「おいおい、マジかよ・・・」

ガラにもなく顔が引きつった。
つい今しがた勝負を決したはずの一戦。
代々、歴代当主を決める現当主との一騎討ち。
自身にとってつまらない時間だった。
つまらない当主という地位、責任。
それら全てが転がり込んできた今日。
だというのに、

ーーグルオォォォォォ!!!ーー

腹に響く咆哮。
たった今、倒した前・当主がどういう理屈か自分の数倍のデカサになり、あまつさえその姿は人外のモノ。
周囲の野次馬共は恐怖に駆られ逃げ惑う。
それが気に障ったのか、ソレは鋭い眼光で一匹たりとも逃さないつもりか、次々に蹴散らしていく。
一方的な蹂躙。
はたから見れば、取るべき選択は『逃げ』
だが・・・

「・・・おもしれぇ」

男はにやりと口端を上げた。
今日一番の興奮に、身体がゾクゾクする。
そうだ、自分はコレを待っていたんだ。
柄を握り直し、無防備なその後ろ背に斬戟を見舞う。
途端に上がる、再び地を揺るがす轟音。
ソレはまるでその眼光だけで殺せるのではないかという憎悪をこちらに向ける。
そして、予想に違わず凄まじい勢いでこちらに向かってきた。
目の前のアギトが自身を呑み込もうというのに男は嬉々として表情を歪め、地を蹴った。

















































































































ーー桜舞い散る下でーー


















































































































それは遠い日。
風花舞う空の下。
ひらひらと落ちてくる花を見上げていた時のこと。

「勝負だ!」

風流が台無しだ。
深いため息をこぼし振り返る。
どら声、とまで言うのは失礼だろうか。
ようやく少年を脱した位の青年が、肩に竹刀を預けこちらに向けてふんぞり返っている。

「・・・またですか?」
「『また』じゃねぇ!『まだ』勝負はついてねぇ!」
「ついてます。あなたの勝ちです」
「手ぇ抜いてただろ!騙されねぇかんな!」
「抜いてたフリですよ」
「あ、なるほど・・・って、納得するわけあるかっ!!!

鼻息荒く、こちらに食って掛かる。
どうみても言いくるめるには難しい雰囲気だ。

(「今は間が悪いんだけどな・・・」)

再び深いため息がこぼれる。
今、両者が対峙しているのは広い屋敷の庭の一角。
桜の太い枝に陣取っている自分と、その下で地団駄を踏んでいる青年。
ここはキャスパリーグ家に代々仕えているランゲツ家の屋敷だ。
話が逸れたが、なぜ今が間が悪いかと言うと(隠れてはいるが)見張られているからだったりする。
調停人の立場である自分の家と、ランゲツ家の跡取りである彼。
現在両家では水面下で権力闘争の真っ只中。
キャスパリーグ家当主に嫁ぎ、実質的にランゲツ家を手下にしようとしている家。
家の不正を口実に大義名分で失脚させたいランゲツ家。
しかし、両家の実力は代々キャスパリーグ家に実力主義を以って仕えてることもあってか、なかなか決着はつかず膠着状態が続いていた。
茶番同然のこの抗争は一体いつになったら終わるのか・・・

(「回りが微妙な情勢だっていうのに、ホントこの子は欲望に忠実だな・・・」)
「おい!聞いてんのかよ !」
「すみません、聞いてません」
「んな!?おま・・・上等だコラ!!

言うが早いか、青年は竹刀を手に地を蹴った。
そして、のんきに座り込んでいたの顔面めがけ振り下ろす。
が、

ーースカッーー
「てめっ!逃げんな!」

立ち位置が逆転し、青年は吼える。
が、の方は両手を浴衣の袖に通しその場を歩き去ろうとしているところだった。

「ランゲツ家の次期当主殿と、刃を交えるなんて恐れ多くてできませんので」
「はぁ!?昔は散々俺のことボコってただろうが!」
「すみません、記憶にございません」
「この・・・なら嫌でも思い出させてやらぁ!!!
(「しまった、逆効果だったか・・・」)

逆上に近いそれに、青年は枝を足場にこちらに向かってくる。
面倒この上ない状況に、は再びため息をつくと逃走劇に興じることとなった。



















































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2020.9.13