夢を見た。
とうの昔に記憶に埋れ、忘れたと思っていたそれ。
「ーーー」
長い時間が経ったというのに、今頃になって思い出すとは・・・
「ーーー!」
まさかと思うが、何かの前触れだろうか?
ーーNo.1 森に棲む女王と迷子ーー
「師団長っ!」
「!」
突如、耳に刺さった声に我に返った。
視線を下げれば、こちらを心配そうに見上げる橙色の瞳とかち合う。
彼女は自身の部下の一人である、副師団長補佐兼情報班長ミネルヴァ。
「・・・具合が悪いのでしたら、私一人でもーー」
「悪い悪い、少し考え事をな」
そう言って、無意識に詰めていた息を吐き出した。
周囲には背の高い樹々が空高く伸び、枝葉の間から見える太陽が僅かに傾いている。
随分、物思いに耽っていたようだ。
気を取り直すように頭を振り、ここに来た経緯を思い出す。
今いるこの場は、エンゲーブの北西の森。
目的は調査だ。
普段、人間が立ち入らないこの森に最近、魔物が棲んでいるという情報を掴んだ。
別にこの世界に魔物など、なんら珍しいことではない。
ただ・・・
「かなりでかいらしいな」
物思いに耽る前の話に戻れば、感情が現れにくいミネルヴァは首肯した。
そう、これが大型となれば話は別だ。
街への実害はない。
・・・今の所は、だ。
しかし、彼女が自分に報告してきたのなら、それはゆくゆく危険な芽となる可能性が高い。
そんな芽は早々に摘むに限るため、こうして足を運ぶことになった訳だ。
「・・・はい、普通の魔狼とは比べ物になりませんでした」
「ふ〜ん・・・」
「師団長?」
「カンタビレ、だろ」
すみません、という短い謝罪にカンタビレは分かればいいとばかりに片手を振れば、伏し目がちな橙色の瞳は隠れ、ローブからのぞく枯草色の髪が揺れる。
ミネルヴァが近くに控えていることをいい事に、カンタビレは再び顎に手を当て思案する。
また考え込んでしまった上司の様子に、ミネルヴァはおずおずと言い募る。
「・・・あのーー」
「で?頼んだ奴に連絡つけれたか?」
「・・・はい」
「到着時間は?」
もうすぐの予定です、と答えたミネルヴァにふんふんと頷き返が返される。
そのまま黙しようとしたミネルヴァだったが、やはり先ほど言いかけたことを口にする。
「・・・カンタビレ」
「どうした?」
「・・・我々だけではーー」
「いんや、十分」
断言したカンタビレに、困ったような視線が向けられる。
それに気付いたカンタビレはアメジストの瞳をミネルヴァに返した。
言葉にしなくとも心配だと、言外に示している彼女にカンタビレは不敵な笑みを浮かべる。
「ミネルヴァさ、奥まで行くけど最後まで手を出さんでくれな」
「・・・それは・・・」
「問題ない、なんとかできるーー」
「・・・そうですか・・・」
「ーーと、思うからさ」
「・・・・・・」
軽い調子の言葉に、何とも言えない表情を向けられたのは言うまでもない。
それを気にする事なく、カンタビレは森の奥へと足を進め始めた。
森は更に深くなり、魔物の気配も濃くなっていく。
警戒を強めるミネルヴァとは対照的に、カンタビレは軽快に足を進めた。
と、
ーーグルルルル・・・ーー
唸り声に二人の足は同時に止まった。
現れたのは太い四つ足、赤紫のタテガミ、大人三人分はあるだろう体長、獣特有の吊り上がった目。
「ライガ・クイーン・・・」
カンタビレは吐息と共に呟いた。
覚えがある特徴だと思い、まさかと推測していたが・・・当然だ。
ダアトで何度が目にしたことがある姿。
魔物に育てられた特殊な環境から魔物を使役でき、兵士と呼ぶには相応しくないあどけなさが残るその幼子と目の前にいるその養い親。
(「問題はこっちの言葉が通じるか、なんだよな」)
倒す相手としては、自分には造作もない相手。
だが、これが一応知り合いの親だとすれば早まったことはしたくない。
まぁ、向こうの行動次第ではその考えも変わるが・・・
殺気立つ臨戦態勢の部下を片手で制し、鞘から手を離したカンタビレは魔物の前に進み出る。
しかし、
ーーグルルルル、ガアァッ!ーー
「師団長!」
「動くな!」
今にも飛びかからんばかりのクイーンに、我慢できずミネルヴァが動こうとするが鋭い声がそれを押さえつける。
やっぱり無理があるか、と思った。
その時、
ーーバサッバサッ・・・ーー
羽音と共に、目の前に人影が降り立った。
ミネルヴァは身を固くするが、逆にカンタビレは緊張を解く。
ぬいぐるみを抱きしめる桃色の髪を持つ少女、久しく見る顔だ。
カンタビレは表情を和らげ、少女も肩の力を抜いたようだった。
「よ。元気だったか、アリエッタ」
「・・・はい、です。カンタビレ・・・」
アリエッタの登場のおかげで、牙を剥いていたクイーンも大人しくなった。
久々の再会だったが、再会を喜ぶよりも用件を済ませるのが先だ。
「早速で悪いが、クイーンに聞いて欲しいことがあるんだ。
まずなんでそうも苛立ってるのかの理由。それと、この森に留まってくれないかってな」
こちらの調べでは、この森に近い街道に出現する魔物の数が増えている。
おそらく、クイーンの標的から逃れる為だろう。
このまま獲物を求めクイーンが南下でもすれば、間違いなく街に被害が出る。
仮にそれを逸れたとしても、エンゲーブの近くの森は聖獣チーグルの生息域。
