取り返しのつかない事態となった。
目の前に広がる生き物の生存を許さない魔界の世界。
見渡しても希望を抱かせるものはなく、時間の感覚も麻痺してしまいそうな気がした。
生きているのが不思議、いや奇跡だろうか。
しかし、これを引き起こしたのは間違いなく自分の部下だ。
『アクゼリュスを再生させるためにこの扉を開けていただきたい』
他人を信用させるだけの実績を持っていた男の言葉を信じた。
全てが奸計だったのか。
心の底から慕っていた弟子を駒としてまで、こんな大それたことをしたのか。
(「ヴァン、あなたは何をしようとしているのですか・・・」)
答えが返らない問いを、うねる紫の雲に投げるもその答えは魔界のように全てを飲み込むだけだっ
た。
ーーNo.44 断罪の声と悲しみの慟哭 前編ーー
カンタビレと少年の手当てを終えたジェイド達は甲板に集まっていた。
陸艦の進路は西に取っていたが、辺りの景色は一向に変化は見られない。
「行けども行けども、何もない。なぁ、ここは地下か?」
「ある意味ではね」
「どういうことですの?」
ガイの疑問に肯定を返したティアにナタリアが怪訝顔となれば、小さく息を吐いたティアがゆっくりと話し始めた。
「あなた達の住む場所は、ここでは外殻大地とよばれているの。
この魔界から伸びるセフィロトツリーという柱に支えられている空中大地なのよ」
「意味が・・・分かりませんわ」
「昔、外殻大地はこの魔界にあったの」
「信じらんない・・・」
驚く一行にティアは変わらない紫の景色を見つめながら静かに続けた。
「2000年前、オールドラントを原因不明の瘴気が包んで大地が汚染され始めた。
この時、ユリアが七つの預言を詠んで滅亡から逃れ、繁栄するための道筋を発見したの」
「ユリアは預言を元に、当時の研究者と地殻をセフィロトで浮上させる計画を発案しました」
続くように説明したイオンに返されるのは驚き、そして壮大な事実を目の前に、ガイが感嘆に近い呟きをこぼす。
「それが外殻大地の始まり、か・・・途方もない話だな」
「ええ。この話を知っているのはローレライ教団の詠師職以上と魔界出身の者だけです」
「じゃあティアは魔界の?」
アニスの視線にティアは頷いて返す。
ひとまずの状況理解が済んだ事でイオンは重々しく嘆息した。
「・・・とにかく僕達は崩落した。
助かったのはティアの譜歌のおかげですね」
「何故こんなことになったんです?
話を聞く限りアクゼリュスは柱に支えられていたのでしょう?」
「それは・・・柱が消滅したからです」
「どうしてですか?」
アニスの問いに答えない代わりにイオンの視線がゆっくりとその者へと向く。
皆がその視線を追えば一人の人物、ルークに視線が集中した。
「・・・オ、オレは知らないぞ。
オレはただ、瘴気を中和しようとしただけだ。
あの場所で超振動を起こせば瘴気が消えるって言われて・・・」
「あなたは、兄に騙されたのよ。
そしてアクゼリュスを支える柱を消してしまった」
「そんな!そんなはずは・・・」
無い、と言いたいのに言葉が続かない。
最後に自分に向けられた言葉に、雄弁なあの視線。
カンタビレが割り入って来なければ、間違いなく自分はあの時に命を落としていた。
そんなことをした人が自分を騙していないと言えるのだろうか・・・
呆然となるルークに、イオンは苦し気な表情のまま続けた。
「ヴァンはあなたにパッセージリングのそばへ行くように命じましたよね。
柱はパッセージリングが作り出している。だからティアの言う通りでしょう。
僕が迂闊でした、まさかヴァンがルークにそんなことをさせようとしていたなんて」
「せめてルークには事前に相談して欲しかったですね。
仮に瘴気を中和することが可能だったとしても、住民を避難させてからで良かった筈ですし。
・・・とはいえ、今となっては言っても仕方のないことかもしれませんが」
「そうですわね。アクゼリュスは・・・消滅しましたわ。
何千という人間が、一瞬で・・・」
再び訪れた沈黙。
目に見えた叱責ではないというのに、ルークの身に刺さる断罪の視線、非難の声無き訴え。
「・・・オ、オレが悪いってのか・・・?」
誰も何も言わない。
いつも味方になってくれるはずの者でさえ口を噤む。
沈黙が痛い。
腹の底が冷え、震える声を隠すように痛みから逃れるようにルークは口を開いた。
「・・・オレは・・・・・・オレは悪くねぇぞ!
だって、師匠が言ったんだ・・・
そ、そうだ、師匠がやれって!
こんなことになるなんて知らなかった!だって誰も教えてくんなかっただろ!」
弱々しい声が最後は怒鳴り声となる。
自分の所為じゃない。
いつもなら誰かが必ず味方になってくれる時にのように、自分が欲しい声を求めるようにルークはただ現実から全力で目を逸らし叫んだ。
「オレは悪くねぇっ!オレは悪くねぇっ!」
繰り返される虚しい叫びに、すぐさま行動を起こしたのは最年長であるジェイドだった。
「大佐?」
「艦橋に戻ります。
・・・ここにいると、馬鹿な発言に苛々させられる」
「何だよ!オレはアクゼリュスを助けようとしたんだぞ!」
淡々と、でも言葉の端々に苛立ちを見せたジェイドを引き止める言葉を探せずティアはそのまま見送った。
そんな後ろ背を罵倒するようにルークはさらに声を荒げた。
しかし、ジェイドの歩みは止まらずその場からあっという間に立ち去った。
息巻くルークに、今度はナタリアがただただ悲し気な表情で呟いた。
「変わってしまいましたのね・・・記憶を失ってからのあなたはまるで別人ですわ」
「お、お前らだって何もできなかったじゃないか!
オレばっか責めるな!」
「あなたの言う通りです、僕は無力だ。だけど・・・」
「イオン様!こんなサイテーな奴ほっといた方がいいです」
ナタリアに続き、イオンの手を引いてアニスが大股でその場を立ち去る。
怒りに任せていた勢いが失っていったルークは、震え始めた声で長年の従者に縋るように言った。
「わ、悪いのは師匠だ!オレは悪くないぞ!
な、なあ、ガイ、そうだろ?」
「ルーク・・・・・・あんまり、幻滅させないでくれ」
目を背けて呟かれたガイの言葉に、ルークは立ち尽くす。
静かに離れていく足音を聞きながら、最後に残ったティアがルークの隣へと立った。
「ティ、ティア・・・」
「少しはいいところもあるって思ってたのに・・・わたしが馬鹿だった」
まるで初めて会った時よりも冷たく突き放す視線。
誰も居なくなったその場に取り残されたルークは、初めて放り出された不安と恐怖と怒りの海の中、必死にもがいた。
「・・・ど、どうして!どうしてだよ!どうしてみんなオレを責めるんだ!」
虚しい叫びが辺りに響くが応じる者は誰もいない。
ただ魔界の空へと響きあっという間に消えるだけだった。
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2021.06.13