「あーあ、なんだってこんな歩きにくいとこ行かなくちゃいけなんだよ」

追っ手を警戒し、街道から外れた道を歩きだして早数十分。
響いたのは聞き飽きた変わりばえのないセリフ。

「街道は神託の盾オラクルに見張られてるだろうからな、仕方ないさ」
「うぜぇなったく。あー早く帰りてえー」
「ルーク、あまり目立つような声を上げない方がいいわ」

ちくりと刺さる声。
歩き出して大した時間が経過していないのに、一行はすでに魔物との戦闘を終えていた。
その原因はといえば、場所もはばからず大声で不平不満を並べている者のせいだったりする。
それを暗に指摘するティアに、ルークは面倒そうに言い返す。

「うるせーな。
いちいち言われなくてもわかってんだよ、イヤミな女だな」
「いやいや、皆さん楽しそうですね〜」
「・・・」

一人場違いな発言に、どこがだ、との突っ込みは口にせず我関せずを貫く。
そして先頭を務めていたカンタビレは、後ろに続くイオンを気遣うように振り返った。

「イオン様、ペースは速すぎませんか?」
「はい、大丈夫です」
「遠慮せず無理はなさらないでくださいね」

カンタビレの言葉にイオンは柔らかく頷き返す。
この表情が曇る前にセントビナーに着かなくては、とカンタビレはイオンの後ろの喧騒を締め出し、足場の良い場所を選びながら再び足を早めた。














































































ーーNo.7 近くて遠い目的地ーー



































































「はあ〜、セントビナーはまだなのかよ・・・」
「なんだ?ルーク坊ちゃんはお疲れか?」
「坊ちゃんって言うなっつーの!」

セントビナーへと向かいながらルークが騒ぎ出しガイがなだめ出す。
もはや何度目かのやり取りとなっているそれ。
いい加減聞き飽きた上に、また無駄な魔物との戦闘すら馬鹿らしい。
というか、そんな愚にもつかないことなどするつもりもないカンタビレが振り返ることなく言い捨てた。

「それだけ無駄口叩けりゃ歩けるだろうが、黙って歩け愚図が」
「なっ!?」
「まーまーまー!」

カンタビレの言葉に怒りを露わにしたルークが、大股で距離を詰めようとするのをガイが必死に宥める。
そんな騒ぐ二人を他所に、四角い陣形の横側を歩いていたティアはカンタビレへと歩み寄った。

「地図ではそろそろのはずですよね」
「そうだろうがな。
追っ手がかかってる以上、すんなりと街に入れるとは思えん」
「え?」

疑問符を浮かべるティアに、最後尾を務めるジェイドが代わりに答える。

「待ち伏せが定石ですね」
「そうか・・・なら街にどうやって入るか考えないとな」
「でも、んな良い方法なんてあるのかよ?」

ガイの言葉に、まだ不機嫌さを残すルークが呟く。
その顔に走る僅かな怯え。
それはまた人と戦いになるかもしれないということへの恐怖。
そんなルークなどに微塵も構っていないカンタビレは思案を深める。
その様子に気付いたイオンは首を傾げた。

「どうかしましたか、カンタビレ?」
「いえ、タイミングが良ければ上手くいく方法があるかもしれないと思いまして」
「?」
「最悪、イオン様だけでもセントビナーへご無事に送り届けられるはずです」


























































目的地へ到着した。
目の前には巨大な城門が大きく開き、訪れるものを隔てなく街中へと誘う。
城塞都市セントビナー。
だが、その城門の入り口を固めるように、甲冑に身を包んだ者達が通る一人一人を無遠慮に睨みを利かせていた。

「なんで神託の盾オラクルがここに・・・」
「そりゃタルタロスから一番近い街はこのセントビナーだからな。休息に立ち寄ると思ったんだろ」
「おや、ガイはキムラスカ人の割にマルクトに土地勘があるようですね」

