ガイの言葉通り、コーラル城は岬の端に建っていた。
外壁が剥がれ落ち、庭地は荒れ、壁面に蔦が絡み付いている。
曇天の下、寂しい佇まいは人の手が何年も入っていない事が示されていた。

「ここがオレの発見された場所・・・?
ボロボロじゃん。なんか出そうだぜ」
「どうだ?何か思い出さないか?誘拐されたときのこととか」

ガイの言葉にルークは考え込む。
と、それに同情するようにアニスが呟いた。

「ルーク様、昔のこと何も覚えてないんですよね?」
「うーん・・・七年前にバチカルの屋敷に帰った辺りからしか記憶がねーんだよな」
「ルーク様おかわいそう。あたし、記憶を取り戻すお手伝いをしますね!」
「無駄話しはそれくらいにしろ。
さっさと整備士を奪い返して帰るぞ」

いつまでも歩みを進めない一行をカンタビレは急き立て、城の中へと入っていった。
不気味な雰囲気が漂う中、城の中へと足を踏み入れる。

「ここがうちの別荘だったのか・・・」
「ルーク、あんまり離れるなよ」
「っせーな!わーってるって」

一人離れて先行するルークにガイが注意するが、ルークは周囲へ警戒することなく怒鳴り返す。
と、それまで彫像だと思っていた石像がこちらを向いた。

「ルーク!?」
「ルーク後ろ!」
「へっ?」

ルークが振り返った瞬間、鼻先を堅牢な腕が掠める。
響く地響き。
突如の戦闘突入に、一行はたたらを踏んだ。

「陣形が・・・」
「まずい!」
「魔物まで!?」

しかし、その時を見計らったように他の魔物が一斉に襲いかかってきた。
体勢を崩す一行に魔物は容赦なく牙を剥く。
そしてそれは、呆然と立ち尽くす者へと吸い込まれるように突き刺さる。

「イオン様!」
ーーギィーーーーーンッ!ーー

誰かの叫びと落下音。
そこにはイオンの前に佇むカンタビレが、巨大な蝙蝠を一刀の元に両断していた。
剣に付いた血糊を振り払い、肩越しにカンタビレは声をかける。

「お怪我は?」
「大丈夫です」
「俺のそばから離れないでください」

カンタビレのその言葉から、他の皆も体勢を戻し反撃が開始された。
その後、時間を要せず魔物を片付けられた。
窮地を脱したことで、ガイは肩で息をつくルークに近づいた。

「だから言ったろ?離れるなって」
「あなたが油断したせいでみんなの陣形が崩れて、戦闘準備もろくに整えられなかったわ。
反省して」
る、るせー!知るかよ!」

噛み付くルークに再びティアからの小言が飛び、ガイが宥める。
それに口を挟むこと無く、室内の様子を見渡したカンタビレは不審気に呟いた。

「何年も人の出入りがなかったって割りにゃあ・・・」
「違和感がありますね」
「はあ?どこがだよ?」
「棄てられたんだ、警護する意味はないだろ」
「ともかく、注意して進みましょう。
また誰かさんの勝手な行動で余計な戦闘は避けたいですからね」
「うっせーな!気をつけりゃいいんだろ、くそっ!」

ジェイドの嫌味に怒鳴り返したルークは、八つ当たりに倒した譜術人形を蹴飛ばした。























































ーーNo.14 巨大な音機関ーー























































「・・・やっぱ、なんも覚えてねえな」

城内を歩き回りながら、ぽつりと呟かれる。
それを拾ったガイは、僅かの落胆を声に乗せた。

「そうか。まぁ、もう暫くうろついてたら何か思い出すかもしれないぜ」
「別にどうでもいいけどな。困ってねーし」
「普通、気になると思うけどなぁ。お前のそういうところは感心するよ」

開き直りに近いルークにガイは苦笑で返す。
すると、後ろ頭で両手を組んだルークは気楽な調子で続けた。

「そうか?ガキの頃なんて、どうせつまんねーことだろうしさ」
「ナタリア様も可哀想に・・・」

ここには居ない、軽快に目の前を歩く人物の婚約者を思いガイは小さく同情を零した。
一行はさらに奥へ進む。
すると、譜業仕掛けの扉が行く手を阻んだ。
棄てられて何年も経つはずなのにここまでの仕掛けは大袈裟すぎる。

(「何かあるってことか・・・」)
「どうやって開けますかぁ、この扉?」
「力尽くでーー」
「駄目よ。どんな仕掛けがあるか分からないわ」
「それに鍵がしてある物は普通、力尽くでは開けられないのが常識ですね」
「・・・むかつく」
「ジェイド、何とかならないか?」
「仕方ありませんねぇ、ちょっと失礼」

