もうすぐ。
もうすぐだ!
やっとオレは英雄になれるんだ。
この街をオレの力で救えば、きっとみんな見直す。
もう誰もオレの事を馬鹿にしない。
もう誰もオレの事を蔑ろにしない。
もう誰もオレの事を縛る事はできないんだ。
『ヴァンに肩入れするのは構わんがな、少しは自分の頭で考えることをするんだな』
心に突き刺さる棘。
まるでそこから波紋が広がるように不安が伝染していく。
(「うるさい!あんな奴の言うことなんて・・・」)
師匠の言う通りにしていれば、絶対大丈夫なんだ。
「よく来たな、ルーク」
ほら、全部終わった後もこの笑顔でオレを・・・
ーーNo.40 崩壊 後ーー
カンタビレとアッシュは神託の盾兵や魔物を退けながら第14坑道の奥へと足を進めていた。
だが足を進めるほどに、どんどん瘴気が濃くなり、そして胸騒ぎも大きくなっていく。
「くそっ!あの屑が!」
「アッシュ、どうした?」
「あのレプリカ野郎、セフィロトに入りやがった!」
応戦しながら答えたアッシュの言葉に、カンタビレの背に氷塊が滑り落ちた気がした。
「まさか、イオン様・・・どけぇっ!」
「あ、待ちやがれ!」
敵を斬り伏せ、怪我を押して走るスピードを上げる。
しかし、螺旋状に下に下りる造りは、時間ばかり取られる。
誰よりも急いでいたはずのカンタビレはいきなりその足を止めた。
「おい、何してやがる!」
怒るアッシュに構わず、カンタビレは一歩踏み出せば確実に下へと落ちる崖際で深く息を吸う。
その姿に不審に思ったアッシュは、まさか、と引き止めようと手を伸ばした。
「お前、待ーー」
瞬間、カンタビレはその一歩を踏み出し空中に身を躍らせた。
ずっと上でアッシュが何を言っているようだが何かは聞こえない。
耳朶を風が打つ。
重力に引かれどんどん薄暗い景色が流れていく。
そして、地面が見えた直前でカンタビレは譜術を発動した。
「唸れ烈風、大気の刃よ我が前に起これ・・・タービュランス!」
ーーダァアンッ!ーー
足に走る衝撃をぐっと堪えたカンタビレは、転がるようにして体勢を立て直す。
「くっ!これは・・・!」
そこは瘴気が濃く、倒れている数多くの作業員。
救助されているはずの住民が未だ取り残され、この場に居るはずの者らがいない事実にカンタビレの推測は確信に変わる。
そして厳しい視線はさらに奥へと続く道へと向けられる。
おそらくこの先がセフィロトだろう。
イオンの姿が無いということはこの奥に行った可能性が高い。
カンタビレは、よろめきながらも奥へと走り出した。
「ティア!どうしたんです、この騒ぎは・・・」
住民救助の最中、頭上の騒ぎに一人ガイらと別行動を取っていたジェイドの前には、神託の盾兵に譜術を放つ別行動中のはずのティアの姿。
そして最後の一人を片付けたティアは、目に見えた焦燥の表情でジェイドに言った。
「大佐!先遣隊が殺されていました!
タルタロスを拿捕した神託の盾が、待ち伏せして先遣隊を始末したようです!」
「それで先遣隊の姿がなかったのか。やはりアクゼリュスの救援を妨害するために・・・」
モースの手がここまで直接的に、と考えていたジェイドだったがティアがすぐさま否定した。
「いえ、彼らの目的は、わたしを連れ去るために兄に命じられて停泊しているんです」
「どういうことです?」
「先ほど第七譜石を確認しに行った時・・・結局、あれは第七譜石ではありませんでしたが。
とにかく、あの時わたしは神託の盾に捕まりさっきまでタルタルに監禁されていました」
「どうしてあなたが・・・」
状況が飲み込めないジェイドの訝しむ問いにティアは続ける。
「兄です!兄が私を巻き込まないために・・・!
兄はどこですか!兄は恐ろしい事を実行しようとしています!」
「おい!そんなところで喋ってる暇があるなら、あの屑をどうにかしろ!カンタビレも死ぬぞ!!」
怒鳴るアッシュは魔物を片付けながら言い放つ。
敵対しているはずの彼の登場に、ジェイドは片眉を上げた。
「どうして貴方がここに?カンタビレもとは、どう言う意味です?」
「あいつならタルタロスから一緒に来たが、飛び降りやがったよ!」
「飛び・・・」
「そんな、教官はあの状態で・・・」
「どういうことですティア?」
顔色が悪いティアにジェイドは問う。
カンタビレほどの腕があるならば、一兵卒が束でかかったとしても一捻りが関の山。
それに戦いにおける経験値は自分と同等だろうから、卑怯な策への対応も問題ないはずだ。
しかし、そんなジェイドの考えを裏切るようにティアが青い顔で続けた。
「わたしがタルタロスで会った時、教官は毒を受けられていました。
それに戦闘で負傷されたような大怪我を・・・」
「おい!今は急げ!手遅れになる」
一人走り出すアッシュだがジェイドは困惑が拭えない。
「しかし、敵であるはずの彼がどうして・・・」
「アッシュが兄の計画を教えてくれたんです!教官もイオン様が危険だと!
