一行はセントビナーからフーブラス川へ進路を取っていた。
本来であればローテルロー橋からケセドニアに渡るのがバチカルへの最短ルートなのだが、傍迷惑な盗賊のお陰で落とされたらしい。
が、迂回するにしてもフーブラス橋も先日の豪雨で落ちてしまいフーブラス川を渡るしか選択肢は無かった。
「雨で橋が流されたんだろ?本当に渡れるのか?」
「豪雨から日は経ってる。上流でない限り恐らく問題ないはずだ」
「そうですね。本来、今の季節のフーブラス川は水流も穏やかで、水かさも多くありません。
カイツールへの最短距離を通る事になるので考えようによっては良かったかもしれませんよ」
「とはいえ、魔物への警戒は必要ですね」
ティアの言葉にまぁな、とカンタビレは軽く同意を示す。
「でもアニスもその川を渡ったのか?大丈夫だったのかよ」
「大丈夫ですよ、アニスですからv」
「アニスですからね」
「不安要素は皆無だな」
「ふーん。ま、うぜえけど渡るしかねえか」
ルークが面倒そうに呟き一行の足は進む。
そんな中、ガイだけは未だ出会えていない、3人からの絶対安全を豪語されているその人物への姿が勝手に膨らんでいく。
「・・・一体アニスって、何者なんだ?」
ーーNo.11 フーブラス川での一幕ーー
「この辺は滑りやすいみたいですね、カンタビレ教官」
「だな。足元にお気をつけ下さい、イオン様」
「はい、ありがとうございます」
ティアの言葉に、カンタビレはイオンを気遣いその足取りに注意を配る。
川を渡り始めてから、特に魔物との戦闘もなく進んで来れた。
このまま無事に済めば、と思っていた矢先。
「おわっ!」
「ルーク!大ーーっと!」
ーードンッ!ーー
先頭を颯爽と歩いていたルークは足を滑らせ、巻き添えを食ったガイは、勢い余ってカンタビレにぶつかる。
なんとか踏みとどまった為、イオンに被害が及ぶ事は防げた。
「・・・おい」
「す、すまない、カンタビレ」
「いやいや、皆さん楽しそうですね〜」
戯れを眺めているような深紅の瞳が楽しげに細められる。
カンタビレは一つ嘆息した。
イオンの体調が万全でないこの時に魔物に襲われるのは御免被りたい。
それは周知の事実だ。
「こういう時に魔物に襲われたくないな」
「へっ、そんなもんオレが返り討ちにしてやるぜ」
「・・・」
口では一丁前なことを言うルーク。
そんなフラグすら立てたくなくて、そういう類の事さえ言わなかったというのに。
しかし、そんな不安は的中するもの。
突然、水中から飛び出した何かが行く手を遮った。
「なんだ!?」
「みんな、気をつけて!」
現れたのはカエルが巨大化した魔物、ゲコゲコ。
隊列を崩された一行を魔物は品定めするように見つめる。
「ったく、余計なフラグ立てやがって・・・」
「多勢に無勢か」
「へっ、たいしたことねえよ」
「調子に乗らないで!」
と、無防備なイオンに狙いを定めた数匹が跳躍した。
庇うように構えたカンタビレだったが、その出鼻を挫くようにルークの赤い髪が視界をよぎる。
邪魔をされたことで、ゲコゲコは標的をルークに移した。
ここが平地なら経験が浅い彼にも勝機はあっただろう。
だが、ここは足場の悪い川の上。
「喰らえ!
