ジェイドの言葉通り、タルタロスは魔界クリフォトの海でも持ち堪えていた。
すぐさま一行は乗艦した。
が、艦内に足を踏み入れたそこは神託の盾オラクル兵の遺体で埋め尽くされていた。

「・・・なんてヒドイ」
「・・・この分じゃ生きてる奴はいないな」
「残念ですが、今は2人の治療が先です。
ナタリアは少年、ティアはカンタビレを。他のメンバーは治療に必要な道具を探して来てください」
























































































































ーーNo.43 無情の現実ーー

























































































































「ふぅ・・・」

瘴気の泥を落とし、カンタビレの手当てを終えたティアは小さく息を吐いた。
ベッドには浅い呼吸を繰り返すかつての師の姿。
傷は深かった。
陸艦で見た脇腹の他、坑道奥で負った怪我が圧倒的に多い。
・・・全て自分の兄が、負わせた・・・

「・・・」

ティアはきゅっと拳を握る。
と、カンタビレが身じろぎした拍子に包帯が巻かれた肩が現れそこから血が滲んでいた。
酷い傷には治癒術をかけたが、瘴気の影響のためか効果は薄いようだった。

(「替え、どこかにないかしら・・・」)

すでに集められた包帯は使い切ってしまった。
ベッドから離れ棚の中を探すが、生憎と替えは見つからない。
他の部屋に探しに行くかと部屋を出ようとした。
その時。

「痛っぅ!!」
ーーガダンッ!ーー
「!」

くぐもった叫びに驚き振り返れば、ベッドに横になっていたカンタビレが浅く激しい呼吸を繰り返しながらも、起き上がろうとしている所だった。

「はっ、はっ、はっ・・・はぁ、はぁ・・・ぐっ!」
「カンタビレ教官!まだ起きてはダメです!」

慌てたティアは肩を押さえる。
傷口も完全に塞がっていない今、起き上がるなど無茶にも程がある。
だが、手を宙に彷徨わせたカンタビレはティアの腕を掴んだ。

「っ!」
「ここ、は・・・」
「気付かれましたか?」
「イオン様は!」
「まだ動いては」
「どこだ!!」
「客室でお休みです!」
「無事、か?」
「はい!ですから」
「・・・そう、か」
「教官!」

再び意識を失ったカンタビレはベッドに崩れ落ちた。
小さく息を吐いたティアはベッドに戻し体勢を整えリネンを掛け直し、血の気のない顔を見下ろした。

(「ほんとうに、この人はどこまでも強い・・・」)

掴まれた腕をさする。
アームカバーを僅かに下ろせば、くっきりと跡が付いていた。
傷だらけの身で、瘴気の沼に落ちた。
普通なら生きてはいない。
だと言うのに、真っ先に口に出たのは導師の心配をする言葉。

「・・・」

訓練生だった時にも感じていた。
だがこうして旅を通じ、改めてそう思った。
イオンを守るのは当然と。
そして、戦闘に参加すれば必ず誰かの隙を埋め敵を斬り伏せる。
もしかしたら、あの時に対立ばかりしていたのは、この人に近付きたいのに少しも近付けない自分の八つ当たりだったのかもしれない。
もう一人の指導教官とはまた違った、憧ればかりが先走って・・・

「・・・どうして受け持ってもらった時に気付けなかったのかしら」
「若い時の反発はよくあることですからね」
「っ!?」

悲鳴を上げなかった自分を褒めてやりたかった。
勢いよく振り返れば、船橋ブリッジに居るはずの男が、底の読めない笑みを浮かべて立っていた。

「た、大佐!いつからそこに!?」

というか、心を読まれているのか?
全く違和感のない返答に驚いたりで軽いパニックだったりする。
そんなティアの心情をまるで見透かしたようにジェイドは意地の悪い笑みを深くした。

「『まだ起きてはダメです!』くらいからですね」
「・・・・・・・・・」

もはや突っ込む気も起きない。

「おや、完全に起きたのではなかったようですね」

ティアの横に立ったジェイドが見下ろし言った。
誰が、とは言わずもがな。
ティアは小さく嘆息すると、苦しげなカンタビレを再び見、口を開いた。

「イオン様のご無事を知ったら、またお休みになりました」
「やれやれ、自分が死にかけたというのにおめでたい限りですね」
「そんなことは・・・教官はただ、イオン様をお守りするという任務に忠実なだけです」
「ここまでくると執着とも言えますがね」
「・・・」

何故だろう。
ジェイドのその言葉はストンと決まりよく収まった気がした。
どうして、この人は・・・

「ティア」
「はい?」
「あなたはカンタビレがこうもイオン様を気にかける理由を知っていますか?」

ジェイドの紅の瞳がまっすぐティアを見据える。
それに恐怖がないと言えば嘘になる。
思わず、腕を握る手に力がこもった。

「・・・いえ」
「そうですか」
「それより大佐、身体の方は?」
「痺れは残っていますが、特に支障はないですよ」
「そうですか・・・」
「ティア、手当てが終わったならカンタビレが助けた少年の手伝いに行ってもらえますか?
ナタリアだけでは手に余りそうですからね」
「分かりました」














































































































立ち去るティアを見送り、少女が座っていた椅子に腰掛ける。
視線を落とせば、いつもの精悍さに欠けた横顔があった。
しばらくその姿を見下ろすが起きる様子はない。
手を伸ばせば触れれる距離。
普段ならここまで近付けば、首元に物騒なものを突き付けられているだろう。
それがないほど深い傷を負ってしまったということか。
ティアの話では、陸艦でも相当の深手だったという。
そして、セフィロトでヴァンとの対峙の場を見た。
譜術で貫かれても尚、その眼は敵を追わんばかりにギラついていた。

「まったく、あなたは一体何を守ろうとしているんでしょうね・・・」

未だに痺れが残る腕。
全身があの沼に触れたというのに、カンタビレがああもティアに掴みかかることができるとは・・・
軍人としての力量の差か、それとも自分にはない死を理解できないが故の差か。

「・・・私もまだまだということでしょうか」
ーーガチャーー

小さな呟きをこぼした直後、先程までこの部屋に居た少女が戻ってきた。
時間を要さず戻った表情は暗い

「大佐・・・」
「ティア?どうしました」
「・・・」



























































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2021.04.19