カンタビレの中で不審感が増す中、ジェイドが仕掛けを解錠した。
現れたのはさらに下へと続く階段。
一歩一歩、手探りで進む。
そして、視界が開けて現れたのは身の丈を優に超える巨大な音機関だった。

「なんだぁ!?なんでこんな機械がうちの別荘にあるんだ?」

ルークは驚嘆の声を上げる。
だが、それ以上に驚きを隠せない声が上がった。

「これは・・・!」
「大佐、何か知ってるんですか?」

下から覗き込むようなアニスにジェイドは眼鏡を押し上げながら、深紅の瞳でルークを見据える。

「・・・いえ・・・確信が持てないと・・・
いや、確信できたとしても・・・」
「な、なんだよ・・・オレに関係あるのか?」

見つめられたじろぐルークに、ジェイドは頭を振った。

「・・・もう少し、考えさせてください」
「珍しいな、あんたが狼狽えるなんて・・・」
「おや、そうですか?」
「・・・・・・」

ガイの不審げな指摘に、ジェイドは白々しく答える。
そのやり取りを横で聞いていたカンタビレは、音機関を厳しい視線で見上げる。
空気が重くなる中、ガイはさらにジェイドに問いを重ねた。

「俺も気になってることがあるんだ。
もしあんたが気にしてる事がルークの誘拐と関係あるならーー」
「ぎゃあ!ネ、ネズミィ!!」


突然の叫びに、カンタビレの注意が下に向く。
そこには足下に現れた小動物に飛び上がったアニスが、ガイの背中にしがみついているところだった。
咄嗟の行動だったのだろう。
続きを遮られたガイはゆっくりと首を巡らす。
そして自分がどういう状況なのか理解した瞬間、少女を払い落とした。

「・・・う、うわあっ!!やめろっ!!」
「きゃ!」
「おっと」

かろうじて受け止めたカンタビレはアニスを降ろすと、不安げな少女の頭をポンと叩く。
ガイは自らの身体を抱き、がたがたと蹲って震えていた。
常軌を逸している。
普段が紳士然としているから尚更だ。
唖然とする一行にようやく我に返ったガイは顔を上げた。

「・・・あ・・・俺・・・」
「・・・今の驚き方は尋常ではありませんね、どうしたんです?」
「・・・・・・すまない、体が勝手に反応して・・・
悪かったな、アニス」
「う、うん。大丈夫・・・」

ガイは謝罪をしたがアニスの表情は固い。
その場の空気を取り繕うように、イオンの柔らかな声音が響く。

「何かあったんですか?ただの女性嫌いとは思えませんよ」
「悪い・・・わからねぇんだ、ガキの頃はこうじゃなかったし。
ただ、すっぽり抜けてる記憶があるから、もしかしたらそれが原因かも・・・」

イオンの問いに答えたガイ。
その答えにルークは驚いたように声を上げる。

「お前も記憶障害だったのか?」
「違う!・・・と思う。一瞬だけなんだ、抜けてんのは」
「どうして一瞬だと分かるの?」

不思議そうなティアの問いかけに、声のトーンを落としたガイは静かに語る。

「・・・分かるさ。
抜けてんのは俺の家族が死んだときの記憶だけだからな。
・・・俺の話はもういいよ。それより、あんたの話をーー」
「あなたが自分の過去について語りたがらないように、私にも語りたくない事はあるんですよ」

ガイを遮って、ジェイドはそれだけ言うと口を閉ざした。
一行は気不味い雰囲気に包まれる。
それを破るように、カンタビレは口を挟んだ。

「ここで結論が出ない事をどうこう言っても仕方ねぇだろ。先に進むぞ。
俺達の本来の目的は、整備士の奪還なんだからな」

カンタビレは皆を促し、止まっていた歩みが動き出す。
ぞろぞろと動き出す皆を見送り、最後に残ったのは二人。
それを待っていたカンタビレは口を開いた。

「・・・下手なはぐらし方だな」
「おや、一体何の事でしょうねぇ」
「寝言は要らん。あの音機関はーー」
「詳しい事は確信を得た時に私から話します。今は置いておきましょう」
「・・・・・・」
「ほら、イオン様が行ってしまいます。急ぎましょう」

確かにその通りだったので、カンタビレは言いたい事を飲み込み先に進んだジェイドの後に続いた。
























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2018.2.6修正
2017.1.3