ーー桜舞い散る下でーー


















































































































「・・・っていうこともありましたよね」
「そういや、そうだったな」

夜。
桜も終わりに差し掛かってきたその日、縁側で満月を見上げながら幼少時代の思い出話に花を咲かせる。
と言っても、話しているのは女の方で男は相槌が多い。

「ガキだったよなぁ、俺もよ」
「・・・『も』ですか」
「お前も大概だったろうが」
「否定はしません」
「そらみろ」
「ふふふ」

やりとりはふつりと途切れる。
代わりに風が二人の間を吹きぬけ、散った花弁を夜空へと舞い上げた。

「・・・月が綺麗ですね」
「そうだな・・・」
「こういう時間が一番好きなんですけどね」
「・・・」
「大人っていうのは煩わしい生き物ですね」
「・・・そうだな」

男はただ相槌を続ける。
女はただ満月を見上げ語る。

ーーコトッーー
「ご馳走様でした」

手にしていた空の器を横に置く。

「相変わらず、コレ作るのは上手いよな」
「誰かさんのこだわりの一品ですから」
「店出してもいい」
「あ、それもいいかもです」
「本気だぞ?」
「・・・」
「俺は本気だ」

男は女を見つめ言った。
しばらくして、女は困ったように笑い返す。

「・・・ありがとう、イチロウ」
、本当にーー」
「決めたから」

男の言葉をは遮った。
いや、正確には逃げるように顔を背けた。
そして深く息を吸い、もう一度男を見つめる。

「もう決めたから」
「・・・そうか」

男はただ一言に留めた。
それを聞いた女は縁側から桜の古木へと歩み寄る。
すでに散り始めている桜は、夜風が吹くたびに雪のような花弁を辺りに降らせていた。
まるで昔の六花舞う、無邪気なただの子供だったあの時を彷彿とさせる光景が嫌に胸を締め付けた。

「明日の継承の儀には行けないけど、気をつけて」
「無用の心配だな」
「ま、そうだろうけどさ。最近、妙な噂が出回ってるから念のため」
「あぁ、死人が化け物になるってやつか。
強くなるなら大歓迎だけどな」
「言うと思った・・・」

苦笑した女はくるりと振り返り男と向き合う。
そして彼が明日から呼ばれる名を口にした。

「どうぞ御武運を、シグレ様」
「・・・」

深々と頭を下げた女に男はただ沈黙を返した。
と、男は立ち上がると女の前に片膝をついた。

「我が名は、xx代目シグレ・ランゲツ」
「ちょっーー」
「我が刃は主君の剣、我が肉体は主君を守る盾、我が魂は主君を支える礎」
「止めーー」
「我が剣技を尽くし、この命果てるまで主君に絶対の忠義を誓約する」

一気に語られ、女は立ち尽くす。
それは本来であれば、仕える主君に対して述べられる言葉。
決して自分になんかに語ってはいけないはずの言葉だ。

「・・・言う相手が、違います・・・」
「違わねぇよ」
「私は調停人の家を取り潰した責任を取りキャスパリーグ家に嫁ぐだけ。
飾りに忠誠は不要でしょう」
「俺は強い奴にしか興味はねぇよ」
「なら余計に相手が違います」
「俺に勝ったことあるだろ」
「大昔の話です」

平行線の話。
それはきっとお互いに分かっているだろう。

「・・・私はあなたが思っているほど強くないです・・・」
「いずれわかるさ」
「そんな日は来ません」

悲しげに女は呟き、その場を後にした。 

「・・・さようなら、イチロウ」

揺れる言葉を押し込めるように、女は足早に立ち去った。
残された男を満月と桜だけが静かに見下ろす。

「もうその名は呼ばれねぇんだな・・・」

届けられない想いを握りつぶし、男は悔しげに呟いた。



















































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2020.9.13