「穏やかな街ですね」

基地へと向け、カンタビレの後に続いていたイオンの声に足が止まる。
振り返れば、楽しげなイオンが街並みを見渡していた。
応じるようにカンタビレも周囲に目を向ける。

「そうですね。
ここには特出すべき何かはありませんが・・・過ごしやすい場所だと聞いてますよ。
ま、ダアトに比べればこっちは田舎過ぎて不便は多いでしょうがね」
「そんなことありません。
遠くに見えるあの大きな木なんて、ダアトにはありませんし」
「ああ、ソイルの木ですか。
確かに色んな謂れがある木らしくて、物好きな研究者が調べてるらしいです」
「謂れ、ですか?」
「あの樹が枯れかかったら周りの草花まで全滅しかかっただの、この星が誕生したときから生えてるだの。
眉唾ものの話も多いんでしょうけどね」
「詳しいですね」

感心するイオンの言葉に、カンタビレは僅かに言葉に詰まった。

「・・・いえ、これも又聞きです」

イオンに応じたカンタビレは肩を竦め緩い歩みを再開する。
必要最低限の立地は全て頭に入っている。
マルクト軍基地、道具屋、薬屋、宿屋、行商人。
懐かしさを刺激するものは少なく、すれ違う者達の顔も馴染みはない。
唯一、馴染みがあるとすればこの街の象徴となっている大樹・ソイルの木くらいか。
とはいえ、それすらも大したものではない。
遠くに見える枝葉にのみ懐古の一瞥を送ったカンタビレは、目的地へと足を進めた。















































































ーーNo.9 城砦都市セントビナーーー

















































































取り残されたルークらも合流し、賑やかしくなった一行はマルクト軍の基地ベースへと足を進める。
と、その時。

「おじさん、死霊使いネクロマンサーって軍人知ってるか?」

響いた幼い声。
皆が視線を下げると、あどけない10歳ほどの少年が立っていた。
だがその視線は、マルクト軍服を着ているジェイドにのみ注がれている。

「・・・ああ、知ってますねぇ」
「オレのひい爺ちゃんが言ってた。死霊使いは死んだ人を生き返らせる実験をしてるって」
「・・・」
「え・・・?」

少年の言葉に皆が驚き、当の人物を振り返る。
しかしその当人は相変わらず真意を読ませない飄々とした表情のまま。
イオン、カンタビレの表情が僅かに陰っている事に気付く者はなく少年はさらにジェイドと距離を詰めた。

「今度死霊使いに会ったら頼んどいてよ。
キムラスカの奴らに殺された、オレの父ちゃんを生き返らせてくれって」
「そうですね・・・伝えますよ」
「頼んだぞ!男と男の約束だぞ」

それだけ言うと、少年は走り去って行った。
そして先ほどの話を受けたミュウはキラキラした視線をジェイドに向ける。

「大佐、すごいですの!」
「おいおい、勝手な噂に決まってるだろ」
「そうだよな。本当なら俺が頼みたいぐらいだ」
「誰か亡くしたの?」
「一族郎党、な・・・ま、こんなご時世だ。そんな奴は大勢いるよ。
ティアだって両親がいないんだろ、ヴァン謡将から聞いてるぜ」
「え、ええ」

盛り上がるルーク達に囲まれたジェイドは先ほどから表情は変わらない。
その様子を遠巻きに見ていたカンタビレは小さく呟いた。

「・・・火のないところに煙は立たん、か」
「カンタビレ?」
「いえ、何でもありません」

聞き留めたイオンをはぐらかしたカンタビレは、イオンを伴い憲兵に近付いた。
すると事前に連絡していた賜物か、すぐに挨拶が交わされる。

「これはカンタビレ殿!」
「よ、暫くだったなヤハウェ。元帥はご在席か?」

顔見知りだったことも幸いし、憲兵のヤハウェは頷いた。
もう一人の憲兵に取り次いでもらっている間、ヤハウェは声を弾ませる。

「また手合わせお願いします」
「暇だったらな」
「それにしても、珍しいですね。
カンタビレ殿が団体でいらっしゃるとは」
「ま、こっちも好きで団体様になってんじゃねぇんだがな」

苦く言うカンタビレに、後ろからブーツの音が響いた。
どうやら盛り上がっていたような会話は終わったようだ。

「マルクト帝国第三師団所属ジェイド・カーティス大佐です。
グレン・マクガヴァン将軍にお取り次ぎ願えますか?」
「ご苦労様です。
マクガヴァン将軍は来客中ですので、中でお待ちください。
カンタビレ殿もご一緒にお願いします」

姿勢を正したヤハウェに片手を挙げて応じたカンタビレは勝手知ったるように、基地内へと足を踏み入れた。
そして、目的の扉をノックしようとした瞬間。

「ですから、父上!神託の盾オラクル騎士団は建前上、預言士スコアラーなのです。
彼らの行動を制限するには、皇帝陛下の勅命がーー」
「黙らんか!
奴らの介入によってホド戦争がどれほど悲惨な戦争になったか、お前も知っとろうが!」
(「これはまた珍し・・・」)

