、こんなに胸が張り裂けそうなほど苦しいんだ?

「私のこと、絶対赦さないでね。イチロウ」
「どういうーー」

シグレ家の家人が集まり出した。
逃げ延びた中に、見届け人も見つけたは深く息を吐くと立ち上がった。

「調停人の介入前に勝負は決しました。
この方を第xx代シグレ・ランゲツ当主と致します」

辺りに響き渡る涼やかな宣言。
何故かイチロウの顔を見れず、は逃げるようにその場を後にした。
























































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2020.9.17