温かい・・・
身体を包む温度が心地良くて目覚めることが億劫になる。
『約束・・・』
遠くから声が響く。
『もしーーーが外れたら・・・』
聞き覚えがないのに、懐古の念に捕われる。
その姿を捕らえようと手を伸ばす。
『だからお願い、どうか導いてあげて』
『・・・仕方ねぇな』
振り返った顔は逆光で見えない。
でも知っている気がした。
光から響く声は、祈りにも似た・・・
ーーNo.45 断罪の声と悲しみの慟哭 後編ーー
ぼやけた視界が徐々に輪郭をはっきり描いていく。
何か、いや誰かの声を聞いた気がした。
縋るような切羽詰まった声、そしてそれを安心させるような・・・
「気がつきましたか?」
響いた声に首を回せば、ダッグブルーの軍服、オーカーの長髪、こちらを見る深紅の瞳。
朧げな記憶はあっという間に吹っ飛んだ。
よりによって目覚め一番に会いたくない人物とご対面とは・・・
「気分はどうです?」
「・・・最悪だ」
あぁ、くそ、と悪態を吐いたカンタビレは目元を隠すように甲を当てた。
「寝起き早々、そんな軽口を叩けるなら問題ありませんね」
「うるせぇ・・・」
もう話すことはない、とばかりに口を閉ざす。
それを見ていたジェイドが笑った気がしたが、言い返す気も起きない。
そんなカンタビレに代わり、向こうは話し始めた。
アクゼリュスが崩落したこと、ティアのおかげで助かったこと、ここが魔界だということ、そしてこうなってしまった原因のこと。
話を黙って聞いていたカンタビレはゆっくりと口を開いた。
「一つ・・・いや、三つ聞きたいことがある」
「えぇ、なんですか?」
素直な返答に些か不気味に思いながら続きを口にした。
「イオン様は、ご無事なんだな?」
「ええ、ご無事ですよ。今はアニスと一緒にいます」
二つ目は?と促すジェイドにカンタビレは続けた。
「・・・ジョンは、どうなった?」
「ジョン?」
「俺が助けた・・・はずの子供だ」
直前の記憶が朧げ過ぎたため、疑問系にして訊ねる。
かろうじて覚えているのは亡骸から抱き上げた所まで。
その後はもう覚えてなかった。
問いの答えはすぐに返ると思った。
軍人である彼なら、容赦なく答えるだろうから。
しかし、その答えは返って来ない。
「・・・・・・」
「おい・・・」
焦れたように答えを求めれば、仕方ないとばかりな溜め息が一つ零れた。
「・・・残念ですが、あの少年は助かりませんでした」
鉛を飲み込んだように、腹の底がずんと重くなった。
「・・・・・・そうか」
そうか、助けられなかったのか・・・待っていた家族の元へ帰せなかった。
死は数えきれないほど目にしてきたが、やるせない。何より年端もない幼子ともなると尚更だ。
「ならアクゼリュスの住民達は・・・」
「恐らく、我々以外に助かった人はいません」
ジェイドの言葉にカンタビレは長く息を吐いた。
ぽっかり胸に穴を開けられたようだった。
預かった部下を失ってしまうといつもそうだ。
「確か、あなたの部隊が・・・」
「あぁ呼んでいた」
それ以上言うな、とばかりにカンタビレは拳を握る。
そして自身に刺さる視線を、うざったいとばかりに肘をついて起き上がった。
瞬間、現実を実感させる痛みが駆け抜けた。
「っ!」
「まだ起き上がるのは無理ですよ」
「・・・ほっとけ」
脇腹を押さえて起き上がった自分を気遣う声を突っぱねる。
やっとの事で起き上がれたカンタビレはゆっくりと深く息を吐いた。
「・・・これからの、行き先は?」
「ここから西、ティアが言うにはユリアシティという街に向かっています」
そうか、と言ったカンタビレはベッドから足を下ろしふらりと立ち上がる。
頭が重い。
まるで海中を歩いているようだ。
と、くらりと身体が傾きそうになった。
「っ」
「おや」
だが、背後に気配を感じ意地で踏みとどまった。
「・・・外を見てくる」
傷心のまま部屋を出るとそこには、現実ではあり得ない光景が広がっていた。
澄んだ海の色とかけ離れた紫に染まった空。
何物をも飲み込むような泥の海。
空気を肺に入れるだけで身体の重さが増すようだ。
「これが魔界・・・話で聞いていたとしても、ここが同じオールドラントとはな」
まるでこの世のものとは思えない。
遠い記憶を思い出しながら、カンタビレは手すり伝いに歩き始める。
と、甲板で力なく踞る赤い髪と小さな従者がいた。
「あ・・・」
こちらに気付いたルークだったが、再び俯いた。
カンタビレは何も言わず、壁に背を預けた。
二人の間を沈黙が流れる。
そして、
「酷い、気分だ・・・」
「・・・」
カンタビレの言葉にルークはぴくりと反応を見せるがそれだけだった。
「言ったはずだぞ、ルーク」
「・・・何を、だよ」
膝を抱えたまま、こちらを見ようとしないルークに構わずカンタビレは腕を組んだまま続けた。
「思い上がるなと、取り返しのつかなくなる前に考えろと」
「・・・知らねぇ、オレは・・・」
「逃げるならそれでもいい」
「オレは悪くねぇ!師匠が・・・悪いんだ・・・」
「だがな犯した責任からは逃れられん」
「オ、オレは!オレは助けようとしただけだ!オレは悪くねぇ!オレはーー」
「甘ったれるな!」
荒げた声にルークの肩が跳ねる。
視線を上げたそこには、カンタビレが怒りの形相で立っていた。
初めて見たカンタビレの様子にルークは身を竦ませる。
しかしそんなルークの胸ぐらを掴み上げ、カンタビレは力尽くで引き摺り起こす。
「数えきれないほどの命が奪われたんだ・・・分かるか!」
「違う!オレは、オレの所為じゃ・・・」
「知らなかったでは済まされないんだ」
「嫌だ!嫌だ!違う、オレはーー」
「現実を見ろ!」
ーードンッ!ーー
カンタビレに突き飛ばされたルークは壁にぶつかる。
普段なら食って掛かる状況だが、ルークは未だに顔を上げない。
それに構わず、声音を沈めたカンタビレは重々しく言葉を紡いだ。
「起きてしまった事は変えられない、どう足掻こうとも、どう目を背けようとも」
その言葉に、ようやく顔を上げたルークだったが、打ちひしがれたようにズルズルと座り込んだ。
「オレ!・・・・・・オレはどうすればいいんだ・・・」
「そんなもの、てめぇ自身が答えを出さなきゃならんことだ」
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2021.06.13