この城に立ち入ってから妙に嫌な感じが続く。
昔から勘働きは良い方だった。
そのおかげか、この直感のような類の感覚に今まで何度も危機を脱してきた。
だからだろうか、今回も自分が注意を払っていれば、主に危険が及ぶことはないだろうと踏んでいた。
捨てたはずの過去の因果が、主を、世界までをも巻き込むことになるとは、この時の自分には全く予想ができなかった。
ーーNo.15 烈風と死神とーー
一行は口数少なくさらに奥へと進んでいた。
「ガイの奴・・・両親、死んじまってるのか・・・」
「あなたも知らなかった事なのね」
先頭を歩くガイからだいぶ離れた後方、ティアの言葉にルークは気難し気な表情で頷いた。
直前に見た巨大な音機関の前で初めて聞いた、自身の近しい者の過去の生い立ち。
それは聞く者すべてに暗い感情を落とす。
「オレ、誘拐される前の記憶忘れちまってるんで、ガキの頃に聞いたとしても思い出せねーから。
それにあいつ、自分の昔の話あんましねーしな」
「大佐も言っていたけど、誰でも話したくない事を持ってる。
彼が話してくれるまで、触れない方が良いと思うわ」
「っ!ガイの事ならおまえに言われなくてもわかってるっつの!
いちいちうるせえな!」
気遣いから出たティアの言葉に弾かれたように怒鳴り返したルークは、大股で先頭へと歩き去った。
余りにも幼稚な反応に殿のカンタビレは呆れ返る。
「放っておけ」
「教官・・・」
「親切心に癇癪でしか返せん餓鬼を構い出したらキリがないぞ」
「そ、そんなつもりは・・・」
赤くなる教え子の肩を軽く叩いたカンタビレは、まだまだ続く暗い出口に向け歩みを早めた。
薄暗い地下を脱すると、今度は上へと続く階段が現れた。
一歩一歩進み、もうじき明るい出口に出れる。
と、ミュウがいち早く声を上げた。
「上から魔物の臭いがするですの!」
「ルーク様、追いかけましょう!」
「よっしゃ!逃がさねぇ!」
追いかける二人と一匹に、ティアとイオンが慌てたように続く。
「ちょ、ちょっと!罠かもしれないわ!」
「待ってください!アリエッタに乱暴な事は・・・!」
「イオン様!危険です、お待ちください!」
カンタビレまでも後を追い駆け出してしまう。
先行してしまった五人と一匹を見送った取り残され組みの二人は呆れた息を吐いた。
「おやおや〜、行ってしまいましたねぇ。気が早い」
「・・・アホだなー、あいつら・・・」
屋上に飛び出すと、潮風が顔を撫でた。
そこにいたのはライガ、後ろ手を拘束された作業着の男。
そして、ぬいぐるみを抱きかかえた少女、アリエッタがいた。
と、ふいに影が横切る。
視界を掠めた赤を辿れば、上空には巨大な魔鷲に連れ去られたルークの姿。
そして、それはまた鋭い角度で急降下する。
その狙いが分かったアニスはイオンを突き飛ばし、カンタビレが危なげなくその身を抱える。
だがその代わりにアニスが魔鷲の鍵爪にさらわれてしまった。
「おやおや、ずいぶん楽しい事になってますね〜」
「旦那、悠長だな〜」
遅れて登場したジェイドとガイの完全傍観者発言。
そうこうしている間にアニスが魔鷲から落とされ、アリエッタときゃんきゃんと言い合いを始める。
そんな騒がしい二人に構う事なく、カンタビレはイオンの手を取り立ち上がらせた。
「イオン様、お怪我は?」
「はい、僕は大丈夫です。ですが、ルークが・・・」
「もう・・・ドジね・・・」
と、話題の人物は、宙へと投げ出される。
誰もが息を呑んだ。
ここは地上からかなりの高さだ、このまま行けばーー
「あれは!」
その時、どこからともなく現れたのは見覚えのある空飛ぶ安楽椅子、趣味の悪い派手な服装。
