大地に穿たれた穴から黒いモヤが立ち昇る。
傍目に見れば、まるでこの星を巣食おうと病巣がゆらゆらと大きくなっていくようだ。
と、後ろから響いてきた足音にザインはちらりと視線を送る。
そこにはリグレットに呼ばれ、立ち去っていたはずの従者が再び立っていた。
「何の用だ」
「・・・見張りが倒されておりました」
「はぁ?だらしねぇ上に雑魚すぎだな、あいつの腰巾着共はよ」
「・・・如何されますか?」
「愚問だ。追う訳ねぇだろ、放っといた方が場も盛り上がるってもんだ」
「・・・・・・」
まるで予想外の事態さえゲームでもしているように楽しげに、だが蔑むようにザインは笑う。
そして、従者のさらに後ろから近づいてる者らに男の口元はニヒルに笑んだ。
「おい、アレを」
「・・・承知しました」
ザインの指示で従者はその場から消え、しばらくして戻ってきた。
その腕には布で包まれた何か。
「よーし、今から俺様の指示通りに動いてもらうぞ。
歯向かえばお前らの大事なもんは二度と戻らねぇ。
なぁにやる事は簡単だ。できねぇわけねぇだろ?」
「・・・・・・」
断れるべくもない不択。
語りかけるザインの言葉に相手はきゅっと唇を噛む。
言外の同意にザインは不敵に笑い、アクゼリュスを見下ろした。
「さぁ・・・幕開けだ」
そこに絡み合う意図に気付く者は、まだいない。
ーーNo.38 崩壊 前ーー
魔物を退け、螺旋状に渦巻く地底深く掘られた坑道もついに終わりを迎えた。
第14坑道最奥。
到着したジェイド達が見たのは、救助されていると思われていた取り残された多くの作業員の苦しむ姿だった。
「しっかりして下さい。今助けますわ」
「もう大丈夫ですよ」
「おい!しっかりしろ!」
ルーク以外が倒れる作業員を助け起こす。
どの作業員も顔色を見ただけで分かるほど重症だ。
そんな中、パイロープから聞いた話と違っていることにジェイドは不審さをあらわにした。
「・・・おかしい、先遣隊の姿がない」
少しでも瘴気の薄い場所へ作業員を移動させて行く中、そわそわと落ち着きのないルークが考え込むジェイドに言った。
「おい、さっさと奥へ行こうぜ」
「駄目です。
ここは瘴気が濃過ぎます、先にここに残ってる作業員を安全な場所に移動させるのが先です」
ジェイドにばっさりと却下されたルークは、盛大に舌打をついた。
「くそっ・・・」
辺りは瘴気が渦巻き作業員の誰もが動けないでいた。
この場に居ても自分にできることは無いとルークは一人、さらに奥へと足を向けた。
その時、ケセドニア以来の痛みが襲う。
「・・・ってぇ・・・!またか・・・」
『そこから先に行くのはよせ!』
響いた声に、ルークの苛立ちはさらに高まった。
頭を締め付ける頭痛によろめき、土壁に肩を預ける。
そんな主人の様子にミュウが心配そうな面持ちでルークを見上げた。
「ご主人様、大丈夫ですの?」
「うるせー!おまえも・・・どっか行け!」
「みゅぅぅ・・・」
手荒く怒鳴りつけられたミュウはしゅんと肩を落としルークから離れて行った。
よろよろと皆から離れて歩き出したルークは、壁伝いに頭を押さえながら歩き出す。
(「師匠、ホントどこ行っちまったんだ。
師匠さえ見つかったら、瘴気を消せるのに・・・」)
呻く作業員を素通りし、ルークは一人奥へと足を進める。
と、ふらふらと歩いていく後ろ姿に気付いたイオンがルークに歩み寄った。
「ルーク、何処に行くんですか?」
「・・・一体、師匠はどこにいるんだよ」
「ともかく今は街の人を助けることを考えましょう」
「師匠だってこの街で救助活動しているはずだろ。
師匠ならオレがどうすればいいか教えてくれる。
オレは師匠を探したいんだ!」