双牙・・・うわっ!」
「ルーク!」
こちらの期待を裏切らずに、足を滑らせた主人の襟首をガイがどうにか掴む。
応戦できる状態にない二人に、魔物の目が光った。
「いけない!」
「やれやれ・・・エナジーブラスト!」
ジェイドの譜術が襲い掛かるゲコゲコを弾き飛ばす。
しかし、数だけの多さには焼け石に水。
二人が体制を戻すには時間が足りない。
と、その二人の間に艶やかな暗紫が割って入った。
長い舌がカンタビレを絡め取る。
「ティア!イオン様を守れ!」
「教官!」
「さっさと対岸へ行け!あとは俺が片付ける!」
「カンタビレ!」
ーーバッシャーーーンッ!ーー
ーードゴオォォォォンッ!!ーー
落水音と同時に、魔物と一行を分断するような盛大な水柱が上がった。
その水柱を目くらましに他の皆が対岸へと渡り切る。
「カンタビレは・・・」
「教官は恐らく川に・・・」
「おいおい、まだ流れが速い所もあるぞ。
下手したら・・・」
「ど、どーすんだよ。なあ、ジェイド・・・?」
動揺するルークは振り返り、場慣れしてるだろうその姿を探す。
が、
「おい、ジェイドは?」
そこにあるはずの姿は何処にも無かった。
川に落ちたカンタビレは、未だにゲコゲコの舌に自由を奪われたまま流されていた。
利き腕と首も拘束され、身動きが取れないでいたが、至って冷静だった。
(「思ったより流れが速い、か・・・うかうかしてられねぇな・・・」)
敵の狙いがイオンから自分に向いたことで、いくらか安心していた。
盛大に落ちた間際の斬撃でさらに数匹は仕留めたし、他の注意もこちらへと向いているだろう。
だが、このまま戻らなければ心労を与えることとなるし、息もずっと止めらてはいられない。
(「さて、一仕事って訳だ」)
カンタビレは詠唱破棄の譜術の発動体制に入った。
だがその間にも追ってきた魔物の凶刃は目の前に迫る。
だが雑魚であるから大したケガにはならないのは分かった。
(「よし、あと少し・・・」)
完成するその直前、眼前を見知った槍が通過した。
「!」
それは自由を奪っていたゲコゲコの舌を貫く。
痛みに悶えるゲコゲコは水流にさらわれていった。
カンタビレは僅かに目を瞠る。
だが、その拘束を解かれたタイミングを逃すことなく、水中で譜術が爆発した。
(「・・・ったく、とんだ厄日だ」)
譜術発動の余波で速い水流も攻略でき、無事に対岸へと渡ることができた。
とりあえずタナボタか、と水が滴る服をどうしてやろうかと思った時だった。
「やれやれ、今日は厄日のようですね」
後ろから響いた声。
水中でも見た槍の持ち主が自身と同じ濡れ鼠で立っていた。
「・・・つっーか、なんであんたがここに居る」
「あなたが落ちたもので」
「理由になってねぇ。なんでイオン様を守る為に残らなかった」
「ティアに頼んだのでは?」
「はぁ・・・」
話にならん、とばかりにカンタビレは一つ深く溜息をつき、視界から締め出した。
そして川上に視線を向け、流されたおおよその距離を図る。
(「まぁまぁ流されたがあっちの面子を考えりゃ、時間的には大してかからんな」)
さっさと戻るか、とカンタビレはブーツの中の水を捨てながらひとりごち、簡単に服の水気を絞る。
と、
「パーティの戦力低下になるようなことはやめてください。
あなたがあのような雑魚相手に後れを取るとは思いませんでしたよ」
呆れるように放たれた嫌味に、カンタビレはむっとしながら振り返った。
言い返したいのは山々だが、助けられたのも事実。
いくら手助けが要らなかったとしても、頼んでなかったとしても、余計なお世話だったとしても、だ。
「・・・一応、助けてもらった礼は言っておく。
だが、イオン様がいるあんな間近で大立ち回りしてぶっ飛ばしゃあ良かったってのか?
この旅の目的は、イオン様が第一優先だったはずだろうが」
「だからといってあなたがあのような行動を取る必要はなかった。
もっとやりようがあったのでは?」
なおも切り返すジェイドにカンタビレは鼻をならした。
「あの状況でイオン様を確実に助けられるのは俺だった。
さらに言えば、どんな状況になっても切り抜けられる経験を積んでいたのも俺だ。
あそこで違う誰かが引き摺り込まれてりゃ、それこそパーティに穴が空いただろうよ」
水気を含んだ髪を掻き上げるカンタビレに、さらに言い募ろうとしたジェイドだったがその前に当人は歩き出してしまった。
「全く、困ったものですね」
「俺からも一つ言わせてもらうがな。
水中で自由が利かない中、自分の得物を手放すなんて利口じゃねぇ。
それこそ、死霊使いの程度が知れるってもんだ」
チクリとした嫌味に捨て台詞を返し、憤然たる様子のカンタビレは歩みの速度を上げた。
パーティーが分断されたルーク達は、ひとまず出口に向かっていた。