誰か分かったカンタビレは、来た道をすぐに取って返す。
推測だが、奴の向かう場所は見当がついている。
瞬間、ジェイドとすれ違い様に言葉を交わした。
「イオン様を頼む」
「仕方ないですねぇ」
嫌味を聞き流し、カンタビレは階段へと駆ける。
「カンタビレ、俺もーー」
「一人で十分だ。そっちは整備士を奪い返せ」
「だが・・・」
「ガイ、これ以上前衛が欠けるのは得策ではありません」
「信用しろ、ついでにご主人様は奪い返してやるよ」
「行かせません・・・」
一行のやり取りを聞いていたアリエッタが、魔物に指示を下す。
すると下に降りる階段の入り口めがけ、火の玉が吐き出された。
「いけない!」
ーーギィーーーーーンッーー
が、ソレを両断したカンタビレは、鋭い視線そのままにアリエッタを見据えた。
「そいつらは余所見して勝てる相手じゃねぇぞ、多分な」
「多分って・・・」
「じゃ、俺が戻ってくるまでに片付けとけ。
イオン様の御身に何かあったら許さんからな」
後半を鋭い視線付きで釘を刺したカンタビレは階下へと姿を消した。
「勝手言って行ったな・・・」
「兎も角、ルークの事はカンタビレに任せましょう。
こちらは・・・」
「人質を奪い返して、ついでにアリエッタをぶっ飛ばす!」
「イオン様、お下がりください」
「・・・邪魔するなら、みんな死んじゃえ!」
階段を軽快に下る足音が反響する。
(「あいつも絡んでたか・・・」)
面倒事になった、と内心毒づくも起きた事は致し方ない。
安楽椅子を追い、気配を辿って例の音機関の所まで戻ると気配が二つあった。
『・・・まで同じと・・・これは完璧な存・・・すよ』
『そんな・・・でもいいよ。
・・・らがここ・・・前に情報を消さなきゃい・・・』
聞き覚えのある声にカンタビレはにじり寄りながら、耳をそばだてる。
物陰ギリギリまで近付くと、先ほどよりもはっきりと会話を聞き取ることが出来た。
「こっちは導き手を探しようにも、手がかりがない無駄骨ばりかだ」
「大方、ザインの当てずっぽうなんですよ。
所詮は凡人ということです」
「その上、アッシュが勝手にここに出入りしてたなんてね」
「そんなにここの情報が大事なら、アッシュにこのコーラル城を使わせなければよかったんですよ」
「あの馬鹿が無断で使ったんだ、後で閣下にお仕置きしてもらわないとーー」
「俺が代わってやろうか?」
姿を現し、かけた声に二対の驚愕した視線がこちらに向けられる。
色の抜けた菫の髪、派手に広がる襟、不健康そうな痩躯、空中に浮かんだ安楽椅子に座る眼鏡をかけた男。
神託の盾騎士団第二師団師団長、死神ディスト。
そして、その隣。
深緑の髪、鳥のくちばしの様な仮面を付けた小柄な少年。
神託の盾騎士団第五師団師団長、烈風のシンク。
「なっ!どっ!あ、あなたがどうして!」
「役立たずな師団長がどうしてここに居るのさ?」
「ほぉーん、俺がここにいるにしちゃ、薄い驚き方だな。
誰に俺が同行してると教えて貰ったんだ?」
「・・・」
狼狽するディストや見下すようなシンクの問いに答えず、カンタビレは切り返す。
しかし、返されたのは沈黙。
巨大な音機関の台の上には、ルークが意識を失ったまま横たわっているのを目の端で捕らえたカンタビレは話を変えた。
「まぁいい、単刀直入に聞く。ヴァンは何を企んでる?」
「答える義理はないね」
「わ、私は早く情報を解析したいので、こ、こ、これで失礼ーー」
「させるとでも?」
そう言ったカンタビレの言う通り、ディストの浮遊椅子の脚の一つがワイヤーで絡めとられていた。
「な!いつの間に!?」
