ーー桜舞い散る下でーー
翌日。
いつもと変わらない朝。
だが、自分には気重なスタートの朝が始まった。
(「・・・支度、しないとな・・・」)
今日はキャスパリーグ家当主に御目通りの約束がある。
忘れ物がないようにしないと。
この屋敷には二度と戻って来ないのだ。
(「とはいえ、持ち物なんて数えるだけだけど・・・?」)
ーートントンーー
『失礼致します』
「どうぞ」
起き抜けに来客は珍しい。
入室を許せば、古参の侍女が深々と頭を下げた。
「おはようございます、様」
「敬称は不要ですよ、トキさん。用件は?」
「キャスパリーグ家より使いの者が参りまして、本日の御目通りは見送られるとのことでございました」
「見送り?何故急に・・・」
「理由は何も仰りませんでした」
「・・・」
どういうことだ?
無作法を働いた記憶はない。
この日まで穏便に事は進めてたはずだ。
「様」
「・・・え、あ、はい?」
「予定がないのでしたら、継承の儀に行かれてはいかがですか」
・・・そうか、予定がずれたのならそれも有りなのか。
いや、しかし・・・
「・・・でもーー」
「継承の儀は予定通り午の刻」
「ちょ、まだーー」
「場所は慣例通り継承の庭にて」
「や、だかーー」
「おや、こんな所に晴着が」
「んなわけーー」
「お館様も若君もお待ちでしょう」
「・・・」
老婆からの優しい面差しにそれ以上の反論は続かなかった。
物心つく前から、調停人としての立場を叩き込まれた。
掟を外れた不逞を粛清し、主君への謀反を許さない。
言い渡された任務は完遂か死のみ。
その為に必要な技術、観察眼、情報戦。
両親からの愛情が入る隙も無い中、唯一それと近い物を与えてくれたのがこの侍女だけだった。
「〜〜〜っ」
だったのだが、多少の意地で再び口が開きかける。
「ーーー」
「行っておあげさない」
「・・・・・・はい」
どうやら、自分には一生勝てない相手のようだ。
(「・・・どんな顔すればいいんだろう・・・」)
半ば強引に追い出され、はランゲツ家への道のりを難しい顔をしながら歩いていた。
昨夜のやり取りが無駄に繰り返され、顔を合わせ辛い。
・・・いや、合わす顔がないが正しい。
(「我ながら、こっぱずかしい台詞をズラズラと・・・しかも今日みたいな大事な日の前日に・・・」)
あ、どうしよう。
無性に帰りたくなった。
でも今帰ったところで、また侍女に追い返されそうだ。
穏やかなのに無言の凄みがある笑顔。
どんな恫喝も痛くも痒くも無いのに、アレだけは本気で勘弁だ。
「ん?」
と、目の前をトテトテと歩いていく後ろ姿。
白毛にぽてっとしたフォルム。
即座に食指が動いた。
「こんにちは、にゃんこさん。お散歩ですか?」
先ほどまでの重い足取りが嘘のように、晴れやかな笑顔で語りかける。
普段から足音や気配をいつも消してしまってるから、大体は声をかけると驚いて逃げられる。
幸運にも人懐っこいと驚いた後こちらに擦り寄ってくれる。
この子はどっちだろうと思っていたら・・・
『・・・』
「・・・あれ?」
初めての反応。
まるで、何の用だ?とばかりに、人間でいう一瞥を投げてきた。
思わず足が止まるが、向こうはさっさと歩き去ってしまった。
「・・・ま、いいか」
毒気を抜かれ、は再びランゲツ家への道を歩き出した。
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2020.9.13