基地ベースを出、今後の行動を決める事にした一行は宿屋へと腰を落ち着 かせていた。

「そういえばイオン様、タルタロスから連れ出されていましたが、どちらへ?」
「・・・セフィロトです」
「セフィロトって?」
「大地のフォンスロットの中で最も強力な10ヶ所のことよ」
「星のツボだな。記憶粒子セルパーティクルっていう惑星燃料が集中してて音素フォニムが集まりやすい場所だ」
「し、知ってるよ!もの知らずと思って立て続けに説明するな!」

ルークが憮然顔でティアとガイに食ってかかる。
宥めるガイにも不機嫌顔は晴れないルークだったが、その質問を投げたジェイドは更に続けた。

「セフィロトで何を・・・」
「言えません、教団の機密事項です」
「そればっかりだな、むかつくっつー・・・」
「・・・」
「すみません」

カンタビレの鋭い睥睨にルークの文句は尻すぼみになるが、イオンは申し訳なさそうに謝罪を口にする。
気圧されたことを誤魔化すように、ルークはジェイドに話を振った。

「そ、そうだ、ジェイド。お前は?
封印術アンチフォンスロットって体に影響ないのか?」
「多少は身体能力も低下します。体内のフォンスロットを閉じられた訳ですから」
「ご主人様はやさしいですの!」
「ち、ちげーよ!このおっさんにぶっ倒られると迷惑だから」
「照れるな照れるな」
「照れてねー!」

赤くした顔でガイに吠え返すルーク。
その様子に、ティアはカンタビレへと振り返る。

「全解除はできないんでしょうか?」
封印術アンチフォンスロットは一定時間で解除暗号が切り替わる鍵のようなものだ。
普通なら、3ヶ月近くかけて複数の譜術士フォニマーやら専門家が総出で解除にかかる。
元々、解除する為になんざ作られてねぇからな」
「まぁ、元の能力が違うので多少の低下なら、戦闘力は皆さんと遜色ないかと」
「むかつく・・・」
「すみません、根が正直なもので」

さらりと嫌味で切り返すジェイドにルークは不機嫌さ丸出しだ。
当面はどうにも出来ないことに、ティアはこれからの事を口にする。

「カイツールにはいつ出発しましょう」
「そうですね・・・」
「ひとまず明日だな」
「はあ!?師匠が待ってんだぞ!すぐにーー」
「まぁまぁ、ルーク落ち着け。
どうしてすぐじゃないんだ?」

怒り出すルークをガイが宥めながらカンタビレに問えば、淡々とながらも返答が返される。

「歩き通しだったんだ、少しは休息も必要だ」
「おや、意外な気遣いですね」
「それに先日の増水でこの先の橋が落ちたらしい噂を聞いてる。
真偽のほどを確かめてから出発した方が利口だろ」
「面倒くせえ」
「わざわざとんぼ返りしたいってんなら勝手に出発しても構わんが?」
「わかったっつーの!」






















































































ーーNo.10 ちらつく過去ーー



















































































その日はセントビナーに宿泊することになった。
体調があまり良くないイオンを宿屋で休ませたカンタビレは酒場にいた。
自身の仕事は、すでに終わった。
何しろその原因と今日まで道中を共にしていたのだ。


『それで、いつ出発するんじゃ?』
『朝一で。また神託の盾オラクルが妨害してくるとも限りませんから』
『なんじゃ、忙しないのぉ』
『導師からの求めです。応えるのが俺の義務です』
『なんじゃったら、グレンに手を貸してもらってはどうじゃ?』
『今のこの状況で、おおっぴらにマルクト軍の手を借りる訳にはいきませんよ。
後ろから刺されるのは勘弁ですから』
『これこれ、言葉が過ぎるぞ』
『ご厚意だけで十分です、では小父様これで失礼します』


元帥からの呼び出しをカンタビレは短時間で済ませていた。
というか、長く居れば恐らく聞きたくもない話を聞かされるだろうことが予想できていたからだったりするのだが。
このままエゲーブへ戻っても良かったが、イオンからバチカルまで同行を依頼されて、了承の返事を返した。
カンタビレはこれまでの経緯を手紙に記し、自分を待つ部下宛へ鳩を飛ばした。
その後すぐに宿に行く気にもなれず、一人になれる場所を求め、足は酒場へと向いたのだ。