この気持ち分かるだろう?と訴えるルークだったが、普段はあまり反論しないイオンでさえ眉根を寄せた。
「でもルーク、街の人達は一刻も早い救助を望んでいるはずです。
親善大使としてのあなたの行動に期待してーー」
「わーってるよ!そんなこといちいち言われなくても!」
癇癪を起こしたようにルークはイオンを遮った。
まるで拗ねた子供のようにイオンの顔さえ見ようとしないルーク。
その姿に続く言葉を失ったイオンは落胆したように表情を沈めた。
「そうですか・・・分かりました」
イオンはそのままルークと共に奥へと進む。
と、再び頭痛が襲う。
『奥に行くんじゃねぇ!取り返しがつかねーぞ!言う事を聞きやがれ!』
「・・・っ、オレは・・・これから英雄に、なるんだ。
アッシュなんかに、命令されてたまるか・・・」
割れるような痛みを縫って響く声に抗いながら、ルークは荒く息を吐く。
尋常ではないルークの様子に、イオンは再び諭すように話しかける。
「大丈夫ですか?どこか具合でも・・・」
「だい、丈夫だっつーの、放っとけよ」
「しかし、やはりみんなと離れて行動しては・・・」
「師匠が居るじゃねーか。
それに、これからアクゼリュスを救うんだ。みんなも文句ねぇだろーよ」
「どういうことですか?」
何か目的があるようなルークの口ぶりにイオンは怪訝さを深める。
傍目に見て、このような状況をひっくり返せるような秘策があるはずがない。
教団のトップに立つイオンでさえ、解決策は持っていない。
だというのに、
「師匠に会えばわかるさ」
「・・・」
無邪気なまでの自信たっぷりなその笑み。
イオンは言い知れぬ不安を感じながらも更に奥へ続く道へルークと共に進めるのだった。
ナタリア、アニスと共に作業員を介抱していたガイだったが、あまりに数が多いことで一時中断し考え込んでいるジェイドの元へと駆け寄った。
「なぁ、ジェイド。何か変じゃないか?」
「ええ、先遣隊が居るはずがその姿がない」
「どういう事だ?まさか他にも同じ名前の坑道があるのか?」
そうであれば、この場に先遣隊が居ない理由も納得できる。
しかしガイの言葉にジェイドは首を振った。
「それはあり得ません。
ここを仕事場にしている作業員が先遣隊が入った坑道を間違えると思いますか?」
「でも・・・なら、これは・・・」
周囲を見回すガイの言葉通り。
瘴気に苦しむ作業員の様子は誰かの助けがあったようには見えなかった。
そして、ここに至るまでの行程を思い返したジェイドは険しい表情を浮かべた。
「・・・本当に先遣隊が来ているなら、途中にあれだけの魔物との戦闘があるのは不可解です」
「何が言いたいんだ?」
ジェイドの続く言葉に予想がついたのだろう。
同じように険しく、しかしそれを否定したい気持ちをない交ぜにしたガイが続く言葉を待った。
「我々以外、ここに来た者は居ないということですよ」
躊躇なく、ジェイドは断言した。
その言葉の意味する所。
先遣隊とそれを率いた者が、瘴気に苦しむ住民の救助もせずこの場に不在。
なら、何処にいる?
なら、自分達が到着するまでの間に何をしているんだ?
「ちょ、ちょっと待てよ。だったらーー!」
ーードォーーーンッ!ーー
螺旋坑道の上から響いた騒音。
最下層でもそれは戦闘音だと分かるそれに、ガイとの話を打ち切ったジェイドは眼鏡を押し上げた。
「上の様子がおかしい、見てきます」
「おい、ジェイド!」
「ガイ、皆にも警戒するよう伝えてください。
このままでは救助どころではなくなります」
それだけ言ったジェイドは、コンタミネーション現象で腕に収めていた槍を出現させると来た道を駆け戻り出した。
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2020.12.5