ティアが負傷したこともあり、その日はそのまま野宿となった。
イオンを優先させたいカンタビレだったが、イオンからの強い希望もあり折れざるを得なかった。

「・・・すみません、カンタビレ教官」

日も沈み光源がたき火の心許ない中、響いた声。
出し抜けのそれにカンタビレは包帯を巻いていた手を止め、下げていた視線を上げた。

「何に対する謝罪だ」
「それは・・・」

口ごもるティアに、カンタビレは止めていた作業の手を再開した。
未だに言葉を探すようなティアに、カンタビレは口を開いた。

「お前は民間人を守った。軍属としてやるべき事をしたまで、何を謝る」
「・・・すみません」

まるで条件反射のような謝罪。
俯いてしまったティアにカンタビレはどうして先ほどの謝罪を目の前の少女が口にしたか、理由に心当たりはあった。
そして、それは自分にとっては馴染みのあるものだった。

「お前のその後ろめたい気持ちは、己の未熟さから来るものだ。
それが嫌ならさらに強くなるしか術はない、兵士として在り続けるならな」

そう、失ってしまえば二度と取り戻せない。
だから、

「・・・」
ーーポンーー
「!」

頭に軽く置かれた手に、ティアは驚いたようにこちらを見上げた。
そこには、目にした事がない穏やかな表情のカンタビレがこちらを見返していた。

「今日は休め。明日は同じ事を繰り返さない為に休息は必要だ」
「は、はい!ありがとうございます」



















































ーーNo.5 命を奪う覚悟ーー














































教え子の治療を終え、たき火の傍に座るイオンの下へとカンタビレは歩み寄る。
そろそろ夜も更けてきた。
早々に休んでもらわないと身体に障る、と自身のマントをイオンの肩へとかけ、膝を折った。

「イオン様、もうお休みになってください。
明日はセントビナーまで一気に進む予定ですので、体調を整えておきませんと」
「はい、分かりました。
それより、ティアの様子はどうでしたか?」
「ご安心を、あいつは俺の教え子ですよ。
それに瀕死の兵士に負わされたケガでしたので、大事には至ってません」

カンタビレの言葉にほっとした表情を浮かべたイオンだったが、再び表情が陰る。

「どうなさいました?」
「いえ・・・ルークは大丈夫でしょうか?」

他人の心配をしている場合ではないというのに、自分よりも他人を優先するのが彼だ。
ダアトを去った時と少しも変わることのないその様子に、カンタビレは安心させるように微笑を向けた。

「まぁ、彼には使用人もついている訳ですから、イオン様が心を割く必要はーー」
「僕が言っているのは、心の方ですよ」

分かっているのでしょう?と苦笑を返されたカンタビレに、翡翠色の視線がこちらを向く。
面倒事を押し付けられそうな嫌な予感に、思わず眉根が寄る。
が、それをものともしない毒気のない笑みが向けられた。

「彼は僕の友人なんです。カンタビレ、お願いできますか?」
「・・・イオン様の御心のままに」

僅かな抵抗も無意味に終わり、カンタビレは膝を抱える赤髪の下へと足を向けることになった。




























































たき火を見つめる、不安に揺れる新緑の瞳。
そして、その隣にはミュウ(ルークはブタザルと呼んでいる)の姿。
魔物に窮地を救われたらしいが、随分と義理固い生き物だ。
ルークの思い詰めている表情に躊躇うことなくカンタビレは口を開いた。

「怖いか?」
「え・・・」

心情を一言で突かれ、ルークの身体が強張った。
そして首を巡らせ、それが誰から放たれたか分かるとその表情は不機嫌に変わる。
・・・悪いがこっちだって同じだ。

「人を殺すのは怖いだろう」
「べ、別に!お前には関係ねぇだろ!」
「それとも人を殺す自分が怖いか」
「っ!?」

図星をつかれたルークはぐっと言葉に詰まる。
それを見下ろしたカンタビレは、呆れる訳でもなく淡々と続けた。

「その感覚、忘れない事だ」
「え・・・?」

ルークは疑問符を浮かべ、カンタビレは腕を組み幹に背中を預けた。

「人殺しは相手の人生、将来の可能性全てを奪う行為だ。
例え自分の命を守る為でも恨みを買い、理不尽に責任を追及される」
「そんなの分かってーー」
「覚悟もねぇくせに剣を持つもんじゃねぇ」
「ば、バカにするな!」

苛立ちを見せるルークに、カンタビレは鼻を鳴らした。

「バカになんかしてねぇさ。
そっちは民間人、俺ら軍人と同じ感覚を持てとは言わん。
お前らのような貴族は護衛を雇って自分は手を汚さないのが普通だ」

分かったら早く寝ろ、とカンタビレはその場を去ろうとする。
と、

「なぁ・・・」
「あ?」

まさか何か返ってくるとは思わなかった。
ルークは言葉を探すように視線を揺らす。
さっさとこの場を切り上げても良かったが、イオンの願いもあるため軽はずみな事もできない。
仕方なく待ってやるとようやくルークは口を開いた。

「・・・あんたは、人をーー」
「数え切れないくらい、殺してきたさ」
「っ!・・・なんで・・・」

ルークの言葉を最後まで聞く事なく、カンタビレは答えた。
新緑の瞳が食い入るようにこちらを見つめる中、アメジストの瞳が細くなる。

「簡単な事だ。殺らなきゃ殺られるからだ」
「そんな・・・」
「キレイ事を言うつもりはない、俺とお前の答えは違う」

分かったか?というカンタビレにルークの表情は晴れない。
まぁ、こちらとしてもいきなり割り切れるとは微塵も思っていないし、理解して欲しいとも思わない。
人の命を奪った誰もが当たる最初の壁。
手にかけることにどう覚悟を決めるか?
こればかりは本人が答えを出すしか乗り越える方法がない。
これでイオンの願いは叶えた、とカンタビレはルークに背を向け歩き出す。
面倒事がこれ以上増えなければいいと甘い願いを抱きながら、見張りの順番が来るまで微睡みに落ちた。


































>Skit『篝火の向こう』
イオンと会話を交わすカンタビレを見るジェイド。
G「知り合いなのかい?あのカンタビレさんと」
J「おや?私がいつ知り合いだと言いました?」
G「え、いや。そんなことは聞いてないんだが。
 ・・・って、質問したのは俺の方だろ?」
訝しむような視線を青年から向けられたジェイドは気にすることなく言葉を返す。
J「それより、落ち込んだご主人を慰めてきてください。明日も追っ手が来ないとは言い切れません。
 戦力になるかならないかくらいの判断はつけておきたいですし、使用人の本領を発揮してくださいね」
G「あ、ああ・・・分かってる」
J「では、少し周囲を見回ってきます」
G「・・・食えないおっさんだな」





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2017.12.2 修正
2015.1.1