腹を読ませない笑みを浮かべながらも、その瞳には抜け目ない光を宿すジェイドの指摘。
僅かな間を置いてガイは肩を竦めて返した。

「卓上旅行が趣味なんだ」
「これはこれは、そうでしたか」

慇懃に応じるジェイドにガイは乾いた笑みを浮かべる。
そんな微妙な空気となる二人を他所に、ティアが口を開く。

「予想通り、待ち伏せされていますね」
「どうすんだよ。あそこ以外で中に入れるとこなんてあるのか?壁登るなんて嫌だぜ」
「阿保か。入り口張ってて周りを張ってねぇ訳がねぇだろうが」
「なんーー」
「ルーク!見つかる!」
「それでカンタビレ、方法というのは何ですか?」

暴れようとするルークをガイが押さえ、イオンがここに至る前のカンタビレの言葉を問い返す。
すると、空を見上げしばし思案したカンタビレは口を開いた。

「そうですね、エンゲーブへの街道を少し戻ってみれば分かるかと」
「げ、また歩くのかよ」
「他の連中は残るようですね。
それではイオン様、参りましょう」
「無視すんーー」
「静かにしろ!」
「静かにして!」
「では、行きましょうか」

皆が皆、まとまりのない一行は再び来た道を戻り始めた。
お世辞にも隠密とはかけ離れているそれに、見つかるのは時間の問題だな、とカンタビレは面倒そうにため息をついた。




























































「そろそろ教えて貰えないか?」

仏頂面のルークをあの手この手であやしていたガイが先導役のカンタビレに問う。
それに肩越しに視線だけ返したカンタビレは、要点だけを述べた。

「今日はエンゲーブから食料を運ぶ定期便がある日のはずだ」
「それが何だっつーんだよ」
「・・・」
「その馬車に乗せてもらってセントビナーに入ればいい訳ですね」

解説するイオンにようやく話が見えたようなルーク。
そして、それに大袈裟に納得した風を装うジェイドが呟いた。

「なるほど。
それなら誰かさんがわざわざ騒いで大立ち回りを演じる必要もありませんね」
「・・・ムカつくぞ、おい」
「でも、荷を改められないでしょうか」

苛立つルークを遮ったティアの言葉に、予想していたようなカンタビレは腕を組み応じる。

「可能性はゼロではないだろうが、向こうは俺が同行しているのを知らん。
なら、そんな偶然頼りの策に頼るとは考えんだろ」
「ま、もしもの場合の覚悟も必要だな」

そう言ったガイの言葉に皆が同意を示し、再び一行の歩みはスピードを上げた。
そして小一時間ほど街道を戻った。
唯一面割れしていないカンタビレは一人、街道へと姿を見せていた。

(「さて、誰が付いてきてるかで話の運びが変わってくるな・・・」)

内心ひとりごち、カンタビレは近づいてくる馬車の音を聞きながらそちらへと視線を向ける。
他のメンバーには万が一に備えて身を潜めるように指示してあり、この場には居ない。
もしも、この策に神託の盾オラクルの手が回されていれば次の手を考えなければならない。
そうこうしている間に、馬車に乗っていた人物がこちらの姿に気付き、驚きの声を上げた。

「カンタビレ!どうしてこんなところに」
「ちょっと野暮用が続いてな」

自身の日頃の行いの賜物か。
一番話の通じやすい相手の登場に、カンタビレは表情を緩め肩を竦めた。
エンゲーブのまとめ役となっている恰幅の良いその人。
ローズが呆気に取られている間に、カンタビレは背後の茂みへと振り返る。
すると、そこから現れた人物にローズはまた一段と驚きの表情を浮かべる。

「カーティス大佐じゃないですか!
それに確か・・・ルークだったかい、旅の人」
「おばさん。わりぃけど馬車に匿ってくれねえか?」
「どういうことだい?」
「ガイ、説明を」
「俺かよ・・・
えー、実はセントビナーへ入りたいのですが、導師イオンを狙う不逞の輩が街の入口を見張っているのです」
「不逞の輩って・・・」
「噂で聞いてる教団の内輪揉めだ。
今回は事を静かに運ぶ必要があってな、手を貸してもらえると有り難いんだが」