が、直前の出来事にイオンは不安な面持ちを崩せないでいた。
「二人は大丈夫でしょうか・・・」
「教官も大佐もわたし達より経験を積んでいます。
恐らく無事だと思いますが」
「だな、あの二人ならもう出口に着いてるかもしれないぜ」
イオンに応じるティアとガイ。
確かにこのパーティーで一番の経験を積んでいる二人だ。
すぐにいつも通りの様子で合流してくれるはずだろう。
どちらかと言えば、こちらのパーティーの方が戦力的には不安があるくらいだ。
「ったくよ、川に流されるなんてだっせーよな」
「ルーク!」
「な、なんだよ・・・」
「元はと言えばあなたがーー」
「まぁまぁ、ティア落ち着けって。
すぐに引き起こせなかった俺も悪かった訳だし」
声を荒げるティアにガイがどうにか宥める。
ソッポを向くルークに、まだ言い足りないようなティアが再び口を開きかけた。
「ガイの言う通りです。
今は二人を信じて出口に向かいましょう」
「・・・そう、ですね」
イオンの言葉にようやくティアも怒りを収める。
「ほれ、ルークも行くぞ。
まだ魔物が出るかもしれないしな、しっかり注意して行こうぜ」
「わ、分かってるっつーの」
きまりが悪いような表情で、ルークはガイに言い返し歩き出した。
と、
「戦闘音!」
「向こうから聞こえるぜ」
「噂をすれば、かもな。行ってみようぜ」
「はい」
「・・・・・・」
不機嫌度MAXな表情でカンタビレは襲ってくる魔物を斬り伏せて進んでいた。
パーティーが二人となった訳だが、会話は皆無。
ま、こちらは好かない相手なので好都合と言えば好都合だ。
何より襲ってくる魔物は雑魚ばかり。
本気など出す必要もない。
不満があるといえば、こちらの戦いぶりを見せる羽目になっているのことだ。
正直、あまり見せたくない。
戦場において、相手の手の内を見せるのは味方だけに限らせたいのが本音だ。
ま、後ろの奴がすぐに敵に回るとは限らない訳だが、長く荒事の前線に居れば身に染み付いてしまっている癖となってしまった。
「あまり手を抜いてこちらの仕事を増やさないでください」
「お偉い大佐殿なら楽勝だろ」
手を抜いていることを見透かされていたが、反論するつもりもなくカンタビレはそのまま適当に魔物を捌いていく。
と、突然現れた影が足元へ一気に広がった。
「!」
カンタビレが振り仰げば、頭上から巨大なトータスが押し潰そうと迫っている所だった。
「「「カンタビレ!!!」」」
「教官!」
ーーズーーーンッ!ーー
呼ばれた名は落下音にかき消される。
駆けつけたルーク達は蒼白となった。
しかし、
「んな大声出すな。また魔物を呼び寄せたいのかよ」
晴れた土煙から現れたのは、不機嫌さの変わらないカンタビレ。
その後ろでは、両断されたタートルが身動きを止めていた。
「カンタビレ!ジェイド!無事でしたか」
「ご心配をおかけしました、イオン様。
お怪我はありませんね?」
「あなたという人は・・・」
半ば呆れるようなイオンに、カンタビレは不敵に笑い返す。
そして、その隣にいたティアに視線を移した。
「よくイオン様をお守りしたなティア」
「いえ、教官もご無事で何よりです」
「そりゃ愚問だろ。そっちも問題ないな?」
「あ、ああ・・・」
まだ動揺が抜け切れていないのか、歯切れ悪くルークが素直に返事を返す。
するとルーク達を先導していただろうガイが、進み出た。
「礼がまだだったな。
あの時は助かったよカンタビレ」
「そう思うなら今度から突っ走んないようにご主人のリード持っとけ」
「な、なんだと!?」
しおらしさから一転、カンタビレに食ってかかるルークをガイが宥めるいつものやり取り。
それを迷惑顔で返すカンタビレに、嗜めるティア。
「さて、合流できたことですし先を急ぎまーー」
「ジェイド」
言いかけたジェイドにイオンが歩み寄る。
「どうかされましたか?」
「ありがとうございます」
「?」
「部下を助けてくださり感謝します」
深々と頭を下げるイオン。
虚を突かれたそれにジェイドは目を瞬く。
そしてその意味を図るように、視線の先の4人を見た。
「余計なお節介だったような気もしますが」
「そんな事ありません。
カンタビレ一人だったら無茶が過ぎるんです。
昔からそうでした・・・」
困ったように笑いながら、イオンはジェイドと同じように視線を送る。
そこには共に行動していた時には無かった表情。
イオンの無事を確認できたからか、それとも・・・
「確かに、イオン様にお会いしてから刺々しすぎる雰囲気は消えましたね」
「おら、駄弁りはそれ位で出発するぞ」
カンタビレの一声で一行は目の前の出口に向け、再び歩き始めた。
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2018.1.8修正
2015.1.3