・・・兄さんはーー」
今にも泣き出しそうなティアは、悲痛な声で言った。
その事実を受け入れたくはないと言うように。
「ーー兄さんは・・・アクゼリュスを消滅させるつもりなんです!!」
セフィロトに続く扉をヴァンとルークの頼みで開けたイオンは共に幾何学模様の織りなす遺跡を進んでいた。
そして、終着地らしい音叉の形をした音機関・パッセージリングに到着する。
「さあ、ルーク。
あの音機関・パッセージリングまで降りて、瘴気を中和するのだ」
ヴァンの言葉にイオンは驚きを隠しきれず、隣に立つルークを見上げた。
「瘴気を中和?そんな事ができるのですか?」
「それができるんだ。なにせオレは選ばれた英雄だからな」
得意げに胸を張ったルークはそのままヴァンの指示通りパッセージリングへと向かう。
そして両手をかざすとその手に光が集まっていく。
同時に、小刻みに足元が揺れ始めたことに気付いたイオンはルークの背後に立つヴァンに言い募った。
「何かおかしい、止めさせましょう」
「よしそのまま集中しろ」
「ヴァン!」
イオンに構わず、集中を深くするルークの背後に歩み寄ったヴァンはその耳元で囁こうとしていた。
「・・・・・・」
「さぁ・・・『愚かなレプリカルーク』力を解放するのだ!」
そのフレーズが引き金になったかのように、ルークの手元の光が輝きを増した。
「な・・・なんだ!?オレの中から何かが・・・」
フラッシュバックしたように、覚えがないはずの懐かしい記憶が目の前を通り過ぎる。
『な、なんだよこれ・・・!イヤだ!やめろぉ!!』
『ルーク!落ち着け!落ち着いて深呼吸しろ』
『・・・そうだ、そのままゆっくり意識を両手の先に持っていけ。
ルーク。私の声に耳を傾けろ。
力を抜いてそのまま・・・
私が指示したら、お前は全身のフォンスロットを解放する。
合言葉は・・・ーー』
『ーー愚かなレプリカルーク』
引き金の言葉にルークから超振動の波動が周囲を吹き飛ばす。
余波を受けたイオンは壁に叩きつけられ気を失った。
ルークは身体中から力が抜けていくと同時に、視界は光で満たされた。
(「間に合え、間に合え、間に合え・・・」)
自分に言い聞かせながら、思うように動かない体に鞭打ち可能な限り足を早める。
ぽっかりと空いた入口をくぐれば、創世歴時代の代物だろうか、幾何学的な模様の壁、そして部屋の中央には音叉のようなものが建っていた。
だが、そんな景色を見る余裕などなく、カンタビレはイオンを捜し奥へ奥へと走る。
耳に届く不穏な地鳴り。
悪い予感ばかりが膨れ上がる。
そして・・・ようやく見つけたのは、壁に寄りかかってぐったりと動かないイオン。
音叉のような装置の傍で力なく項垂れているルーク、その後ろに立つヴァン。
揺れる足元に、バランスを取りながらカンタビレは愕然としたように血の気が下がった。
(「遅かったか!」)
まるで血が沸騰しているようだ。
カンタビレは剣を抜き放ち、怒りをぶつけるように地を蹴った。
「・・・ようやく役に立ってくれたな、レプリカ」
「せんせ・・・い・・・?」
初めて見る憧れの師からの蔑みの目。
まるで汚らわしい存在が自分であるようなそれ。
その時、
「ヴァン!貴っ様ぁ!!」
ーーガギーーーンッ!ーー
甲高い金属音。
ヴァンに斬りかかったカンタビレはこれまでに見た事ないほど激昂していたが、ヴァンは悠然と対峙した。
「これは隻眼、無様な格好だな」
「黙れ!よくもイオン様を!」
ギチギチと刃から火花が散る。
怒りに満ちたカンタビレの眼光に射抜かれたヴァンだったが、鍔迫り合い越しに返されたのは失望の声。
「弱いな・・・猟犬と恐れられた者がこんなものだとは」
「っせぇよ、餓鬼使った小細工しかできねぇ腰抜けが!」
悪態を吐くカンタビレだったが、ヴァンに剣を弾かれ、塞がりかけた脇腹の傷を蹴り飛ばされた。
「っがぁっ!」
卒倒するような痛みに脂汗が流れる。
受け身も取れぬまま、地面を滑ったカンタビレは睨み殺すような視線をヴァンに向けた。