ーーカランーー
「・・・・・・」

グラスの中の氷が音を立てる。
だが、そんなことすら気にせずカンタビレは物思いに耽っていた。
思いがけない再会に過去の傷が疼く。
すでに忘れたはずの記憶の蓋が開き、胸中をざわつかせる。
明日にはいつも通りの顔で導師の前に立てるよう、思い出しかけた全てを心の奥底へと沈めようとした。
その時、

「ここ、空いてますか?」

喧騒の中、自分よりいくらか年嵩のバリトンが響く。
肩越しに振り返ったそこには深紅の瞳が自分を見つめていた。
なんでこいつがここにいるんだ・・・

「好きにしたらいい、カーティス大佐」
「おや、初めて名前を呼んでいただきましたね」

この男は人の神経を逆撫でするようなことばかり口走る・・・
苛立ちが募ったカンタビレは、すっと目を細めた。

「・・・ふざけてんのか?」
「いえいえ、至って真面目ですv」
「・・・・・・」
「それと私のことはジェイドで構いません。
ファミリーネームは馴染みがないので」
「そりゃ悪かったな、カーティス大佐

人を食った笑顔に、カンタビレはわざわざファミリーネームを強調する。
だが、ジェイドの方はたいして気にした風もなく、空いている右側の席へと腰掛けた。
これ以上、会話を続ける気がないカンタビレは視線を前に戻す。
酒場独特の喧騒が響く中、それ以上互いに語ることなく時間が過ぎていく。

「・・・一つ、伺っても良いですか?」

ふいに隣から響いた声に、カンタビレはグラスを持ったまま。
答える気なんざさらさらない、と言外に示したつもりだったが向こうは違うようだ。

「おやおや、ずいぶん嫌われたものですね〜」
「懐刀ってのは独り言が趣味とは驚いた」
「これは手厳しい」

嘘付け。

「『カンタビレ』というのは、確か神託の盾オラクル騎士団第六師団長の名前だと思うんですが?」
「マルクトの情報網も大したことねぇな、それはヴェルトロって奴だっつったろ」
「あなたではない、と?」
「そう聞こえねぇなら医者行ってこい」

ぴしゃりと言い返し、再びカンタビレはグラスを傾けた。
しかし隣からの問いはそれで止まらなかった。

「あなたも旅に同行して良いのですか?」
「イオン様の御意志だ。断る理由はない」
「それだけですか?」
「それ以外に何がある?」

いえ、別にと笑うジェイドに、カンタビレの視線はますます鋭くなる。
もうこれ以上付き合うのはごめんだと、カンタビレはグラスの中身を一気に煽った。

「酒が不味くなる。先にーー」
ーーパシッーー
ーーキィンーー

席を立とうとしたカンタビレの左腕をジェイドが掴む。
同時に、カンタビレは愛刀を僅かに抜いた。
喧騒の中、そこは切り取られたような異様な緊迫に包まれる。
しばしの睨み合いの間、ようやくカンタビレの唇が動いた。

「・・・一つだけ忠告しておく、俺の左側に入るな」
「それは私を心配してくれてるんですか?」
「頭でも沸いたか?」
「真意を知りたいだけですよ」
「・・・お互いのためだ、曲解するな」
ーーパシッーー

そう言い捨て、カンタビレは捕まれていた腕を振り払うとその場から立ち去った。
その後ろ姿を見送り、ジェイドは再びグラスを傾けた。

(「元帥にあの年頃の身内はいなかったと思いますが・・・」)

記憶を手繰ってもそのような覚えはない。
そして、先ほど掴んだ左手を見つめる。

(「それに・・・」)

記憶をかすめる、自分を庇おうとする小さな背中。
炎の中で光る涙、悲しみに染まる慟哭。

(「あの姿は、昔を思い出しますねぇ・・・」)

かすかに疼く胸の奥。
ジェイドはそれ以上の思考を止めるように頭を振った。
なぜ、そう思ったのか・・・
自身の疑問に答える者などなく、ただ、喉を焼け付く熱が通り過ぎるだけだった。





































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2018.1.3修正
2015.1.3