ダアトから遠く離れた僻地、肥沃な耕作地が続くのどかな街、エンゲーブ。
世界の台所を担うそこは預言スコアに詠まれた天候に合わせ、住民は作物の手入れに日々精を出していた。
『そんな彼らの生活を見守り、繁栄への礎を築く』
という呈の良い名目の厄介払いで、その地に赴任している者がいた。
光の加減で紫ががって見える艶やかな黒髪。
左目を隠すように流れる長い前髪、切れ間からのぞくアメジストの瞳。
凛とした雰囲気を持つその者、名をカンタビレと言った。






































ーーNo.2 沈黙の戦艦ーー




































いつもであればカンタビレは住民の護衛のため、耕作地の見回りをするのだが現在はその任を部下に託し、エンゲーブを離れていた。
今いるのは巨大な陸上艦を見下ろせる崖の上。
白い船体に生える眩しい黄金の彩飾はこの場所、ルグニカ平野を領土とするマルクト帝国が所有する大型陸艦だ。

(「ったく、トラブルは他所でやって欲しいもんだ・・・」)

心中で毒づきカンタビレは小さく溜め息をつく。
今日はあんな代物を使った大掛かりな軍事演習をする、などという情報は聞いてない 。
その上あれほどの戦艦にもかかわらず、人の気配がまるでなかった。
置き忘れたにしてはいささか大きすぎるし、ここまで静かなのは不自然すぎだ。

(「ついこの間は魔物騒ぎ、そして今度はこれか。忙しないこった」)

カンタビレは何度目か分からない溜め息をついた。
戦艦を見下ろしているが、のんびりとその場に留まっていられるほど暇ではない。
昨夜、夜更けに住民が見たという西から突然現れた謎の光。
キムラスカの攻撃かはたまた天変地異の前触れか・・・
これでもローレライ教団に属する身の上。
預言スコアに詠まれていない事態に、街中不安の声が紛糾し事態を重くみたカンタビレは動くことにした。
そして、それに似たような情報を持っていると連絡をもらった人物から話を聞こうと、移動中に見つけたのが目下の陸艦だった。


(「このまま見なかったってこともできるが・・・
かと言って、後でバレると要らぬこと吹っかけられんだろうな・・・
さて、どうしたもーー!」)

その時、背後に近づく気配に携えた柄に手を伸ばす。

ーーサック、サック・・・ーー
(「・・・あと一歩・・・」)

身体をすっぽりと覆うマントのおかげで、帯刀しているのかさえ近づく者は分からない。
それ以上何も言わずに近付こうものなら、抜刀するつもりでカンタビレはタイミングを計る。
と、

「こんなところで旅人さんが何してるんだい?」

自分の間合いに足りない事で、仕方なく肩越しに振り返る。
癖のない金の短髪、こちらを見つめる蒼天の瞳。
女性受けが良いだろう整った顔立ちに先ほどの声。
年の頃は20代前半だろうか、愛想良くこちらに笑いかける青年にカンタビレは肩を竦めた。

「何、ちょっと野暮用の途中でな。
足下に立派な戦艦を見つけたから見物してたんだよ」
「へぇ〜、そこから見えるのかい?」

青年の言葉に崖下を指差すと青年は隣に膝をついた。

「こりゃあ立派なもんだな!一体どんな音機関で動いてるんだ?機関部を見せてもらえないもんかな」
「・・・・・・」

興奮気味な青年の反応に、あんなものを見て、述べる感想がそれか?という突っ込みは呑み込み、カンタビレは立ち上がりマントについた土を払う。
他人の目がある以上、どうこうする気は失せた。

「んじゃ、これで失礼するよ兄さん。
こっちは用事を済ませにゃならんからな」
「・・・え?ああ、悪い。じゃあ・・・っと、一つ良いか?」

引き留められた声に足を止め、何の用だ、とばかりに(不機嫌な顔つきで)振り返れば、青年は言葉を濁しながらも続けた。

「あー・・・実は人を探してるんだ。
長い赤髪に緑の目、口とガラが悪い17位の男を見なかったか?」
「・・・随分な言い様だが、そんな威勢の良いのには会ってないぞ。
兄さんの知り合いか?」
「まぁ、そんなとこだ」

苦笑した青年が引き留めて悪かった、という言葉に後ろ手を振ったカンタビレは歩みを再開しようとした。
その時、

「ん?誰か近付いてきたぞ」

その声にカンタビレは再び戦艦を伺った。
船から伸ばされたタラップに近づく、まるで連行されているような深緑の髪、その後ろに続くくすんだ金髪を結い上げた者。
見知った人物の出で立ちにカンタビレは目を瞠った。

(「なっ!導師イオン!それにリグレットまで・・・」)

困惑するが、事態は進行する。
神託の盾オラクル兵によって開かれたハッチ。
そこから現れた人物に今度は青年から声が上がった。

「おいおい・・・なんでルークがあそこから出て来るんだ?」

どうやら探し人が見つかったらしい。
確かに青年が言っていたとおりの特徴を持った人物だ。
だがそれだけでは終わらない。
神託の盾オラクル兵がタラップを転がり落ちたタイミングでハッチから新たな人物が飛び出してきた。
まだ年若い少女を脱した位の神託の盾オラクルの団員。
そして素早い身のこなしでリグレットに槍先を突きつけているマルクト兵。

(「・・・リグレット相手に、やるなあのマルクト兵・・・
後手に回ってる辺り、恐らく将官クラスってところか」)

一拍遅れてリグレットの愛銃がその軍人に向けられる様子にカンタビレは冷静に状況を判じる。
その二人だけ見れば勝敗はマルクト兵だろうが、周囲の状況はなんとも心許ない。
残りの二人はどう見てもあのマルクト兵程の腕はない。
囲まれた神託の盾オラクル兵相手に状況がひっくり返るのも十分にあり得る。
目の前の状況にカンタビレは頭を抱えたくなった。
どんな目的や事情でこうなっているかは分からない。
しかし、今の状況で最優先されるべきは導師イオンの身の安全を確保すること。
カンタビレは横目で隣を見た。
緊迫した状況を目にした青年は、その顔に焦りを見せている。
探し人の身の危機ともなれば当然と言えば当然の反応だ。
だが、ここで無策に飛び込まれても困る。
数瞬、考え込んだカンタビレは青年に向け口を開いた。

「なぁ、兄さん。
一つ提案があるんだが乗ってみる気はあるか?」




































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2017.11.26 修正
2015.1.1