翌朝。
太陽が山間から顔をのぞかせ、一日の始まりを告げる。
清々しい空気の中、陽光を浴びていたカンタビレは背後から近付いてくる気配に気付いた。

「おや、随分早いですね」

かけられた声に、カンタビレは振り返らずに答える。

「・・・敵が近くにいるかもしれないんだ。
呑気に寝れる方がどうかしてる」
「それもそうですね」

棘のあるカンタビレの言葉に堪える事なく、ジェイドはさらに言葉を重ねた。

「カンタビレ、あなたに聞きたい事があるんです」
「・・・内容にもよる」

変わらずジェイドに背中を向け続けるカンタビレ。
ジェイドはその背中を見つめたまま口を開いた。
そして、

「あなたはーー」
「カンタビレ、もう起きていたんですね」

響いたイオンの声に、カンタビレは初めて振り返った。

「おはようございます、イオン様」

朗らかに挨拶を交わすカンタビレ。
だが、その場の空気を聡く察したイオンは、申し訳なさそうに眉根を下げた。

「すみません、お話し中でしたか?」
「いえ、そんなことありません。
それより昨日より顔色が良くなりましたね。安心しました」

イオンの脈を取るカンタビレが表情を和らげれば、つられたようにイオンも表情を緩める。

「これからセントビナーですね」
「ええ。天気も持ちそうですし、先ほど周囲を見回ってきましたが、追っ手の気配もなさそうです。
これなら街までは問題なく進めるでしょう」
「おや、これは仕事が速い」
「相変わらずですね、ちゃんと休んでいるんですか?」

心配そうなイオンの言葉に、カンタビレは安心させるように不敵に笑った。

「ご心配には及びません。
どっかの将校のように、封印術アンチフォンスロットを喰らうような柔な鍛え方はしていませんから」
「これはこれは、言われてしまいました」
「カ、カンタビレ・・・」

露骨なカンタビレの言葉に、イオンは宥めるように言い募る。
そんなイオンにカンタビレは片膝を付くと深く頭を下げた。

導師守護役フォンマスターガーディアンがいない以上、及ばずながら俺が代理を務めさせていただきます」

























































ーーNo.6 決意の出発ーー
























































「ルーク、起きて。そろそろ出発するわ」

呼びかける声にルークが強張った身体を起こせば、そこには深海色の瞳がこちらを覗き込んでいた。
昨日、自分のせいで怪我を負ったと言うのに、いつも通りと変わらない様子のティアにルークは後ろめたい気持ちのまま口を開いた。

「・・・もう動けるのか?」

気遣わし気なルークに、ティアは目を瞬くがすぐに頷いた。

「ええ、教官が手当してくださったから。
・・・心配してくれてありがとう」

ルークが起きてみれば、すでに全員が出発の用意を整えていた。
最後の一人が起きた事で、カンタビレはやっとかとばかりに声を上げる。

「よし、さっさと出発するぞ」
「私とガイ、ティア、カンタビレの4人で四角に陣形を取ります。
あなたはイオン様と一緒に中心にいて、もしもの時には身を守って下さい」
「え?」

ジェイドの言葉に目を瞠るルークに、解説するようにガイが続く。

「お前は戦わなくても大丈夫ってことだよ。さあ、行こうか」

皆が歩き出す。
聞かされた言葉に、ルークは歩き出せない。
どんどん離れていく背中が、まるで役立たずだと言われているようで・・・
自分の『存在』を否定されているようで・・・

「ま、待ってくれ!」

ルークは思わず声を上げる。
皆が振り返り、その中でも不思議顔のイオンが問うた。

「どうしたんですか?」
「・・・オレも、戦う」

意を決したルークの言葉にジェイドはメガネを押し上げながら言った。

「人を殺すのが怖いのでしょう?」
「・・・怖くなんかねぇ」

顔を背け尻窄みになってしまったルークの言葉に、ティアが宥めるように返す。

「無理しない方がいいわ」
「ほ、本当だ!そりゃやっぱ、ちっとは怖ぇとかあるけど・・・
戦わなきゃ身を守れないなら戦うしかねぇだろ。オレだけ隠れてなんていられるか!」
「ご主人様、偉いですの!」
「お前は黙ってろ!とにかくもう決めたんだ、これからは躊躇しねぇで戦う」

ミュウにぴしゃりと言ったルークは、決意を示すように拳を握る。
だが、静かに歩み寄ったティアはずいっと距離を詰め、静かに言葉を紡いだ。

「・・・人を殺すということは相手の可能性を奪う事よ。それが身を守る為でも」
「っ!」
「あなた、それを受け止めることができる?逃げ出さず、言い訳せず自分の責任を見つめる事ができる?」

ティアの言葉にルークは怯んだ。
昨夜、カンタビレにも聞かされた台詞に何も言えなかったように。
だが、

「お前も言ってたろ。好きで殺してるんじゃねぇって。
・・・決心したんだ。みんなに迷惑はかけられないし、ちゃんとオレも責任を背負う」
「・・・でも・・・」

さらに言い募ろうとするティアだったが、それを遮るようにジェイドが口を挟んだ。

「いいじゃありませんか。
・・・ルークの決心とやら、見せてもらいましょう」
「無理するなよ、ルーク」

皆に声をかけられるルークを遠巻きに、カンタビレは周囲を警戒していた。
と、

「あなたは何も言わないのですね」

かけられた声に肩越しに振り返れば、そこには声の主が夕焼け色の瞳でこちらを見ていた。

「必要あるか?」
「いえ、あなたでしたら真っ先に一言言うのではと思いましてね」

ジェイドの言葉にすっと目を細めたカンタビレだったが、ふいと視線を外し口を開いた。

「当人が決めた事にどうこう言うつもりはない。
俺はイオン様の身に危険さえ及ばなければ、それ以外は知った事か」

昨夜のことだってイオンの言葉がなければ、自分は何も言うつもりもなかった。
それだけジェイドに言ったカンタビレは、もう話すことはないとばかりに歩き始めた。



































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2015.1.1