旅を始めていつからだったろう、あいつから向けられる言葉が心に居座るようになった。
普段など、会話らしい会話はしていない。
けど、あいつはオレの心が揺れている時を見透かしたように言葉を投げてくる。
『怖いか?』
『え・・・』
『人を殺すのは怖いだろ』
『べ、別に!お前には関係ねぇだろ!』
『それとも人を殺す自分が怖いか?』
『っ!?』
『その感覚、忘れない事だ』
『ヴァンに肩入れするのは構わんがな、少しは自分の頭で考えることをするんだな』
『何だと!オレが何も考えてないって言うのか!』
『取り返しのつかないことになる前に、考えるこった』
オレが信じていたのは師匠だけだった。
あいつは師匠と全然違う。
師匠は優しくて、オレの事をバカになんてしない、分からない事は全部教えてくれる。
あいつは厳しくて、イオン以外に取る態度は素っ気なくて、何にも教えてくれない。
それなのに・・・
あいつの言葉は気に入らないのに、いつも真っ直ぐオレの心に突き刺さる。
「・・・・・・」
人が住む世界ではない、紫色の空。
辺りを埋め尽くす瓦礫。
そして泥の海に沈んでいくたくさんの屍。
誰もが自分の事を非難しているように見えた。
何も映してないはずの昏い水晶玉で、『お前が悪い』と。
ひゅっ、と息を呑めば腹の底がずんと重くなった。
それが見たくなくて視線を落とせば、自身の手が目に入った。
「・・・オレの、せいなのか・・・」
手が震える。
・・・・・・違う。
違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!
違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!
違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!
違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!
こんな筈じゃなかった!
オレは救おうとしただけだ!
瘴気を消して、アクゼリュスを・・・
「!?」
と、自分に向かって赤黒い何かが近づいてくる。
ゆるゆるとそれを辿れば、血塗れのカンタビレから流れてきたものだった。
・・・どうして、そんなに怪我をしてるんだ?
これまでの旅であいつが傷を負ったとこなんて見たことなかった。
それに師匠に剣を向けた時はもうボロボロだった。
信じてた師匠がオレを殺そうとした時も、こいつは・・・
「オレ・・・オレ、は・・・」
ルークは目の前の現実から逃れるように蹲るしかできなかった。
ーーNo.41 魔界ーー
頬を撫でられたような感覚にカンタビレは意識を浮上させた。
「・・・ここ、は・・・」
「目が覚めましたか?」
こちらを見下ろす深紅の瞳に、カンタビレは上体を起こそうとした。
瞬間、全身を貫くような激痛に見舞われる。
「っ!」
「動かないで下さい。生きているのが不思議な怪我ですよ」
「・・・イオ、ン様は!」
「ご無事です、だから少し安静にしてください」
そう言いながら尚も押し留めようとするジェイドの手を払ったカンタビレは肘をつき上体を起こした。
その時、
「・・・う・・・ぅ・・・」
「誰かいるわ!」
呻く声に気付いたティアの声に、皆の視線が辺りを彷徨う。
そして、見つけた。
泥の海に浮かぶ屍の下に小さな少年がいた。
「父ちゃ・・・ん・・・痛いよぅ・・・父ちゃ・・・」
「ジョン・・・」
カンタビレは小さく呟いた。
別れ際の自分の言葉に苛立ちが募る。
ナタリアが今にも助けに飛び込もうとしたが、ティアがその腕を素早く掴んだ。
「ダメよ!この沼の海は瘴気を含んだ底なしの海。
迂闊に入れば助からないわ!」
「ではあの子をどうしますの!?」
「ここから治癒術をかけましょう。届くかも知れない」
口論するティアとナタリア。
と、その時。
泥の沼に氷が走った。
そして誰が止める間も無く、カンタビレはその上を歩き出す。
「カンタビレ教官!」
「駄目です!氷が脆い、行けば足元が崩れる!」
ティアを制するようにジェイドが言う。
背後の騒ぎを気にも留めず、カンタビレはおぼつかない足取りで歩く。
そしてジョンの元に辿り着いたカンタビレは、膝を折り、視線を合わせた。
「・・・ジョン、大丈夫か」
「カンタビレ・・・?」
「悪ぃな、遅くなっちまった。帰るぞ」
手を差し出すカンタビレに、弱々しい幼い手が重ねられる。
伝わる温もりにジョンは安心したのか、その瞳に大粒の涙を浮かべた。
「・・・ふぇぇ・・・かえり、たいよぅ・・・」
「大丈夫だ、連れて行ってやる・・・」
そうだ、絶対に助ける。
ジョンを抱え上げその上に覆いかぶさっていた父だったものに一瞥を投げたカンタビレは踵を返した。
(「・・・助ける、必ず・・・」)
血を失い過ぎた、視界が霞む。
唯一の岸である場所へ戻るその足取りは危うい。
ふらふらしながらも、ジョンを抱えたカンタビレは来た道を戻る。
皆が固唾を呑む。
しかし、カンタビレの瞳の焦点がふっと消えた。
そして・・・
「カンタビレ!」
ーーバシャンーー
あと僅かという距離を残し沼に落ちた二人に、ジェイドは自分が泥に触れるのも構わず腕を泥の中に突っ込んだ。
腕を掴んだ先には、少年を抱えたカンタビレ。
肩まで浸かった腕は痺れるように麻痺している。
泥を被ったカンタビレの顔は血の気を失い蒼白だ。
怪我を負った身で瘴気を含んだ泥にまで触れてしまったのだから当然だ。
一刻を争う。
引き上げた二人にティアとナタリアが治癒術をかけ始めた。
「どうするんだ?こんな所じゃまともな治療はできないぞ!」
「タルタロスに行きましょう。
緊急用の浮標が作動して、この泥の上でも持ち堪えているはずです」
「でもでも、そこから医者のいる街にどうやって行けばいいの?」
誰もが焦りを見せる中、落ち着いたティアの声音が響いた。
「魔界にはユリアシティという街があるんです。多分ここから西になります。
とにかくそこを目指しましょう」
「詳しいようですね。この場を離れたら、ご説明をお願いしますよ」
誰一人としてルークに視線を向ける者などなく、皆がタルタロスに向け足を急がせた。
少年を抱くカンタビレごとジェイドが抱き抱え走る。
まず最初に驚いたのは冷たさだった。
瘴気はまるで氷のように自分の片腕を蝕み、軍服越しに伝わるはずの熱は僅かだ。
そして信じられなかった。
片腕を動かすことすら難があるというのに、カンタビレは少年を離そうとしない。
まるで信念だけで身体が動いているのではないかと、論理的でない事を考える。
「カンタビレの様子は?」
「一刻も早く治療した方がいい事だけは確かです」
「移動しながらでも治癒術はかけれますわ!」
「今は急ぎましょう!」
自分の歩調に併せ走りながら治癒術をかけるナタリア。
意識を取り戻し心配そうに気遣うイオン。
そして他の仲間も皆同じ表情をしていた。
「・・・はぁ・・・はぁ・・・・・・」
次いで焦燥。
横抱きに抱えたカンタビレの呼吸が余りにも浅く、今にも消えてしまいそうだった。
そこにはいつもの不機嫌そうな強靱さは全く感じ取れない。
らしくない。
いつものように頭が働かない。
まるでフィルターに覆われたようだ。
常ならばこのような時にどうすればいいのかなど、分かりきっていたはずだが、ただただ足が急いた。
それがなんと呼ばれる感情なのか・・・
ただ、焦燥としかジェイドには言い表せなかった。
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2020.12.5