生態系を崩せば街に影響が出る可能性もある。
その前に面倒事を収めたいのが本音だ。
「頼めるか?」
「・・・はい、です・・・」
アリエッタがクイーンに近づいて行く。
それを見送ると、一仕事終えたとばかりにカンタビレは近くの切り株に腰を下ろした。
と、背後に感じた気配に肩越しに視線を投げる。
するとそこにはいささか怒っているような橙色の瞳がこちらを見つめていた。
「どした?」
「・・・なんでもありません」
ふい、と顔を背けてしまったミネルヴァにカンタビレは頬を掻く。
(「なんでもなくない顔なんだが・・・」)
う〜ん、とカンタビレは腕を組み再度見上げると、
「怒った?」
「・・・・・・ちょっと・・・」
間を置いてから、普段より低い声が返ってきた。
その反応にカンタビレは目を瞬く。
「ん?お前、アリエッタとは初対面じゃないだろ?」
「・・・軽はずみな事を、なさらないでください・・・」
ミネルヴァの言葉に、あぁさっきの事ね、とカンタビレは納得した。
確かに軽卒だったかもしれないが、相手がクイーンだったということもあり大丈夫だろうと踏んでいた。
魔狼だがアリエッタの母である彼女は頭が良い。
何度か顔を見た事がある自分と、アリエッタと仲が悪くないことを差し引いても、どうにかなると判断したのだ。
ま、あのままアリエッタの登場がなければ、どうにかはならなかっただろうが。
「・・・カンタビレ」
「お、どうだった?」
カンタビレはミネルヴァからアリエッタに視線を移す。
「・・・ママ、怒ってる、です」
「怒ってる?理由は?」
「周りに・・・魔物いる、です。
弟達、育てられない・・・です」
「魔物?」
アリエッタの言葉にカンタビレは難しい表情になった。
言っちゃ悪いが、森にはそんなものごろごろいる。
解決するにしても、手がかりが少なすぎる。
考え込んだカンタビレは、再びアリエッタに向き直った。
「なぁ、どんな魔物だか言ってたか?」
「・・・火で、お家を燃やす、です」
「火を吐く魔物・・・・・・チーグルか!」
パチンと指を鳴らしたカンタビレは立ち上がり、ミネルヴァに振り返った。
「ミネルヴァ、この森の中にチーグルが居る。
探すのに手を貸してもらえるか?」
「・・・承知しました」
すぐに行動に移った部下の姿はあっという間に消えた。
それを見送ったカンタビレは、自身も探しに行こうと動き出す。
が、立ち止まると、アリエッタと同じ視線となるように膝をついた。
「遠い所からありがとな、アリエッタ。悪いが、もう少しだけ付き合ってもらえるか?」
「・・・分かった、です」
こくん、と頷いたアリエッタによしよし、とばかりに頭を撫でたカンタビレはアリエッタを伴って例の魔物を探し始める。
しかしさすがというべきか人選の賜物か、ミネルヴァによってチーグルはすぐに見つかった。
まだ幼生だろう、空色の毛皮のそれは成獣にはまだ時間がかかる。
「どうしてんなところにチーグルが・・・
アリエッタ、なんでここにいるか聞いてもらえるか?」
「・・・はい、です」
チーグルとアリエッタが対峙する。
しばらくしてアリエッタがカンタビレの所へ戻って来た。
「・・・この子、おうち帰りたいって、言ってるです」
「帰りたい?・・・って、単なる迷子かよ」
カンタビレは呆れたようにチーグルを見た。
人なら分かるが、魔物まで方向音痴があるとは思わなかった。
だが、そんな理由ならこいつを連れ出せば、クイーンは動かないことになる。
立ち上がったカンタビレは、アリエッタと入れ替わるようにチーグルと対峙する。
怯えているようだったが、道具袋に手を突っ込んだカンタビレはリンゴを差し出した。
「お前、俺が南にあるチーグルの森に連れて行ってやるから、一緒に来ないか?」
「・・・みゅぅぅぅ」
リンゴの誘惑と戦っているのか、チーグルの視線は動くがはなかなかこちらに来ようとしない。
面倒だな、と内心呟いたカンタビレは肩越しにアリエッタに向いた。
「なぁ、アリエッタ。俺が言った事、もう一度コイツに言ってもらえんか?」
「・・・はい、です」
アリエッタの説得が功を奏し、チーグルはリンゴを齧りながらミネルヴァの腕の中にいる。
これで片付いた。
この森なら食料も十分だし、クイーンが街にまで下りてくることはないだろう。
「ありがとな、アリエッタ。助かったよ」
「・・・ううん・・・
カンタビレ、いつも優しくしてくれた、です」
「はっはっは。
これからは、こっちのミネルヴァもよろしくな」
怖い顔だが優しいお姉さんだからな、とぽんぽんと隣の肩を叩く。
隣からは非難する視線が刺さるが黙殺することにした。
>Skit『魔物と一緒?』
C「じゃ、帰るとするか。そうだアリエッタ、リンゴ食うか?」
Ar「・・・はい、です」
M「・・・・・・」(呆)
C「ん?なんだ、ミネルヴァ。お前もリンゴ欲しいのか?」
M「・・・要りません」
C「エンゲーブ印入りの特産ものだぞ?今年の出来は傑作だって」
M「・・・・・・はぁ」
C「って、おーい。・・・何怒ってんだ、あいつ?」
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2017.11.25 修正
2015.1.1