響く怒声に、ノックの音と扉を開ける音は掻き消えた。
部屋の中には、険悪な雰囲気の両者が対峙していた。
室内の空気は重く、誰もが声をかけるタイミングを見つけられないでいた。
そんな中カンタビレは物珍しげに目を瞬いた。
元帥が声を荒げるなど滅多に拝めない光景だ。
その相手である息子のグレンも、負けず劣らず眉間に深い皺を寄せる。
部屋の雰囲気は最悪だ。
そうはなっていないカンタビレは壁に背を預け静観を決め込む。
さて、誰がこれを破るのか・・・

「お取り込み中、失礼しますよ」
(「・・・やっぱりこいつか」)

と、カンタビレの瞳が声を上げた人物を見やる。
そこにあったのは、腹の底を読ませない飄々とした涼しい顔。
かけられた声に言い争う声が止み、こちらに気付いた二対の瞳が向いた。

死霊使いネクロマンサージェイド、それに・・・」
「おお!よく来たのぅカンタビレ」
「お変わりなくご健勝で幸いでした、元帥」
「そんな他人行儀に呼んでくれるな、悲しくなるわい」
「・・・はい、小父様」

諦めたように呟いたカンタビレに、元帥は満足そうに頷く。
そのやり取りを珍しげに眺めていたジェイドは、眼鏡を押し上げ一歩踏み出した。

「ご無沙汰しています、マクガヴァン元帥」
「儂はもう退役しておるよ、ジェイド坊。
それよりそろそろ昇進を受け入れたらどうかね。
本当ならその若さで大将になっているだろうに」
「どうでしょう。大佐で十分身に余ると思っていますが」

二人のやり取りに、後ろからはジェイドって偉かったのか云々の会話がルークとガイから交わされるが、カンタビレは聞き流した。
今までなんだと思ってたんだか・・・

「ジェイド坊やよ、確かお前さんは陛下の幼馴染みだったな。
陛下に頼んで神託の盾オラクル騎士団を何とかしてくれんか」
「彼らの狙いは私達です。
私達が街を離れれば、彼らも立ち去るでしょう」

ジェイドの言葉に、マクガヴァンの視線が鋭くなる。
退役したとはいえ元帥であった姿は健在だ。

「どういうことじゃ?」
「陛下の勅命ですので、詳しいことはお話しできないのですよ。すみません」
「ゴホン、カーティス大佐。御用向きは?」

今まで会話を聞いているだけだったグレンがわざとらしい咳払いをして会話に割入る。
それに今気付いたとばかりにジェイドは眼鏡を押し上げた。

「ああ、これは失礼。神託の盾オラクルの導師守護役から手紙が届いてませんか?」
「あれですか・・・
失礼ながら念のため開封して、中を確認させてもらいましたよ」
「結構ですよ。見られて困ることは書いていないはずですから」

グレンから手紙を受け取り、すらすらと文字を追うジェイド。
すると読んでいた手紙を後ろにいたルークに手渡した。

「どうやら半分はあなた宛のようです。どうぞ」
「アニスの手紙だろ?イオンならともかくなんでオレ宛なんだよ」

そう文句を言いながら手紙を受け取ったルークは読み始めた。



『親愛なるジェイド大佐へv
すっごく怖い思いをしたけど何とかたどり着きました☆
例の大事なものはちゃんと持ていま〜す。誉めて誉めて♪
もうすぐ神託の盾オラクルがセント ビナーを封鎖するそうなので先に第二地点に向かいますね v
アニスの大好きな(恥ずかしい〜☆告っちゃったよぅv)ルーク様vはご無事です か?
すごーく心配しています。早くルーク様vに逢いたいです☆
ついでにイオン様のこともよろしく。
それではまた☆
アニスより』



「・・・目が滑る・・・」
「おいおいルークさんよ、モテモテじゃねぇか。
でも程々にしとけよ、お前にはナタリア姫っていう婚約者がいるんだからな」
「冗談じゃねぇ、あんなウザイ女・・・」

悪態をつくルーク。
このままだと話しが脱線しそうな気がしたカンタビレは、手紙にあった内容を問うた。

「第二地点ってのは?」
「カイツールのことです。
ここから南西にあるフーブラス川を渡った先にあります」
「カイツールまで行けばヴァン謡将と合流できるな」

ジェイドの答えにガイが続く。
それにぽつりと呟きが零れた。

「兄さんが・・・」
「おっと。何があったか知らないが、ヴァン謡将と兄妹なんだろ。
バチカルの時みたいにいきなり斬り合うのは勘弁してくれよ」
「・・・分かってるわ」

ガイの指摘に、ティアが決まりが悪そうに視線を逸らす。
もうこれで用事は済んだとばかりに、カンタビレは一歩前に出た。

「小父様、これで失礼します」
「なんじゃ、用事はもう済んだのか?」
「ええまぁ。先に連絡していた件は解決しましたので」
「そうか。神託の盾オラクルに追われてるなら、儂が力を貸すぞ。
儂はこの街の代表市民に選出されたんじゃ、いつでも頼ってくれ」

ありがたい申し出に、カンタビレは深々と頭を下げる。
目元を和ませたマクガヴァンの目はいつまでも柔らかかった。








































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2018.1.3修正
2014.1.1