「おっと、そっちの餓鬼も動くな。こっちの気も長くはねぇのは知ってるだろうが」
身構えるシンクを牽制したカンタビレはワイヤーを引き寄せ、ディストの喉元に刃を突き付けた。
が、臨戦体制を解かない相手に、仕方ないとばかりに柄を握る手を持ち変えた。
「・・・」
「そうか。コイツがどうなっても構わねぇってんだったら、俺も思いきって・・・」
「わー!わー!待ちなさい!装置は直ぐに止めます!!!」
「そりゃ助かる」
突き付けられた剣に諸手を挙げたディストは素直に操作盤を手早く操作した。
しばらくして駆動音は完全に消える。
「じゃ、次はこっちの質問にーー」
ーーギィーーーンッ!ーー
瞬間、隙を突いたシンクが瞬く間に距離を詰め鋭い蹴りを繰り出すが、カンタビレは易々とそれを鞘で受け止めた。
一気に離れる距離。
至近距離での戦闘にディストは慌てて浮遊椅子で舞い上がった。
「よ、よくもやってくれましたね!二人共、復讐日記に書いてあげますからね!!」
金切り声の捨て台詞を残し、ディストは飛び去った。
それに目もくれず、カンタビレはシンクと対峙した。
「なるほど、お前が代わりに答えてくれるようだな」
「死人に語る言葉はないよ」
にべもない答えに、カンタビレは好戦的な笑みを浮かべた。
「なら、力尽くで答えてもらうしかねぇな」
すっと腰を落としたカンタビレにシンクの視線が鋭くなったのが分かる。
「答える義理はないって言ったけど?」
「こっちにはあんだよ。数分前の事も覚えられねぇのか?」
「むかつく奴だよ、あんたは!」
鋭い蹴りと拳を繰り出してくる相手に、カンタビレはひらりひらりと、紙一重で回避していく。
「ちょこまかと!」
「ヘスメスのちび助に、翻弄されてる奴が・・・」
「五月蝿い!」
「俺に勝てると、思ってるとは・・・餓鬼が!」
ーードッ!ーー
「くっ!」
鞘で鳩尾を突かれたシンクは苦しげに息を吐く。
それを睥睨したカンタビレは、鞘を腰に戻した。
「これ以上は無駄だな」
「貴様・・・」
「こいつはもらっとく」
「!」
カンタビレが手にした音譜盤に、シンクは慌てたように懐を探る。
が、やはりそこにあったはずのものがなかった。
「しまった!」
「ヴァンに伝えろ。カイツールで言った事を忘れるなってな」
「待て!」
「退けよシンク」
すっと細めた目に、シンクの動きが止まる。
アメジストの瞳が見せる気迫に似た脅し。
まだ戦るのか?という視線に、ギリッと歯ぎしりの音が響く。
「次は容赦せん」
「ちっ!」
シンクを退けたカンタビレは、深々とため息を零した。
手元にあるディスクで、ヴァンの思惑の先を行けるとは思えない。
それにこの騒動の首謀者が誰かの予測も、今は全くついていないのが正直なところだ。
頭を悩ませることが山積している。
「・・・うっ・・・」
うめき声にカンタビレの視線はルークに向く。
自分がよく見知った者に酷似しているその面差し。
逆に似ていないところの方が少ない位だ。
だが奴ならこうも易々と簡単に敵に攫われた挙句、呑気に気を失うなんてことはしない。
というか、そんな体たらくなら一から性根から性格まで徹底的に鍛え直してやる。
そんな思惑を知る由もなく、台座の上に無防備に横たわるルークにカンタビレは怒りがこみ上げ・・・
「・・・・・・」
ーーゲシッーー
ーーゴンッーー
「でっ!!」
ルークを台座から蹴り落とした。
「痛ってぇ〜・・・あれ?」
「いつまで寝こけてる。さっさと戻るぞ」
ルークを蹴り起こしたカンタビレは屋上へと急いだ。
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2018.11.19