含みあるカンタビレの言葉と、多くを語らないジェイド。
驚き通しだったローズだったが、事情を飲み込めたその顔はまるで面白いものでも見るような表情に変わる。

「おやおや、こんなことが起きるとは生誕の預言にも詠まれなかったけどねぇ」
「お願いします」

ティアもローズに近づいて頭を下げれば、近くにいたガイは脱兎の如く飛び退る。
それが笑いのひと押しになったように、ローズは破顔した。

「いいさ、何よりカンタビレの頼みだしね。
ドロボウ騒ぎで迷惑をかけたお詫びもあるし、お乗りよ」

馬車に身を潜めていた最中、エンゲーブで一悶着起こしたティアとルークの話をかいつまんで聞き、それが終わる頃、セントビナーの城門が見えてきた。
しかし荷の改めもなく、警戒する必要がなかったような拍子抜けさで一行は馬車を降りた。

「じゃ、あたし達はこれで」
「ありがとうございました」
「助かったよ、一つ貸しだな」

イオンと並んで礼を述べるカンタビレにローズはおおらかに笑い返す。

「何を言うんです、お互い様ですよ。
カンタビレにはいつもお世話になってますからね」
「んなつもりもないけどな。
ま、もしも他の神託の盾オラクルに何か言われたらーー」
「ええ。あたし達は脅されて仕方なく、ですね」
「そういうこった。全力で押し付けてくれ」

歩き去るローズと入れ替わるように、やり取りを遠巻きに見ていたガイは感心した風に呟いた。

「カンタビレは随分信頼されてるんだな」
「ま、長くエンゲーブの警護が任務だからってだけだけどな」
「おかげで手間が省けました」
「あんたが言うと嫌味にしか聞こえんな」
「おや、そんなつもりはなかったんですが」

カンタビレの容赦ない言い返しにさえ相手は全く堪えた様子はない。
相手にするだけ無駄か、とカンタビレはその場を見回した。
辺りに神託の盾オラクルの姿は見当たらない。
ま、セントビナーの食料倉庫の近くは入り口からだいぶ距離はあるため当然と言えば当然か。
キョロキョロと辺りを見回していたルークは、ジェイドに問うた。

「で、アニスはここにいるんだな?」
「マルクト軍の基地で落ち合う約束です・・・生きていればね」
「イヤなことを言う奴だな。じゃあ行こうぜ」

ジェイドの嫌味にルークは顔をしかめる。
そして歩き出そうとするルークに、エンゲーブでの世間知らずな行動の果ての出来事を経験していたティアは釘を刺す。

神託の盾オラクルに見つからないよう、くれぐれも派手な行動は慎んで」
「分かってるよ、いちいちうるせーな」
「なんだぁ?尻に敷かれてるな、ルーク。ナタリア姫が妬くぞ」

二人のやり取りをからかうガイに、ティアの瞳がすっと細められる。
そして無言のまま、ティアはガイの腕にするりと絡みついた。
瞬間、情けない悲鳴が上がる。

「うわっ!!」
「くだらないことを言うのはやめて」
「わ、わ、分かったから!お、俺に触るなぁっ!」

全身ガタガタと震え上がるガイに、ようやく満足したらしいティアはその腕を解く。
無様に地面へと崩れ落ちるガイ、それに口を挟まず見物しているジェイド。
賑やかなやりとりにイオンはカンタビレに振り返った。

「この旅でガイの女性恐怖症も、克服できるかもしれませんね」
「・・・お言葉ですがイオン様、俺は重篤化するんじゃないかと思いますよ」

のんびりマイペースなイオンの様子に、カンタビレはもはや漫談の様相を呈している光景に呆れるしかなかった。










































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2018.1.2修正
2015.1.1