「・・・この・・・」
「目的は達した。
あとは不穏の芽と用済みの駒を屠ればここに用はない」
そう言ったヴァンは座り込んだまま動けないルークに剣を振り上げる。
それを見上げることしかできないルークは、向けられる剣をただ見つめることしかできない。
ヴァンから言われた意味も、その場から動くことも、もう何もかも理解できなかった。
(「・・・もう、わけわかんーー」)
ーーギィーーーーーン!!!ーー
「!」
その時、目の前を埋めたのは音素に照らされた暗紫。
「・・・何故だ?」
「てめぇなんぞに、教えるつもりはねぇ」
鍔迫り合いの耳障りな音のせいか、カンタビレから返された台詞のせいか。
ヴァンの表情は嫌悪に歪む。
「理解できんな。
こんな愚かな出来損ないを助けた所で何があるというのだ?」
「・・・」
「己が尊敬する師の手で逝けるならば、その駒とて本望だろう。
お前が助けた所で、ソレはもう長くーー」
「黙れ、下衆が」
ーーギィーーーーーン!!!ーー
吐き捨てたカンタビレは、剣を弾き静かな怒りに満ちた瞳でヴァンを見据えた。
ボロボロだというのに、勝機なんてないだろうに、その瞳は決して折れる事のない力強い光を宿していた。
それを見たヴァンは、小さくため息をつく。
「・・・惜しいな。
それほどの腕がありながら、わざわざ滅びの道を選ぶか」
「俺の進む道は俺が決める、てめぇにとやかく言われる筋合いねぇんだよ」
「愚かなだな」
「うっせ、てめぇの駄弁りはいっつも苛々すんだ。
少しはその口閉じてろ」
「・・・そうか、ならば私ももう語るまい」
ヴァンがすいと、双眸を細め剣を構えた。
カンタビレもそれに応戦するように柄を握り直した。
その時、
「くそっ!間に合わなかった!」
「アッシュ!何故ここにいる!来るなと言ったはずだ!」
「・・・残念だったな、俺だけじゃない。
あんたが助けようとしてた妹も連れて来てやったぜ!」
現れたアッシュの言葉にヴァンの舌打ちが響く。
その隙を逃さず、カンタビレはヴァンへと斬りかかった。
「はあぁぁぁ!」
「邪魔だな」
そう言って、軽く剣を受け流したヴァンはカンタビレを弾き飛ばした。
そして、素早く紡がれた譜術をカンタビレに向ける。
「吹き飛べ・・・ジャッジメント」
「ぐっ!」
光の刃がカンタビレに刺さり、地に縫い付けられる。
ぐったりと動かなくなったカンタビレを確認したヴァンは指笛を鳴らす。
するとアリエッタが連れていた魔鷲がヴァンとアッシュを空へと連れ去った。
「くそ、放せ!俺もここで朽ちる!」
「イオンを救うつもりだったが仕方がない。お前を失う訳にはいかぬ」
「兄さん!」
アッシュに続いてやってきたティアは空中で自身を見下ろす兄を悲鳴のような声で呼び止めた。
他のメンバーは倒れているイオン、ルーク、カンタビレを助けるために走り出す。
「やっぱり裏切ったのね!この外殻大地を存続させるって言っていたじゃない!
これじゃあアクゼリュスの人もタルタロスにいる神託の盾もみんな死んでしまうわ!」
「・・・メシュティアリカ。
お前にもいずれ分かる筈だ、この世の仕組みの愚かさと醜さが。
それを見届ける為にも・・・お前にだけは生きていて欲しい」
「ヴァ、ン・・・貴様・・・」
憎しみの滲んだ声に、ヴァンは一瞥を投げた。
「何も知らぬ貴様の刃はもう私に届かん、どう足掻こうともな」
「待って!兄さん!」
「ティア、お前には譜歌がある。それで・・・」
ヴァンを乗せた魔鷲が飛び去ると、足元の揺れが一層激しさを増した。
アニスはイオンを、ガイはルークに肩を貸し、ジェイドは地に張り付けられたカンタビレを助け起こした。
「まずい!坑道が潰れます!」
「わたしの傍に!・・・早く!」
そう急いて言ったティアの譜歌が皆を包む。
懐かしい響きにカンタビレは意識を手放す。
遠くで耳をつんざくような轟音が響いたような気がした。
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2020.12.5